9 蒲原城攻防戦その5
そこは、武田軍が本陣に借り上げた?大きな農家。
外には武田軍が行軍の準備を終え整然と並んでいた。
「御館様、三郎殿が見えられました。」
「通せ。」
三郎は玄関を入るとすでに出発準備を終え、框に腰を掛けた『御館様』が目の前にいた。隼介はサッと片膝を着き拝跪した。
「北条三郎にございます。わざわざのお呼びゆえ伺いました。」
はっはっは!云うのう。
「喜平がいろいろ言うでな一度会うてみる気になった。その方、わしのことは知っておろう?」
当然だ、
「武田信玄殿、貧しい甲斐の兵を率いて他国を荒らし、自国のみ豊かにせんとする領主、その一方で信玄堤を築くなど領民のための施政も行っている、昨今では稀な領主と言うところかな。」
ニコニコと
「貶されておるのか、ほめられておるのか分からんな。色々と問答すれば楽しそうじゃが、そうもいかん。儂はこれから甲斐に向けて立たねばならん。どうじゃ、このまま一緒に甲斐に来るか?」
とぼけた様子で
「甲斐に行くときは、自分の兵たちを率いて行きますよ。」
側の小姓がとっさに刀の鯉口を切った。やめよ、御館様は手で止めた。
「楽しみにしておこう。」と言うと後を武藤喜兵衛に任せ、馬上の人になった。
三郎殿と呼ぶと
「ひとつだけ言うておく、儂も好きで他国を乱取りして回っているわけではないぞ、そうせねば、国人衆、領民に見限られるからじゃ。この世とはそういうものぞ。」
そういうと「出立」の声で動き出した。
どうぞこちらへと案内されたのは、今まで武田が本陣として使い、御館様が私室として使っていた部屋らしい。
明日の交換までここで過ごせということらしい。
武藤喜兵衛と下働きのものしか見えず、特に警備しているようでもなかった。
「喜平とやら、これでは、いつでもお帰りください、と言っている様だな。オレは飽きたら帰るぞ。」
構いませぬよ。
「今回の証人の件も私が御館様にお願いしたのです。こうしてお二方と話しができれば十分です。」
「ほう、我らに聞きたいことでもあるのか?」
「そちらに居られる隼介殿にはお聞きしましたが、この度の戦、三郎殿が作戦を立てられたとお聞きしました。少しお教えいただけませんでしょうか?」
あっけらかんと
「なんだそんなことか、いいぞいくらでも教えてやる。」
慌てて止めたが、
「戦の策は臨機応変、毎回異なる。一度使った策はな、二度は使えぬものじゃから、かまわんよ。」
「我らの策、どのあたりで気づかれましたか?」
「そのようなことは、武田が来る、真田がいるという時点で気付くわい。その方の親父殿はそれほど有名よ。」
判断を迷うような表情で
「ありがたきお言葉として頂戴致します。」
ところでと三郎が話題を変えた。
「先程の信玄公との話、喜平はどう考える?」
ちょっと間を取り
「御館様は、常々領主は国人衆、領民の支えがあって立つものとおっしゃっておいでです。御館様の父上も戦には強かったが、飢饉を上手く越えられず、国人衆の反発を招き追放されました。身に沁みておいでなのです。」
ほうっ、と
「意外だな、信玄公はもっと強い方かと思っておった。」
誤解でございます。
「とても優しい方です。そして、決断すると真っ直ぐに突き進まれる方です。」
「ほう、その決断で嫡男を切り捨て、同盟を破棄し駿河に攻め入ったか。」
それも誤解です。
「ご嫡男義信様は病死でございます。駿河に攻め入った直接の切っ掛けは、今川の塩止めでございます。」
だがな、
「その決断で武田は四方に敵を抱えることになった、ちと浅はかではないか?」
苦い表情で
「お館様も国人衆の意見を無視できません。難しい所です。」
「領主、国主いえど好きにはできぬか、いい勉強になった。」
「隼介殿もおもしろいと思いましたが三郎様はさらにおもしろい方ですね。」
話しは盛り上がり、夕餉を3人で摂ることになり、酒もでた。
「隼介、酒は初めてか?」
「はい、しかし旨いものですね。」
そう言った矢先、目の前が怪しくなり、そのまま記憶がなくなった。