22.5 はつ
三郎様、今どの辺りにおいででしょうか?
越後はとても遠い国だそうですね、それにとても寒いと聞きました。
はつは、毎日、毎日三郎様のことばかりを考えています。
覚えていますか?
三郎様が初めて屋敷に来た日のことを。
はつはよく憶えています。
はつは嬉しくて、そして照れくさくて三郎様の目を見るたびに突き飛ばしたり、叩いたりしました。ただただ三郎様にはつを見てもらいたかったのです。
覚えていますか?
この庭でやったかくれんぼを。
三郎様は、はつが懸命に探しているのに、いつの間にか、馬で遠駆けに出ていました。
はつがどんな気持ちで探していたか、厩の小者に聞いた時、どんな気持ちだったかお分かりでしょうか、あの時懸命に謝られる三郎様を許さなければよかった。
そうしたら、はつはこんな気持ちにならずに済んだかもしれません。
庭の桜が、蕾を膨らませています。
毎年、三郎様と観たあの里桜です。
三郎様の大好きな御車返しも一緒に咲くでしょう。一重、八重の複雑な美しさが三郎様の面影に重なって見えます。
里桜は御車返しとずっと一緒だと思っておりました。
はつが桜の花が欲しいとねだったら、桜の枝を手折ってくれましたね。嬉しくて夜抱いて寝たら花が皆落ちてしまい、枝だけになってしまいました。
泣いているはつに三郎様は、
「花の命は短いからよいのだ、でも、はつの美しい笑顔はずっと見られるからさらによい。」
とおっしゃいました。
はつは後ろを向いてしまいました。
でも、とても嬉しかったのです。
夏は蛍を取って下さいました。
三郎様が手のひらを開けるときれいな蛍が飛び出しました。
とてもとてもきれいでした。
秋は秋で紅葉の葉を一杯拾っては、座敷に撒き散らし、2人で父からお叱りを受けました。
でも、とても綺麗でしたね。2人してお叱りを受けるのも実は嬉しかったのです。
冬になると富士の山に雪が降り、とても綺麗でしたね。
2人で座敷から雪の富士を借景にした庭を眺めているふりをして、三郎様の横顔ばかり見ていました。
三郎様にいただいた紙蝶、どうしても左に曲がります。桜が咲くまでには上手に飛ばせるようになります。そして、紙蝶に桜の花をのせて北の空に向かって飛ばします、三郎様のもとに届くように。
あの時、三郎様は何故、必ず迎えに来るとおっしゃってくれなかったのですか?たとえ魂だけになろうとも迎えに行くとおっしゃってくれなかったのでしょうか?
それでも、はつはいつまでもお待ちしています。
夢でもいいので迎えに来て下さい。