22 沼田城
山吉豊守は、利根川の川面を見つめていた。
対岸で陣を張る北条へ出した迎えの舟が戻ってくるのを見つめていた。
御屋形様の養子になる方を載せて戻ってくる。
その方の前に跪き「某、上杉弾正少弼家中、山吉孫二郎と申します。お見知りおきを。」頭を下げる。
いきなり、肩をポンポンと叩かれ「北条三郎氏英である。よろしく頼む。」
ところで
「山吉殿は輝虎公の奏者だそうな、近くに居られるとよく公のことを見ておられるだろう、公とはどのような御人であられるか?」
じっと見る目は心を見透かすような気がした。
「一言で申せば、心を鷲掴みされる方です。」
ほう、
「鷲掴みか、楽しみじゃな。」
では、参りましょうか。
一行は、山吉隊に護衛されながら、沼田城を目指した。
上州沼田城は、利根川の河段段丘上に築かれた城で、北に向かえば上越国境の三国峠であり上杉氏の関東での拠点となっている。
その日は沼田城の客殿に通され、
「明日、御屋形様と対面でございます。今宵はこちらでご休息下さい。」
山吉はそういうと世話をする若党をおいて去った。
「隼介、又太郎、まあ飲め。」
三郎が飲みながら
「暫くは亀になっておるより仕方がない。」
「まあ、楽しくやろう。」
廊下から、ドタバタと足音が聞こえ、山吉豊守が飛び込んできた。敷居のところで、両手を付き、
「御屋形様がおいでです。」
中の3人は、一斉に入口を見た。
「やっておるな。儂にも飲ませよ。」
と言いながら、輝虎が入ってきた。
3人は形を改め、輝虎の方に向き直った。
「今夜は忍んで参った、無礼講じゃ、足を崩せ。」
そちが三郎か、
「今日から親子じゃ、実の父と思ってくれ。」
はっ、
「三郎氏英でございます。これより子として孝養を尽くします。」
うむ、
「堅苦しいのはここまでじゃ。わしにも一杯注いでくれ。」
三郎が杯に酒を注ぐ。
「わしのことを話しておこうと思ってな。」
輝虎は話し始めた。
自分は、私利私欲で戦はしない、日の本には幕府があり、公方様も居られる、その下に皆が集まれば戦のない世がくる。
自分はそれを実現する事が義であり、自分に課せられた使命だと思っている。
何故、皆そんな簡単な事が分からぬのか?歯痒くて歯痒くて仕方ない。
儂は毘沙門天に縋って戦をする、毘沙門天も時には怒りが前に出る事がある。その方らにも苦労をかけたであろう?
三郎は、
自分も戦のない秩序のある世を目指して居ます。
そのためには力が必要だと思っています。義父上とともに秩序を取り戻せる戦いができるのであれば本望です。
と2人は最初から意気が合っているようで、話は、次から次へと進み、時折笑いがおきていた。
隼介は山吉と話し込んでいた。
輝虎がふと隼介に
「そなたが小鳥遊か?蒲原城では活躍だったそうじゃな。」
それと
「信濃に高梨という家があるのは知っているか?長尾と高梨は古くから縁続きなのじゃ、その方今日より、小鳥遊を高梨とせよ。高梨の一族ということにする。そうじゃな、高梨の先代の弟の孫としておこう、良いな。」
「ありがとうございます。」
・・え、えぇ、いきなり高梨の一族になってしまった。
垪和又太郎に向かって、
「垪和は早雲庵宗瑞の備中よりの家中よな。三郎の旅立ちの伴としてはよい伴じゃな。」
・・そんなことまで知っておられるのか、
「三郎、明日は楽しみにしておれ。」
この後、夜が更けるまで宴会は続いた。
翌日、沼田城本丸大広間に上杉の将達が集まった。
一段高い、上段の間に輝虎が座り、その横に三郎が座った。
又太郎、隼介は広間の入口、一番下座に控えていた。
「皆に紹介する。」輝虎自ら
「これが今日より息子になった上杉三郎景虎である。」
ざわざわ、声にならない声が景虎?って御屋形様の初名ではないか・・
「三郎、一言ないか?」
はっ、
「三郎景虎である。今日より御屋形の子として皆と共に尽くす所存である。よろしく頼む。」
一斉に頭が下がった。
それと、三郎の家の子2人を紹介しておく
皆が一斉にこちらを見た。
「家宰の垪和又太郎である。」
「そのとなりが、高梨隼介である。高梨の縁者じゃ。」
これより、
「我が家の柱石となろう、皆見知りおけ。」
ははぁ、再び皆の頭が一斉に下がった。
さぁ、明日は越後へ出立ぞ、抜かりなく用意せよ。
輝虎が広間を退出した後、三郎に山吉豊守が話しかけた。
「私は今しばらく沼田に留まりますので、越後にご一緒できません。越後では与板城の城主で姉婿の直江大和守景綱という者に三郎様の世話をさせます。名残惜しゅうございますが、また、越後でお会いしましょう。」