12 小田原城
翌日、宗哲一行は、冬晴れの中を久野屋敷を後に小田原城に向かった。戦勝の報告に行く面々の顔は明るかった。
特に隼介にはいい事があった。
昨日、藤助が親父殿の伝言を持ってやって来た、藤助を隼介の下で使ってほしい、とあった。
思わず親父殿や母様の顔が浮かび涙が頬を伝った。
藤助は隼介より4,5歳上で、幼い頃父親を戦で亡くし、程なく母親も病で亡くなった。
それ以来、非常に無口になった。
その藤助は村が育てたが、主に三郎助夫妻が面倒を見ていた。
自然と隼介とは兄弟のように育った、無口な藤助を藤兄ぃと呼び親しんでいた。
・・藤兄ぃが来てくれたことが一番の褒美
その藤助がクモの轡を取っていた。
「隼介、藤兄ぃと呼ぶな、お前が主人だ。藤助と呼んでくれ。」
難しいなぁ、でも頑張ってみるよ、藤兄ぃ・・いや藤助。
小田原城は八幡山を中心に造られた城を、北条氏の居城になって本丸の場所が今の場所に移された。
おそらく日の本一の巨城である。
その北東側は蓮池と呼ばれる池を堀代わりにしていた。蓮池に浮かぶ島には弁財天を祀った社があり、そこの曲輪はその名をとって弁財天曲輪と呼ばれている。
小田原城の攻め口はここになるらしい。
上杉謙信も武田信玄もここを攻め口とした、当然、激戦地となった。しかし、どちらとの戦いでも北条はこの城を頼りに籠城し、そして負けなかった。巨城の勝利であった。
一行は追手門を潜った。
・・越後の龍も甲斐の虎も落とせなかったんだよなぁ。広いなぁ、大きいなぁ、他に感想がなかった。
いくつかの曲がりを曲がり、門を潜った。どこを進んでいるのか分からないまま本丸に着いた。
本丸の控えの間に通され、生まれて初めて直垂姿になった。 正装にしては動けるように作られた衣装だが、どこかむず痒い。
親父殿に見せたら孫にも衣装って言われそうだ。
宗哲、三郎、隼介の順で長い廊下を歩いていく、やがて謁見の広間に来ていた。
宗哲、三郎が前にその後に隼介が納まった。
やがて、侍者の声がし、上座の襖が開いた。隼介は頭を下げた。人の気配がし、面を上げよ、の声で上座の段差が見える程度に頭を上げた。
それでは、顔が見えぬ。顔を上げて近くに寄れ。
はっ、にじりよると顔を上げた。
「伯父上、この度はご苦労をおかけしました。」
「なに、わしは高みの見物をしただけじゃ。城の者たちやこれに控えている三郎や小鳥遊隼介たちがやったことじゃ。」
「三郎、元服に立ち会えず済まなかった。この度働き、父として嬉しい。これからも兄を助けて我が家のために尽くしてくれ。」
「ありがたきお言葉、これからも尽くします。」
「ところで、その方、嫁を貰うそうじゃな、目出度いことじゃ。この次は一緒に参れ。」
「一緒にで御座いますか?ちょっとそれだけは・・」
「なんじゃ、嫌なのか?父にも嫁を見せよ。」
「はぁ。」
・・この人は奥方のこと好きなくせに照れていやがる。
「これからが本筋じゃ。」
と右京大夫(氏政)に引き継いだ。
「三郎、3年ぶりじゃな。顔つきが変わったようじゃ。」
では、申し渡す。
「三郎氏英、小机城を任す。笠原を副将とし、よく相談して治めよ。」
「はっ、承りました。必ずや他の見本となる様、治めて見せます。」
「後ろに控えておるのが、小鳥遊隼介か?」
宗哲が振り向き「左様でございます。」
「この度の活躍聞いておる。その方には小机領のうちで300貫を与える、それから名を与える。」
「これよりは小鳥遊隼介長幸と名乗るがよい。三郎を支えよ。」
「ありがたき仕合せ。期待に沿うよう努めます。」
・・この答えで良かったよね。この褒美は喜んでいいのかなぁ、300貫て300石くらいだよね。家の子を雇わないと・・
最後に相模守(氏康)が「このあと、離れに場を移そう、今回の戦いのこと詳しく聞かせてくれ。」と締め括った。
・・今度は離れかぁ、まだ終わらないのかなぁ。
壮麗な庭の中にある8畳程の広さの離れに、相模守、右京大夫、宗哲、三郎が入り車座になった、隼介は縁側の板の間に畏まった。
「三郎、良うやってくれた。今回はまともな援軍も出せず、下手をすれば、蒲原城だけでなく氏信も失うところであった。」
「相手の策、良う見破ったな。」
「そこに居ります隼介が“釣りだし”でしょうといい出しまして、後は皆で頭を突き合わせて考えました。」
「そうか、良い家臣を持ったな、大事にせよ。」
ところで、四郎勝頼の事、どう思った?
「私は、余り接しておりません、隼介が対応しました。」
・・また、振りやがった。
隼介、どうじゃった?
「品はありますが、どことなく陰のある方で、死にたくないと顔に出ていました。」
四郎勝頼が武田を継いだ時、
「どのような者に成るであろうか。」
「なかなか手強い敵に成りましょう。しかし、武に偏っておりますから、治を差配できるものがおるかどうか、でございましょうか?」
「よう見ておるな、覚えておこう。」
「しかし、伏龍を野に放ったことのなるまいか?」
「飛龍を生かすためでございました。」