23 越後入国
三国峠を越える。
ここから越後の国だ。
三郎に悲壮感はなかった。それどころか希望に満ちた表情に見えた。
最後に一度だけ、関東を振り返った。広大な関東平野それを2つに分かつ利根川が一望できた。
さらば北条、さらば関東。
はつ、仕合せ(幸せ)になれよ。
越後に入ると魚沼、十日市、松代と過ぎ、府中へ入った。
旅の間、三郎は輝虎のそばに居て、常に何かを語り合っていた。
笑い声もし、難しい顔もあったが、側で見ていて概ね楽しい時間であるように見受けられた。
その内容は、隼介でも掴めなかった。
宿泊所では、ほぼ毎日隼介も呼ばれた。
三郎が隼介を売り込んでいるようで、輝虎も隼介が農業や普請に詳しいと認識しているようだ。
隼介は話しを重ねるうち、輝虎の純粋な性格に引かれた。
輝虎は信玄のように右手で握手しながら左手には刃物を持っているような人ではなく、信じたら真っ直ぐに相手を信じる人だと思えた。それだけに裏切られた時の怒りは凄まじいのだろう。
府中の街は直江津の港に接し、と言うより港で成り立っている。街中に上杉家中の幾人かの屋敷と巨大な城郭がひとつあった。御館というらしい。
先の関東管領、上杉憲政の館ということらしい。
府中の街を過ぎると山全体を城郭にした春日山城が現れた。府中からおよそ1里ばかり離れた山城で直江津の港、街を見下ろすことができる。長尾氏累代の城である。
春日山城の追手門まで、留守居を勤めた直江景綱が迎えに来ていた。
「御屋形様、ご苦労でございました。ご出陣中特に変わったことはございません。」
その日は、山頂近い本丸の客殿に通された。
夕餉を摂っていると、ごめん、と徳利を抱えて入って来たのは、
「直江景綱でござる。」
「柿崎景家でござる。」
おぉ、
「お二方どうぞ、三郎でござる。」
と挨拶もそこそこ、まず一献、と始まってしまった。
「この度の越相一和(同盟)、お二方の御尽力があればこそと伺っております。」
我らも尽力しましたが
「最も尽くしたのは山吉豊守です。」
「さようでしたか、沼田城でお世話になりました。武も智も兼ね備えたなかなかの人物とお見受けしました。」
さよう、
「よい男です。」
ところで、
「直江殿の与板はどのようなところですか?一度伺いたい。」
やら
「柿崎殿の武勇、川中島の戦いの時の話、ぜひ伺いたい。」
と三郎はいつも調子で相手を持ち上げながら話していた。
直江が
「三郎様はご家来を連れずに来られたと聞きました。」
そうですね、
「ここにおる2人に徒侍2人を連れて来ています。」
「それでは足りますまい、我らの処から出させてください。」
それはありがたい、
直江が
「私に息子が居れば小姓にして頂くものを、残念ながら、娘しか居りません。家中の気の利いたものを出しますのでお使いください。」と言うと柿崎が
「我家も惣領息子しか残って居りません、縁者を出しましょう、使ってやって下さい。」
柿崎殿は、
「今回の同盟の証に、御次男を小田原に差し向けたと聞きました、辛うございますね。」
「何の何の、この同盟の重さに比べれば何のことはございません。」
直江が、隼介の方を向き
「ここに来る前に御屋形様から是非とも高梨殿に会っておけ、と言われました。」
私にですか?
「なんでも、信濃の高梨の係累で、農業や普請にお詳しいと聞いております。一度、与板の領地を見て頂きたいのです。」
三郎が、
「隼介、是非とも見てまいれ。」
はっ、
「私は何時でも構いません。その前に『殿』はやめていただけませんか。このような若造です。隼介と呼び捨てでお願いします。」
おぉ、
「宜しいのか?その方が身近でよいのう。では、何時でもよいので頼む、隼介。」
「貴様だけずるいではないか、高梨殿、いや隼介、我が領地も頼む。与板に行く途中にあるでな、儂の処から寄ってもらってもよい。少しでも米が多く穫れるようにししたいのじゃ。」
微力を尽くしますが。
「今年の種蒔きに間に合うなら、直ぐに取り掛かりましょう。本格的には刈り入れ後になります。その準備もやりましょう、それぞれ人を出して下さい。」
「すぐに手配しよう。」
ではでは、宴もたけなわでござますが。