95 安土、炎上
三郎も隼介も突然の轟音と立ち昇る火柱に呆気にとられた。
安土城が燃えている!
此処からでも燃え上がる炎と煙が見える。三郎は直ぐに進軍を止め、防御態勢を取らせると安土城へ向けて2隊の物見を出した。
「ただでは渡さんと言うことか?」
隼介は立ち昇る煙を見ながら、
「被害が無ければ良いのですが?」
織田軍を追う手を緩め上杉軍は大休止に入った今夜はこのまま夜営となりそうである。
安土城へは丹波勢が向かっていた。
安土城を押さえた後は、佐和山城攻囲軍との連絡を取る予定になっていた。
隼介は三郎に「少し早いですが今日はこの辺りで夜営しましょう。」と言うと三郎の「諾」の返事を待って各部隊へ伝令を出した。
夕餉の準備が終わる頃、出していた物見の1隊が戻ってきた。負傷した武将を数名連れていた。
右腕に副え木をし右足を縛って止血したその武将は、三郎の前に出ると地面に胡座をかき頭を下げると
「某、波多野秀治家中酒井信政と申します。」
喋るのも痛みがあるのか苦痛に歪んだ表情で名乗った。
「何があった?喋れるか?」
まだ興奮が醒めやらないといった震える口調で、
「我等は安土に着くと警戒しながらまず街外れに陣を敷きました。」
喉が渇くのか唾を飲み込もうと一度喉を鳴らした。
「誰か水をやれ!」
小姓か走り寄り、腰の竹筒を渡すと酒井は渇いた大地が雨を吸収するように飲み干した。
一息つくと、
「いくつかの部隊に分かれ、自分は大手道横の屋敷を下から順に確認していました。屋敷は無人でどこも綺麗に片付けられていました。最初に確認した屋敷に本陣を置くべく、我が殿(波多野秀治)や赤井直正様が準備を始めていました。」
「我等が次の屋敷に移るため大手道に出たその時でございます。」
「我が殿が居る屋敷を含めあちこちで爆発が起こりました。いきなりで続けざまに爆発いたしました。何度も何度も止み間なく爆発が続き地面が揺れ立っていられない程でございました。」
ここまでを一気に喋ると、苦しそうに息を整えて、
「その瞬間瓦や木片が飛び交い次に周囲の門や塀が倒れ炎が襲って来ました。」
「木材の下敷きになった部下を助けると肩を貸そうとしましたが、その時自分も怪我をしていることに気が付きました。」
「大手道を逃げようと振り返るとあの絢爛豪華な天主が燃え落ちようとしておりました。町外れまでたどり着く間にも焼けただれて転げ回る者や下敷きになって呻き声を挙げている者等々いましたがどうすることも出来ませんでした。助かった者共は三々五々ほとんどが手負いでしたが集まって来ました。」
「しかし殿の姿が見えません。動けるものを10人ほど連れて捜し行きましたが本陣にしようとした屋敷は炎に包まれていて近づけませんでした。」
堪らず嗚咽を洩らすと、「地獄とはここか」と思わずにいられない景色をみました。
三郎は床几から立ち上がると
「直ちに安土へ向かう!」
隼介は、びっくりして、
「お待ち下さい!火を消す方法がない以上、今行っても何も出来ません。炎の原因は恐らく火薬でしょうが、まだ燃え残りや燃えていない火薬もあるかも知れません。危険です。」
イライラと三郎は、
「では、このまま見捨てよと言うか!儂に味方したばかりにこの不運を背負った者達を見捨てよと言うのか?」
隼介は頭を下げて、
「そうは言っておりません。内府様が行くには危険過ぎると申しております。ここは安土に詳しい明智殿のご家臣のどなたかに行って頂くのか良策でございましょう。」
三郎は隼介を睨みながら暫く考えて、
「それもそうか。では明智殿に頼むとしよう。」
明智左馬助秀満は部隊を率いて安土へ向かった。
かつて安土の街であったところへ向かって、燃え盛る炎に向かって馬を進めた。