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昭和の思い出  作者: こでまり
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映画

 私が小学生の頃、学校で映画を見るのが楽しみだった。学校行事として日程は決まっていたのだろうが、それは突然知らされた。だいたい2時間目の終わり頃だったと思う。授業から一転、娯楽の時間。夢のようなひと時の訪れに、皆が歓声を上げ興奮状態になった。


 教室二つ分くらいの大きさの部屋で、たぶん何か名前が付いていたと思う。真ん中で仕切った折り戸を全開にし、小さい順に並んで座った。2学年ずつ4クラスほどが一緒に見たのではないかと思う。板張りであったが、足やお尻が痛いなんて記憶はない。期待感に溢れ、私もまわりの友達もニヤニヤが自然に溢れてきて、目を輝かせながら始まりを待った。木枠のガラス窓に暗幕がひかれ、電気が消えると友達の頭の上を白いスクリーンに向かって真っすぐ伸びる光に、舞っているホコリが見えた。

 

 色々な映画を見せてもらったが、その中で一番印象に残っているのはゴジラだ。もちろん白黒である。初めてのご対面だったので、それは衝撃的だった。子ども心にこんな娯楽映画を学校で見せていいのか心配になった。一番記憶に残っているのは、ゴジラと鉄塔の場面だ。鳴き声と背びれが光る様子が恐ろしく、音楽も恐怖をそそった。


 そして、私は「聞き耳頭巾」の実写版が忘れられない。これも白黒であった。頭巾を被った娘が小鳥のおしゃべりを聞く時に、アップにされた上目遣いの顔が妙に印象に残っている。

 

 そしてもう一つ「田舎のネズミと都会のネズミ」これはアニメーションである。イメージは原色で直線的。言葉のやり取りはなかったような気がする。映像が機械的に目まぐるしく動き、都会の部分ではガチャガチャした音楽をバックに、目の大きな猫がネズミを追いかけていた。この2本、見たことがある人はいるだろうか?


 後は、ゆったりした画風のアニメを多く見た気がする。西遊記とか安寿と厨子王、白蛇の話とか・・・きれいな絵だったのを覚えている。


 映画は何本上映するかなどは知らされておらず、暗幕が開けられ日の光が差し込んでくると、現実に引き戻された。教室に戻ろうと廊下を歩いていると、給食の匂いがした。


 映画会は校庭でも開かれた。お盆の頃であったろうか、早めの夕飯を済ませると落ち着かず、まだ明るいうちから校庭に行くと友達も来ていて、いつもの姿なのにとても新鮮な気持ちになった。

 

 プール横では、おじさんたちが地面を掘ったのだろうか、長い丸太を2本立て、間に張った大きな白い幕には長いシワが斜めに寄っていた。


 暗くなって、大人も子供もぞろぞろと集まってきた。浴衣を着ている人も多かった。風呂上がりの人もいたであろう。ウチワ片手に笑い合う人でにぎやかだった。主催者は誰かもわからなかったが、挨拶があったと思う。覚えているのは、子供向けの映画ではなく、山伏が馬に乗っている場面、時代劇であった。


 子供たちは映画そっちのけで、人の間を縫い、追いかけっこをした。校庭の端の暗がりまで逃げて行き怖くなって引き返してきたり、そのまま鉄棒で遊んだりした。大汗をかいて、ビーチサンダルを履いた足は砂だらけになった。刺激的な夜の世界に興奮し、理由もなく皆でげらげらと笑った。


 梅雨の頃、朝から雨が降り、掃除を済ませた母と見るテレビの映画が平日の同じ時間に放送されていた。その中で唯一「狸御殿」とかいう題名の映画を覚えている。タヌキが人間に化けたドタバタな話と記憶しているが、よくわからない。母と畳の上にくっついて座り、あるいは寝転んで、雨音の中でゆったりと見ていた。今でも、雨で光った庭木の葉と共に思い出す。


 日々生活していると、ふと何度も思い出す出来事がある。母が初めて連れて行ってくれた映画館のこと。家から電車で二駅、母と私は高い板塀に沿って歩いていた。映画館がどこにあって、どんな様子で建っていたかは全く記憶にない。ただ、何本かののぼりが立っていたような気がする。


