13 永禄13年正月
永禄12年も後1日、色々有りすぎた1年だった。
大晦日も今年を象徴するように、あるいは来年を予感するように木枯らしが吹き、寒い日であった。
1年を振り返りながら藤助とふたりでクモの世話をしていると、
「2人程の雇い入れようとおもいます。」藤助は、中ノ村から人を雇おうとしていた。
小机に行くと300貫取りの馬乗りである。伴の徒侍は藤助だけでは足りないし、小者も雇う必要があるが、なにせ伝手がない。
「藤兄ぃ、任せて良いか?」
いいが、藤兄ぃはよせ。年が明けたら行ってくる。
厩から長屋に戻ろうとすると、母屋の縁側で庭を観ている三郎がいた。
「雪でも降るか?」
なぁ、隼介。
「今年も終わるなぁ。年が明ければ小机で城主だ、何から始めるかなぁ。」
まず、
「各村からの書き出しを確認し、どこに荒地が多いか、水利の便など調べねばなりません。それに気になっているのですが湿田が多いように思います。」
うん?
「湿田ではまずいのか?」
できれば、
「冬場乾いていると裏作で麦もできますし、地味を高めることもでき、より豊作が見込めると思います。」
そうか、
「裏作からは年貢を取らんから領民は、喜ぶな。」
それにしても
「詳しいな、それも夢の知恵か?」
おそらくは。
・・う〜ん、よくわからないんですよ、自分でも。
「もう一つ大事な事があるぞ。訴訟がたくさん来そうだから頼むぞ。」
・・丸投げですか、間違えると大変ですが?
三郎様、三郎様と呼ぶ声がする。
三郎は腰を浮かし、
「隼介、遠乗りに行こう。」
「お断りします。忙しいのです。」
「連れないやつじゃ、良いか〈はつ〉が来ても知らぬ存ぜぬだぞ。」
早足で去っていった。
「隼介殿、三郎様を知りませんか?」
「殿はやめてください、主君の奥方様ではありませんか。」
まぁ、
「では、隼介、旦那様はどちらでしょう?」
はい、
「厩ではないでしょうか、急げば間に合うと思います。」
「ありがとう。これからもよろしく。」
こちらも早足で去っていった。
・・勝手に仲良くしてください。
部屋の掃除も終わり、これで新年を迎えられると思いながら広い庭に出てみた。冬景色の壮麗な庭が何か物悲しくもある。
・・凄い庭なんだろうな、さっぱり分からんけど。
離れから、呼ぶ声がした。
「宗哲様、御用でしょうか。」
縁側で白湯を飲んでいる宗哲の側まで行った。
「隼介、ここへ座れ」と自分の横に招く。
「小田原城で三郎のことを飛龍と言うたが、ほんとにそう思っておるのか。」
「そうでなくては困ります、ぐらいには。」
「儂は、幼き三郎をみた時、宝玉の原石じゃと思った。相模守に三郎の養育を頼まれた時、一も二も無く引き受けた。」
それからも
「これは、大物になると思った。残念ながら息子たちより優れている。」
だから、
「はつと一緒になってくれれば、我が息子となる。儂のわがままだがな。」
これからは、
「儂が側におることはできまい、しかし、そなたが居てくれれば安心じゃ。」
それはそうと、
「その後、何か向こうの世を見たか?」
「はい、東京という街におりました。そこから飛行機という乗り物に乗って空を飛ぶというものでした。その飛行機というのは奥行き20間、幅が2間程の筒に翼が付いていて、100人もの人を一挙に遠くに運ぶのです。」
ほお、
「飛行機か、凄いものじゃの、この世で使えればどうなろうか?それに東京とは東の京、この小田原であればよいの。」
「それで、思い出したものがございまして」と懐から紙包みを取り出した。
「これは紙飛行機と申しまして、子供の玩具なのですが」と紙飛行機の翼を整え、投げた。風に乗りゆっくり飛んだ。
「驚くのう、紙を折っただけで宙を舞っておる。」
これは
「凧の変形のようなものです、風を受けて宙を舞っております。」
隼介、
「これは真っ直ぐに飛ばせることも出来るのか?」
はい、
「もう少し硬い紙か軽い板でもあれば、折り紙ではありませんが作ることも出来るかと思います。」
そうか
「では、そのうち見せてくれ。」
と白湯を飲み干した。
厩では・・
隼介の奴、裏切ったな!
三郎の横で、はつが「私もお連れください。」
愛馬北斗が笑っているように歯を剥き出している。
馬上から手を差し出し、馬場を周るだけだぞ、とハツを馬上に引き上げた。
永禄13年の正月が明けた。
宗哲と三郎は、小田原城に正月の挨拶に登った。
そして案の定、はつが連れて行けとゴネた。相模守様が一緒に来いとおっしゃたのでしょう、とねじ込む。
「はつ、三郎が小机に立つときに連れて行くから、それまで待っておれ。」
仕方なく行列を組んで門松を飾った門から出ていくのを見守った。
屋敷に残った者たちにも正月の祝いが出た、雑煮に餅といったところだが、皆気持ちがウキウキとしているようだった。
三郎たちが帰ってきたのは夜半になってであった。
三郎の部屋の夜具ではつは静かに待っていた。
手燭をかざして部屋に入るや、そこにはつを見た三郎は一瞬驚いた顔をしたが、そのまま抱きしめた。