11 久野屋敷
小田原城から北西1里弱の久野の地に堀と築地塀を巡らした宗哲の屋敷があった。形は武家屋敷ではあるが、周囲の山々を借景に優美な庭を配置した宗哲の住まいである。世間では、ここを久野屋敷と呼んでいる。
宗哲一行は、久野屋敷に入った。明日、蒲原城での顛末を報告するため小田原城に登る。その準備のためである。
玄関口で、留守を守る者達が「おかえりなさいませ。」と出迎えた中に『はつ』がいた。
「三郎様、お疲れでございましょう。」
「それほどでもない。」と素っ気ない。
三郎様の様子がおかしくて、吹き出しそうだ。
玄関口で足を洗い、たったったと足早に座敷に向かった。
「三郎様、お待ちください。」はつは早足で追いかけてくる。
三郎はクルリと振り返ると、はつ殿、これが隼介です。と隼介をはつに押し付けた。
思わず、はつにぶつかりそうになりながら横に避けた。その弾みでたたらを踏み、尻から落ちそうになるのを懸命に堪えた。
危ねぇ、何しやがんだ、ぶつかったらどうするんだ。
はつもビックリした様子で
「ごめんなさいね。三郎様!酷すぎます。」
三郎はずんずんと進んで行くと座敷に入り、障子を閉め、ふぅ、何とか逃れた、とごろりと寝転んだ。
「三郎いいか。」宗哲が隼介とはつを連れて入って来た。
「三郎、あまりはつを苛めるな。」
「そうでござます、こんなにお慕いしておりますのに。」
ごろりと向こうをむいて、
「苛められるのはいつも私です。」
宗哲は呆れ顔で
「喧嘩するほど仲がいいとも言うが、お前たちは一日中だな。そっちで勝手にやっておれ。儂は隼介に用がある。」
「隼介、また、不思議を見たのであろう?聞かせてくれぬか。」
はい、と言ったあとしばらく考えてから
「どうも、私はこの世のものではないようです。」
言い合いをしていた、三郎とはつもこっちを向いた。
「どこか違う世で、妻と子と暮らしておりました。」
「そこは、ここのように戦が近くにはない所で、男も女も同じように働いているようでした。」
「わたしが感じたのはここまでです。」
そうか、と宗哲が言うや否や、はつが割り込んで来て
「女も男のように働けるのですか?」
「しかも、戦がないなんて、私もそういう世がいいです。」
少し、黙っておれ。
「父上、私は三郎様と戦のない世に参ります。」
うるさいと言っておろう。
「三郎、はつをどうにかしろ!」
「私がですか?」
「お前以外にはつを抑えられるものがおるか。」
横で聞いていたはつが、
「何か、私たちが邪魔なようです。三郎様、私の部屋に参りましょう。」と、三郎の手を引っ張って出ていった。三郎は後ろ髪を引かれながら恨めしそうな表情で、隼介に訴えていた。
「ふう、はつのお転婆には困ったものだ。」
「宗哲様、あの2人はいったい・・」
「幼い頃より一緒に育っておっての、仲はいいのじゃがどうもはつの方が強いようじゃ。」
要は尻に敷かれてんだな、と口には出せなかった。
「ところでな、隼介。三郎には小机の領地を任せようと思うておる。隼介も小姓頭として、よく補佐してやってくれ。」
小姓頭?いつそんなものに成ったんだ?
「それから、明日の登城にはその方も一緒に左京大夫(北条氏政)殿の前に出るぞ。今回の活躍に褒美が出るから楽しみにしておれ。」そう言うと、部屋をあとにした。
褒美かぁ、別に欲しい物はないなぁ。
その夜、長屋に部屋を貰った隼介が、寝る準備をしていると、
「おるか?」三郎が言うが早いか、返事も聞かずに入ってきた。
「隼介、主人の窮地に知らん顔するやつがあるか!」
主人の窮地?
「はつは何時もオレを殴ろうとするんだ、近づくとな危ないんだ。」
左様ですか
「さっきも自分の部屋で、どこにも行くな、などと言ってしなだれかかってきおって。」
ハイハイ、聞いておれん。話を変えよう。
「先程、宗哲様からお聞きしましたが、小机を任されるのでございますか?」
「そうだ、まず小机の領地を豊かにする事から始めるぞ。まず、領民皆が食べていけるようにせねばな、頼んだぞ!隼介。」
・・もしかして、丸投げですか?