26 隼介詰む
丁度この頃、畿内では織田信長が越前攻めに失敗し、金ヶ崎の退き口と後世云われる大敗を喫している。
越後の国府、府中の街に直江屋敷があった。
直江家と柿崎家の郡方が、庭で準備をしている。
まず、種籾を水に浸けてかき回します。水に浮いた籾は不要ですから、取り除きます。
次に塩を入れてください。再び掻き回します。浮き上がった籾は捨ててください。海水でやっても宜しいですが、海水では塩分が少し足りません。卵がやっと浮くくらいの塩分の水で行うのが良いと思います。
次に田植えのやり方ですが、この縄を張ってください。5寸ごとに記しを付けています、これを目印に稲を植えていきます。
しかし、私が見る限り田植えができる田ばかりでは無いようです。田に入ると腰まで埋まるような湿田では、田植えは無理ですから、種籾を直播きするしかないと思います。
その場合でも、塩水選で選別した種籾ですと下に沈みますから、これまでより収量は上がります。是非、偏りなく播いて下さい。
湿田を改良し乾田化できるか、稲刈り後に見に行きたいと思います。是非、地味を高めて収量を増やしたいと思います。
皆様、お昼をご用意しました。こちらへどうぞ。お女中の声がした。
手を休めて、縁側に腰を掛けようとすると、
「高梨様がそこに腰を降ろされると皆が座れませんから、こちらへどうぞ。」
足を洗い、庭先の部屋に通された。
開け放たれた障子から見える庭は大きさは久野屋敷とは較べるべくもないが、それなりにまとまって気を落ち着かせてくれる。
後ろから、
「庭はどうですか?」と声がかかった。
居住まいを正して後ろを振り向くと、船がそこにいた。
・・船さんだ、ここのお嬢さんだったのか?
「ご無沙汰しております。本日は父の我儘を聴いてくださり、ありがとうございます。」
ところで、と横から紅色、藍色の折り鶴を出した。
「どうでしょう私の鶴は?」
「上手に折れています・・綺麗です。」
それは、「この鶴の事ですか?それとも私の事?」
あわわ、
「・・どちらもです。」
まぁ、うれしい。
「すいません、からかった訳ではないんです。高梨様にまた会えたのが嬉しかったのです。」
「お船様は、直江様のお嬢様でしたか?知らぬこととはいえご無礼をいたしました。」
「船、もう下がりなさい。」直江景綱が部屋の入口に立って声をかけた。
「父上、前に高梨様に教えていただきました折り鶴がやっと綺麗に出来たので見ていただいていたのです。」
・・私も会えて嬉しかった。
「甘やかして育てた覚えはないのですが、なんとも・・」
では、
「お昼をお持ちします。」と船は出ていった。
「どう思いますか?」
???
「どうと仰られましても・・」
「無理ですかなぁ?」
???
「あのぅ、何のお話しでしょう?」
えっ、
景綱は居住まいを正し、
「船の婿に、直江の婿に来ませんか?」
えぇ~!
「私がですか?」
はい、
「高梨隼介様に申し上げております。」
・・
「家格が違いすぎます。」
それは、大丈夫です。
「御屋形様が高梨本家の養子格にすると仰って下さいました。」
えっ、
「御屋形様もご存知なんですか?」
はい、
「善は急げと申します。船がその気になっておりますので。」
三郎様の・・
「それも伺いました。お喜びでございます。」
はははっ、
・・詰んでる。まあ、嬉しいんですが、
「喜んでお受け致します。」
景綱に向かって礼をしていると、すっと横に船が、座った。
「隼介様、幾久しくよろしくお願い致します。」
こちらこそ。
・・良いんだろうか、越後に来てまだ一月も経ってないんだが、この展開で。