33 坂井屋にて
上杉軍が越中へ出陣した頃、府中の街外れにひとつの商隊が辿り着いた。
「ありがとうございました。お陰様で無事にたどり着くことが出来ました。」
「お嬢さんこそよく頑張って付いてきたね。途中で諦めるかと思っていたよ。ところで訪ねるところは分かっているのかい?」
いえ、
「街で尋ねれば分かるかと思いまして。」
そう、
「お侍さんなんだろう?今から商売で寄る店で聞いてみようか?」
「ご迷惑ではありませんか?」
「ここまで一緒したんだ、何のことはないよ。」
では、お願いします。
関川沿いをしばらく歩き、一本横の道に入ったところに『坂井屋』はあった。
「ごめんよ、主はいらっしゃいますか?」
店番をしていた手代が、
「これは、上州屋さんご無沙汰でございました。」
手代さん
「荷物は倉庫の方に回しますよ、それはそうと主はいらっしゃいませんか?」
ちょっとお待ち下さい、と奥に入っていく。
長身でがっちりした体格の主が、でてきて
「ご無沙汰しております。わざわざ私に御用と伺いましたが?」
こちらの方が、
「府中でお侍様を探しておられるそうで、こちらに聞くのが早いかと思いまして。」
主ははつの方を向いて、
「何方をお探しですか?」
はい、
「さぶ・・小鳥遊隼介様という方です。」
なんと、
「どういうお知り合いですか?」
はい、
「助けていただいたことがございまして、御礼を言いたいと思っております。」
「左様ですか、直江様のお知り合いとなれば無碍に出来ません、まず、お上がり下さい。」
「これ誰か濯ぎをお持ちしなさい、」
「手代さん、座敷にお通ししてください。」
ありがとうございます。と侍女と2人座敷に通った。
白湯を供して
「さて、小鳥遊様とおっしゃる方は上杉三郎様と共に越後にいらっしゃた方で間違いございませんか?」
「そう聞いております。」
その方なら、
「直江様に婿入りされて、直江隼介様と名乗られていらっしゃいます。」
屋敷は近くなのですが、
「恐らく上杉家中で最も忙しい方で、通常でも屋敷におられることは滅多にありません、今は戦で越中に出張っておられると思います。」
そうなのですか。
「直江殿に婿入りということは祝言を挙げられたのですね。目出度いことです。」
奥方様は、
「間もなく、御出産と聞いております。」
それは、
「二重に目出度いですね。お祝いを申し上げねば。」
それで、
「戦から帰られるのは、どのくらい先なのでしょう?」
さあ、
「私どもでは何とも。」
・・どうしよう?
「申し訳ありませんが帰りを待ちたいと思います、この街で、暫く逗留できる宿など紹介頂けませんでしょうか?」
「直江様のお知合いの方を無碍にしたら叱られます。離れがございますので、お帰りになられるまでお泊まりください。」
「ではせめて宿代を払わせてください。」
手を振りながら、
「大丈夫です、まとめて直江様に頂きますから、ご自宅と思ってお寛ぎください。」
ありがとうございます。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。申し遅れましたが、私は相州小机から参りました『英』と申します、父の名は御勘弁下さい。」
坂井屋の離れに落ち着くと、この旅路での出来事を思い出していた。
久野屋敷を出た時は三郎様に会うことだけを思い飛び出した。
途中、馬丁が馬ごといなくなり歩く事になった。馬に荷物そして路銀のほとんどを失った。
でも侍女の楓、小者の佐吉は最後まで一緒に来てくれた。歩き慣れない足で歩くとたちまち足には豆が出来て歩けなくなったこともあった。
熱を出し、3日も寝込んだこともあった。
また、路銀が足らなくなり、持ち物を売りながら旅した。佐吉が上手に売ってくれた。
どうしても宿が見つからず野宿も経験した。
雨で泥濘んだ路を泥だらけになりながら懸命に歩いた。
何より武蔵から上野に渡る時に、越後に行くという商家の隊列に出会い、ここまで一緒に来れたのが何より幸運だった。
あちこちに寄り商いをしながらの旅に同行するうちに『商い』というものに興味を覚えた。いろいろ質問しながら新しい知識を得る喜びがあった。
肌身離さず大切に持って来た紙蝶を両手に挟みながら、
三郎様、旅に出て最後の最後まで他人様のお情けで何とかここまで参りました、私は一人では何にも出来ない事がよくわかりました。早くお会いしとうございます。
思わず西の春日山城に向け手を合わせた。