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38 手取川・織田軍

 柴田勝家は越前を北上していた。

 能登七尾城救援のためである。

 織田信長麾下の諸将を率いている。総勢4万に及ぼうとする大軍である。

 信長様が自分を信頼してこれだけの軍を預けてくれた。


 しかし、加賀に入るとそれまで順調であった進軍が停滞し始めた。一向門徒が邪魔をして行軍が上手く進まなくなった。柴田軍の多くは越前衆であり、中には隠れた一向門徒も紛れていた。それでも加賀も中部まで進み間もなく手取川を渡るというときに、筑前守(羽柴秀吉)が軍議で、自分と反対の意見を主張した。

こいつ、俺に喧嘩を売るのか。と思うとつい頭に血が昇り、「お前などに用はない!帰れ!」と怒鳴ってしまった。


 まさか本当に帰ってしまうとは思わなかった。信長様の顔を思い浮かべると全身が恐怖で震えてしまう。帰った筑前守は当然のこと、返してしまった自分も首が繋がるのか、と思うとこの戦必ず勝たねばならなかった、いや勝だけではなく大勝するしかない、と思えた。


 勝家は焦っていた、筑前守の件だけでなく手取川を先に渡った先遣隊が這々の体で逃げ帰って来たのにも頭にきていた。

 何故、川の向こうに橋頭堡くらい確保できないんだ!

怒りが理性を凌駕し、周りが止めるのも聞かず、自ら先頭に立って手取川を渡り始めた。

 河口近い場所をあまり調べもせずに強行渡河した。上杉軍の攻撃もなく無事に渡りきった時、諸将達は、ほっと肩の力が抜けた思いであった。

 柴田軍が無事渡り、対岸に橋頭堡を確保するのを見て他の部隊も次々に渡ってきた。渡河が終わる頃、日が落ちて闇が支配し始めると、そこここで野営の準備が始まった。陣形を揃え夜襲に備える事はおざなりになってしまった。兵たちの第1の欲求は身体を乾かすこと、そして飯であった。


 それでも周辺を調べるために出した物見が大慌てで帰ってきた、松任城に敵集結中、謙信の馬印ありというのである。松任城は目と鼻の先であるが上杉軍が落としたとは聞いていなかった勝家は身体が震えた。川の水に浸かり身体が冷えたためか、謙信を前にしての武者震いか、それとも恐怖か。


 勝家は、諸将を召集した。

「謙信が松任城に入ったようだ。七尾城は既に落ちたと考えるべきであろう。」

丹羽長秀が、

「ならば、直ぐに引こう。我らが能登に出向く理由は無くなった。ここは背水の陣ぞ。」

滝川一益も

「同意じゃ。」

勝家は顔を歪め、

「致し方なし、直ちに引こう。丹羽殿、滝川殿から引かれよ。我らは最後に引く。」

前田利家が、

「我らが殿(しんがり)、仕ります。」

佐々成政が、

「我らも、同行しよう。」


 丹羽勢、滝川勢が手取川に入った時、北から向かってくる一団が見えた、その姿は徐々にはっきりと見えはじめた。

「う、上杉軍だぁ!」

川の途中にいる者は慌てて川を渡りきろうとし、岸近くにいたものは我先に川に入った。もはや戦う集団ではなかった。


 前田利家、佐々成政は自軍に帰り、迎え撃つための態勢を取ろうと、陣地の移動を始めた処に上杉軍の襲撃を受けた。兵たちはそれでも槍兵による槍ぶすまを作り防ごうとした。準備のできた鉄砲、弓は各々撃ち放った。中途半端ではあったが懸命に上杉軍の襲撃に立ち向かった。が、あまりに勢いが違いすぎた。上杉軍を足止めするどころか、一蹴され本隊への突入を許してしまった。


 前田利家は馬上にあって大音声で、

「前田利家、ここに居るぞ!」と敵を引き付けようとしたが、その瞬間、胸に熱い痛みを覚え意識が途切れた。

 佐々成政は運が良かった。佐々の陣は全体の北側に位置しており、上杉軍の襲撃を直接に受けなかった。

佐々成政には陣を整える時間があった。しかし、陣を整え終わる頃には、両軍は入り乱れていて得意の鉄砲隊を使うことが出来なかった。

「くそ、このままではここで孤立してしまう。」

「ここからの渡河は自殺行為だな、思い切って敵の後ろを横切って川の上流に出るか?」

決断すると、「儂に続け!」と駆け出した。


 川の中は逃げる者達で渋滞した、川の河口に近く海の潮の満ち引きの影響を受ける。この時間は満潮に近かった。その満潮が不幸を招き寄せた。

勝家は、

「皆、落ち着け!わしがいる限り大丈夫じゃ!このまま押し渡るぞ!」

しかし、こちらに渡る時は腰までであった水位が胸まで来ていた。足を滑らせ、あるいは流れに負けて川に流されるものが続出した。

 勝家の乗馬が突然、いななきと共に棹立ちになり、そのままどぉっと倒れた。

「殿、殿!」と馬廻りの者どもの叫び声が聞こえる。しかし、馬の下敷きになり闇の中、水上に姿の見えない者を探すのは困難であった。


 柴田軍は統制が取れないまま上杉軍の突入を許した。騎馬隊に続き槍隊が突入してくると、初めは固まって抵抗していた部隊も、その部隊長など馬乗りの武将達が鉄砲隊に撃ち落とされると組織的抵抗は出来なくなって我先に逃げる一方となった。


 川を渡りきった丹羽隊、滝川隊も無事では済まなかった。

川の上流方向から上杉軍別働隊の襲撃を受けた。

川から上がったばかりで部隊行動が取れないまま、襲撃を受け逃げ惑うことになった。

 特に丹羽長秀隊は、まともに襲撃を受けた。

その様子を見た丹羽長秀は、これは致し方なしと

「退却じゃ!各々北ノ庄に向かって逃げよ!」


滝川一益隊は幸運であった。

上杉軍の襲撃を丹羽長秀勢が受けている間に陣を整えた。

「敵の数は4〜5千といったところか。」

鉄砲隊を後方に配置し、敵に向かって鉄砲を3度斉射し、その間に敗走する兵を収容すると南に向かって後退した。


 対岸を襲撃した上杉軍別働隊は渡河中の者達、特に騎乗の武将に向かって鉄砲を放った。「馬を撃て!」との指示で騎乗の者達が次から次へと、川の中に落とされた。重い甲冑を着たまま川に落ちれば溺れることは免れない。雑兵達の多くは身軽になって川の中に浮き沈みしながら岸にたどり着くと南に向かって各々走り去っていった。


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