1 合力
月明かりを頼りに20人ほどの男たちが、静かに草を掻き分けながら峠に向かって登っていく。皆小具足姿で各々弓や槍といった得物を持っている、徐々に吐く息が白くなり始めた。夜になり冷え込んできたようだ。シュンスケは前を歩く藤助の背中を見ながら懸命についていく。具足や槍が重たい、足手まといにはなるまいと必死でついてきた。
村を出たのは昨日の夜半、敵に見つからないよう大きく迂回して、やっと敵の裏山に辿り着いた。
夜明けと同時に本隊が正面から攻撃を始めるに合わせて敵の背後を襲う予定だ。
思えば、神指村から中ノ村に合力の要請が来たのが5日前だった。中ノ村の侍衆を束ねる親父殿が侍衆を集め、今回の合力の話をした。
敵は芦原村
激しい戦いになりそうだ。
みな黙って聞いていた。
そして、連れて行く10人が告げられた。
シュンスケは輪の外で話しを聞いていた。10人目が告げられた時、思わず輪の中に飛び込み親父殿に向かって
「オレは来年15になります。もう大人です。連れて行ってください。」
日頃大人しいシュンスケが大声で従軍を申し出たことに親父殿はビックリした顔で「シュンスケ来るか?」と言ってくれた。
「行きます。」
「ただし、戦いには参加させん。儂の側におれ、よいな。」
「藤助、シュンスケの面倒を頼む。」
こうしてシュンスケの初陣が始まった。
神指村に着いた時には、すでに同盟の村々から合力の侍達が100人ほど集まっていた。
軍議に出た親父殿によると相手は芦原村、神指村の村長は今回こそ決着をつけると息巻いているそうだ。2つの村は長年にわたって抗争を繰り広げてきた。恨みに恨みが重なって・・という仲だ。
今回も境界争い、米の取れる境界付近の土地が係争地だ。先に神指村の領域に芦原村の若衆が入り込んだ、こちらの若衆が相手のうち2人を叩きのめした。それに対して芦原村は合力衆も含めて神指村の境界を侵し、こちらの稲を刈り取った。相手は同盟の村々から合力を受けて戦力を整えている。これに対抗するため神指村も、同盟の村に合力を要請した。というのが今回の戦の経緯である。
軍議で、正面を攻めると同時に別働隊で芦原村を襲撃する作戦が採用された。
別働隊は神指村の8人と中ノ村の12人に決まった。親父殿が率いていく。親父殿の武勇に期待しているのだろう。
行軍は夜半過ぎに窪地を見つけると周辺に見張りを配置し、そこで休みながら時が来るのを待つことになった。しばらくするとあちこちから鼾が聞こえて来たが、シュンスケは一睡も出来ないでいた。神経は太い方ではない、それは自覚している。
空を見上げると満天の星空だった。あぁ、奇麗だな。プラネタリウムで見た夜空みたいだな。・・あれ?プラネタリウムって何だっけ?不思議な感覚がまた現れたのを感じた。時々、訳のわからない言葉が浮かんでくることがある。シュンスケの病気だ。
しばらくすると、東の山の端が白く明るくなってきた。
見張りの一人が帰ってきて親父殿と一言二言喋るとその男は頷いて、音を立てずにその場から去った。親父殿は、再び目を閉じた。
空が白々と明けた頃に、ちょっとだけうとうととした目を覚ますと周囲の皆は既に目を覚ましていて戦闘準備を整えていた。
皆黙ったままで半刻ほどが経った。しかし、完全に夜が明けたにもかかわらず、本隊の攻撃が確認できない。予定では既に戦闘状態になってなければいけない時刻だ。親父殿は、2人づつ3組の物見を作り周辺に出した。
暫くして1組の物見が帰ってきた。
「シュンスケ」と親父殿のお呼びだ。
「藤助と村に帰って様子を見て来い。」
藤助と2人でけもの道を急いだ。親父殿の指示で、来た道ではなく最短と思われる道を急いでいる。
暫く進むと前を行く藤助が立ち止まった。そして振り返ると「隠れろ」と手で合図をくれた。
とっさに木の陰に隠れた。
人の気配が近づく。
息を殺す。
立ち止まった。見つかったか。
「それで隠れているつもりかな。」
「敵ではない、出てきなさい。」
藤助が、刀を抜き身を屈めて相手の前に出た。
「敵ではないと言うておる。三郎助の手のものか?」
「村長からの伝言を持ってきた。もう一人も出てきてはどうだ。」
完全にバレている。
木の陰から半身を曝した。そこには背の高い筋肉質の若い坊主が立っていた。