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3 隼介

 日が昇るとともに、村長の屋敷に入った。庭に回ると宗哲は、縁側で庭を眺めていた。

「覚悟はできたか、シュンスケ。」

「はい、お世話になります。」

「そうか、頼むぞ。」

ところで三郎助

「シュンスケとはどのような漢字を充てるのか?」と聞いた。

「シュンスケはうちに来たときシュンスケという呼び名だけを覚えておりました。私は『俊介』としたいと思うております。」

 宗哲は庭のひときわ高い松の木を指し

「シュンスケ、あの松に止まる鳥を見よ。隼じゃ、あのような低いところに止まるのは珍しい。」一呼吸を入れ、

「隼は我が国の鳥の中では最も早く飛ぶ、そして美しく獰猛じゃ、あの隼から字を貰い『隼介』とせぬか。」

それに、と続き「名字は小鳥遊たかなしなのだから語呂も良かろう、どうじゃ。」

 親父殿が「ありがたく頂戴いたします。」と言った。この瞬間、シュンスケは『小鳥遊隼介』になった。

 これが自分の名なのか。小鳥遊隼介、小鳥遊隼介と心のなかで繰り返した。

 宗哲は

「唐土(中国)では、最上級の隼で『海東青』と呼ばれるものがおるそうじゃ。とても美しい隼だそうだ、隼介よ、我が国の海東青となり、西堂丸を支えよ。」

宗哲様にそうまで言われては

「私で良ければ、どこまでもお伴致します。」と言わざるを得なかった。


 縁側から「朝餉の用意が整いました。」

「お供の方も台所にどうぞ。」と言うと広間に配膳を始めた。

 隼介と三郎助は台所で、北条の武士達と朝餉を摂った。父も子も無言であった。

 三郎助は腰から脇差を抜き取り隼介に「持っていけ。隼介は刃物は苦手だが何処かで必要となる場があろう。」と胸に押し付けた。二人とも目が真っ赤になっていた。

 「親父殿、長い間お世話になりました。何処の馬の骨とも分からぬ私を実の子のように慈しんで下さいました。母様にもよろしくお伝え下さい。」

 三郎助は、

「そんなに離れたところに行くわけではない。いつでも顔をみせに立ち寄れば良い。」

 隼介は「必ず」と答えたが、何故か2度と会えない、と感じていた。

「宗哲様は隼介が我が家に来た経緯をご存知じゃから遠慮は入らん。不思議な感覚のあるときは宗哲様に相談するとよい。」

「シュンスケが隼介に出世したと母様には伝えておく、いい土産じゃ。」 三郎助はそう言うと隼介から逃げるように外に出た。


 広間では、両方の村の村長をはじめとした乙名たちが、宗哲の前に畏まっている。

 隼介は庭に片膝をついて見守っていた。

 ガヤガヤとした中でどちらとも無く「そちらが悪い。」「我らが正しい。」と怒鳴り合いから掴み合いになりそうになると、上座の宗哲がさっと手を上げた。広間の端に陣取っていた北条の侍たちが刀に手を置き一斉に立ち上がった。

 一瞬でその場が静かになった。

「双方とも少しは落ち着いたか。」

「どちらの話しを聞いても、あの土地はどちらの土地とも言い難い。で、どちらもあの土地に立ち入ることを禁ずる。荒地とせよ。よいな。」宗哲は双方の村長を順に見つめながら裁定をした。

そして、

「近年は不作が続いておる。それぞれの村の苦しさも分かる。で、双方の村から代官に改めて検見の嘆願書を出せ。少しは年貢を考えてくれるはずじゃ。わしからも言っておく。」

「以上。双方文句はあるか?」

双方の村長が「ございません。ありがとうございました。」


 どういうことだろうと頭の中で考えていると、いつの間にか横に西堂丸が居て

「教えてやろうか?」

隼介は反射的に「いらん!」

 西堂丸は、「そうか、では独り言をいうかな。」

近年、戦と天候不順で不作が続いている。北条の年貢は他国に比べて低いが、それでも食えずに逃散するものがいるくらいだ、各村は耕地があっても耕す人がいない状況が常態になっている。今回のことも村の生存に関わることだったのだろう。宗哲和尚は、双方の年貢を下げることで解決しようとした、というところかな。


 隼介は西堂丸の独り言を聞いて、自分の育った中ノ村もそうだったと思った。

「どうしたらいい?」つい口から言葉が出た。

「誰かが天下を取り、戦のない世を創る、そして川の治水を行う。それと並行して用水路や耕地の整備をやる。食べ物が増えると人が増えるようになろうよ。他にもいろいろあるけどな。」

隼介は西堂丸がそのようなことを考えていることにびっくりした。

西堂丸は続けてとんでもないことを言った。

「天下を取るのがオレでもよい。そう思わぬか隼介。」

隼介は 苦笑いしながら

「言うのは容易うございますから。」

はっはっはっ、と笑うと「まあ、見ておれ。」

「オレと隼介で天下を取るぞ。」

いつの間にか、西堂丸の天下取りに巻き込まれた隼介であった。




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