39 手取川・上杉軍
隼介は三郎の指揮のもと河田長親とともに別働隊として動いていた。
七尾城落城後、河田長親を追った直江隊は末森城を攻略中の河田隊と合流し、落とした末森城を後続の斉藤朝信軍に引き渡し南下した。
「大和守殿、どう思われる?何処に出るのが効果的であろうか?」
年下の若造に丁寧に接する河田長親に好感を覚えた。
「隼介と呼び捨てにして下さい。」
「物見の報告を考えますと間もなく織田軍は手取川を渡りましょう。」
「松任城の付近に隠れているのも一興かも知れません。」
「手取川を渡る時に襲うのはどうか?」
「うまくいくといいですが、こちらは敵の十分の1の人数です。下手をすると囲まれて・・ということになりかねません。それより敵の先遣隊を叩き敵の目を潰しましょう。敵本体への攻撃は御実城様に任せたほうが間違いないでしょう。」
「その時に敵の横腹に一撃を浴びせれば効果的でしょう。」
「問題は手取川の手前で待つか、向こうで待つかではないでしょうか?」
うむ、
「その判断はわしがしよう。まず、先遣隊を叩くため松任城の近くまで進もうか。」
織田軍先遣隊は松任城を望む位置まで進出すると野営をしていた。見張りも当然配置されたはずだが、松任城に戦意がないと見て取ると少し気を抜いたかも知れない。
それは夜明け前に起こった。上杉軍の西と南の2方向からの襲撃に対応が一歩遅れた。鉄砲をほとんど放てないまま手取川の対岸まで退却していった。
上杉軍別働隊はそれを追うことなく、松任城を交渉で開城させると守備兵を残し、手取川上流方面へ移動した。
手取川が谷から平野に出る処で渡河箇所を見つけ、
「隼介殿、どのような状況かな?」
物見からの情報を受けていた隼介は、
「織田軍が手取川を渡るのと、御実城様が松任城に入るのがほぼ同時になるのではないでしょうか。あるいは、織田軍が用心して渡河を少し遅らせれば、正面からの激突ということになるかもしれません。」
そうよな、
「織田軍が直ぐに渡河すれば御実城様のことですからそのまま襲撃、ということになるのではないでしょうか?」
「ということは川を渡らず、川沿いに近づく方が敵に打撃を与えられるかな?」
「ただ、敵が御実城様が松任城に入ったことに気が付くと背水の陣を嫌い、陣を川向うまで引くことも考えられます。」
「では、敵が直ぐに渡河を始めた時は、敵に御実城様が松任城に入ったことを教えてやろうか?」
「敵はどう動きますかな?」
翌日、織田軍の渡河が始まった。汽水域では潮の干満の影響を受ける。しかも、この時期は大潮にあたっていた。干潮を狙っての渡河である。兵は膝上まで浸かりながら川を渡った。
謙信は兵を急がせながら南下した、河田長親から旗印を掲げて松任城に入城してほしいと頼まれ、そのようにしたが、またアヤツは何を考えておる?と半ば楽しみながら入城した。
一息入れる間もなく織田軍が既に手取川を渡り、野営の準備をしているとの情報が入ってきた。謙信は半ば遅かったか?と思ったが、今なら敵は背水の陣。もしかすると絶好機かもしれん。と決断すると兵達に「準備の整ったものから続け!」と言うと松任城を飛び出した。謙信とともに来た兵達は休む間もなく続いた。先着していた者達は慌てて支度も半ばで飛び出した。
柿崎晴家は謙信の側にあった。
父から御実城様に仕える以上、常に油断するな。常人では計り知れない動きをなさる、歩調を合わせられるよう常に目も耳も御実城様に向けておけ、と。そう言われても何時も立ち遅れた。
しかし、今回は躊躇わず付き従えた。
日も落ち夕闇が迫る中、敵陣の四半里手前で軍勢を整えた上杉軍は、織田軍に向かって突撃を開始した。
敵陣は我軍を見ると右往左往し始めた。手前の部隊が、槍衾を敷くが、いかにも貧弱である。柿崎隊は槍衾の脇から飛び込み敵陣を縦断した。
次々に上杉軍の各隊が突っ込み織田軍を蹂躙した。既に敵は手取川を渡り始めている。上杉軍は川端に到達すると渡河中の織田軍に向けて鉄砲を一斉に放った。
敵を追い詰めている興奮が背後を疎かにしたか、はっと後ろを見ると背後を駆け抜ける一隊があった。晴家は、急ぎ柿崎隊を反転させた。逃げる敵は走りながら後ろに向け鉄砲を放った。かなり練度の高い鉄砲隊であった。その発砲により追撃の速度が上がらず、一里も追っただろうか暗闇に見失ってしまった。
三郎は河田長親と隼介を率いて、手取川を渡り、左岸を川に沿って進軍していた。
渡河した織田軍を見つけると
「よし、かかれ!」と采を振った。
各隊一斉に突撃を開始した。
隼介も直江隊を率いて、敵中へ飛び込んだ。すでに一隊は上陸を完了しており、次の部隊が渡河中であった。
敵軍は川から上がったばかりで体制が取れていないはずであったが、各隊の指揮官がそれぞれで迎撃態勢をとり、なかなか手強かった。
先に上陸した部隊は、兵の渡河を助けるため、こちらに向け鉄砲を3度斉射したのち南へと撤退していった。
渡河中の部隊に対して鉄砲隊を川岸に並べ、「馬を撃て!」「雑兵には構うな!」と弾の続く限り撃ちまくった。