44 御館の乱 承前
神余家は長く京に有って、長尾家の大使館として、また越後特産の越後上布を売り捌くための商家としての役割を務めてきた。現在は山吉家が相続問題で移封されたあと山吉家に代わり三条を領していた。その領地は上田に近接し、上田衆からは垂涎の領地である。
神余家からの訴えは、
領内の村争いに介入すべく兵を動員した。それを咎められ、領地没収を言い渡された。というものであった。
無理がある、と誰もが思った。
「中城殿は法を変えたのか?」
縋るような目付きを向け、
「そうは聞いておりません。」
では、
「他に思い当たる事はないのか?」
我々も、
「他に御中城様のお気に召さぬことがあったのかと思い、御家老の樋口殿にお聞きしましたが、御中城様に無断で兵を用意した事が罪だと言われました。」
「隼人佑(神余親綱)殿はなんと?」
殿は、
「三郎様と山吉家は縁が深く、お助けいただけないかも知れぬが、縋るのは三郎様しか居らぬ。」と申しております。
「我が家は京在住が長く越後に縁が薄うございます。御中城様はそのような我らを排除しようとしているとしか思えません。」
まあ、
「わしから中城殿に取りなしてみよう。しばし待たれよ。」
居間に帰り、座るやいなや段蔵、と呼んだ。
いつしか廊下に姿を現わした。
「中城殿に動きは?」
「今のところはありませんが、」
ありませんが?
「家老に就いた樋口与六という男、何を考えているのか分かりません。突然動き出してもおかしくありません。」
動き出すとしたら?
「それは隼介様の分野でございます。」
ただ、
「先日、文を2通認めました。一通は河田殿、もう一通は安田掃部助顕元殿、内容までは掴めておりません。」
そうか、
「安田が気になる張り付いてくれ。」
はっ、
「河田様はよろしゅうございますか?」
「そっちは隼介がやる。」
それから、
「実城に見張りを置いて置いてくれ。景勝が占拠しようとするかもしれん。」
もう一つ
「佐渡の又太郎に兵を寄越すよう言ってくれ、相手に気づかれぬようにこの曲輪に兵を入れたい。」
では、
「毎日、少人数を変装させて入れましょう。」
隼介に
「この文を届けてくれ、急ぐ。」
段蔵は次の瞬間にはそこに居なかった。
隼介は越前に来ていた。
一向一揆の防衛線を見て回っていた。
横で七里頼周が、
「できれば打って出たいと思っている。」
国境の
「手筒山城の守将は筑前守の弟の小一郎と聞いております。相当の良将だとか。」
直江殿は、
「慎重ですね。少し当たってみれば相手が分かりますよ。」
そういうものですか?
「何時、始めるつもりですか?」
「梅雨前には。」
何もなければ良いが。
隼介は加賀では松任城と小松城を行ったり来たりしている。小松城は加賀の第1、第2防衛線の中間点にあり、その時の戦況次第で捨てるつもりの城である。その時は敵に使われないように派手に爆破しようと考えていた。
小松城に戻ると、三郎からの文を持って段蔵の配下が待っていた。
読み終わると、かなり緊迫してきたな。戻る時を見極めねばいかんな。
三郎への返信を書くと段蔵の配下に託した。
河田殿の真意を確かめておく必要があるな。御中城殿を相手に合戦となった時、敵になるか味方になるかで戦の行方を左右するだろう。
そう思うと直ぐに大聖寺城に向けて馬を走らせた。
河田は越前と織田軍の方を見ている。
隼介殿、
「織田軍は何時頃来ようか?」
さよう、
「早ければ、夏にも。播磨三木城次第かと。」
今日は、
「ご相談があります。」
隼介の真剣な目に河田は、これは逃げられない事だと理解した。
ご相談とは?
「織田軍の前に、国で、越後で、戦が起こります。」
やはりそうなるか。やはりその事よな。
「三条の神余様から三郎様へ助けて欲しいと訴えがありました。」
神余からの訴えの内容を説明したうえで、2人で前に話した上田衆による越後支配を実現しようとしている。私や河田殿の様な余所者は居場所がなくなる、と訥々と話した。
「そうなるだろうとは思っておった。」
しかし、儂にも御中城様の家老になった樋口与六から誘いの文が来ておるんだ、これだ。
文箱から文を取り出して拡げた。
「事が起こった時にお主を抑えてほしい、それができない場合でも中立を守ってほしい。事が成就したら、褒美は望み放題だそうだ。」
「そのような事、某にお話しいただいてよろしかったのですか?」
ふん。
「この様な空手形、信用できん。」
「儂は御実城様に見出されここまで引き立てて頂いた。御実城様の三郎殿と御中城様の評価はよう知っている。その上で儂なりにどちらに着くのが御実城様の御意思に沿うのか考えた。」
ふぅ、と息をし
「三郎様を支える事が御実城様の意思だと思う。」
しかし隼介どの、
「御中城様は、家中、国人衆に同様の文を出しておると思うぞ。」
「特に末森城の斉藤朝信様は是非味方に引き入れたいな。」
ですね。こちらも、急ぎ態勢を固めましょう。