 どこかの家を訪ねたついでに、母は私に映画を見せてくれたと思う。母の目的は意味ありげで、子ども心に不穏な空気を感じていたはずだ。映画を見たのは、訪問までの時間潰しだったのか、それとも私一人を置いて母だけが訪問先に行ったのか・・・思い出すことができない。今さら母に聞いても、「そんなこと、あったっけ?覚えてない」と言うだけだろう。母の秘密、それは私の好きな松本清張の小説を連想させる。


 さて、初めての映画館、手に汗握る展開に見入り、流れた主題歌は明るくはつらつとしたマーチだった。アニメというより漫画映画と言った方がしっくりくる。「わんわん忠臣蔵」を今でもはっきりと覚えている。なぜなら、絶対に忘れまいと念じたから・・・。そのせいか、母の行動が余計おぼろげに映ったのかも知れない。時とともにその思い出は盛られ盛られて、実際は秘密とは程遠い日常だったのだと思う。

 

 わんわん忠臣蔵は、母犬をトラに殺された子犬が、立派に成長し仲間とともに敵討ちをするというストーリー。吹きすさむ雪の中、ジェットコースターが走る場面で繰り広げられる死闘に、くぎ付けになった。 今でも気がつくと主題歌が頭の中に流れ、鼻歌になって甦り、そのうち涙がジワーっと溢れてくる。ずいぶん涙もろくなったものだ。テレビで何回も見ているが、途中までは悲しくても、クライマックスでは心が躍る。この映画はずっと忘れない。


 だが、その前に私は母に連れられ映画館に行ったことがあった。もちろん母の思い出話の中のことである。父が出勤し兄が学校へ行くと、母は私を背負い、近くの肉屋でコロッケを買った。そのまま10分ほど歩いて駅の反対側に向かった。母のお目当ては「風小僧」という時代劇であった。母の思い出話を聞くうちに、私は「頭に黒いお椀のような物を逆さまに付けた山伏と、つむじ風でクルクルと回る落ち葉」が頭に浮かんだ。私もしっかり見ていたのかもしれない。

 

 物心ついてからも、その映画館の前を通ることがあった。小さな映画館で、薄汚れた感は否めなかった。高い位置の大きな看板は、なまめかしい女の人の絵ばかりで、夜はそういった類いの映画を上映していたのだろう。アニメなどとは程遠い世界であった。恥ずかしくて、正面を向いて通り過ぎたが視線は入口の右側に向いていた。チケット売り場であったろうか、カウンターの下、縦の板張りの黒ずみが印象に残っている。前を通るたびに公衆便所のような匂いがしたように記憶する。場末という表現がそこから生まれたかのような映画館だった。映画館の先には出来たばかりのスーパーがあったので、買い物にはその前を通る必要があった。


 ある時、私は兄と一緒にスーパーへ行った。母から買い物を頼まれたのだ。レジで支払いを待っていると、お金が足りなかったのか、兄は相当焦っていた。私は、「兄ちゃん、顔が赤いよ」とか、そんなようなことを言ってしまった。余計な一言が焦りに拍車をかけて、兄の顔はさらに赤くなった。兄は私にされたことを母にチクったが、ただ笑われて終わった。


 初めて兄が、兄の友達と一緒に私を映画に連れて行ってくれたことがあった。年末の寒い時期だったと思う。仕事で忙しかった母が、お小遣いをあげて私を一緒に連れて行くよう言いつけたのではないか。絶対連れて行きたくはなかったと思う。バスを待つ間、私はお兄さんたちの仲間になったようで、嬉しくてはしゃいでいたと思う。映画はゴジラやモスラ、ラドンが地球の為にキングギドラと戦うという内容で、三つ首のキングギドラが恐ろしかったことを覚えている。


 そしてもう1本忘れられない映画がある。中学生になったある日のこと、私は一人でテレビを見ていた。多分運動会の次の日だったと思う。「哀愁」という洋画である。


 初めに結末のわかる構成は見続けるほど心を重くした。戦争の時代に生きた主人公の最後に、私はボロボロと涙を流し、しゃくりあげるほど泣いた。鼻も詰まって苦しかった。もう世の終わりのように感じ、それから心は外に対して無表情になった。寝ても覚めてもその映画が忘れらず主人公を思っては、鼻の奥がツーンとなった。学校へは行くものの心は沈んでいた。もう一生この気持ちのままかと思っていたら、1週間が経つ頃から元の自分に戻って行った。たかが映画に、これほどまでにのめり込むとは思ってもいなかった。


 そして、その影響かハッピーエンドでない結末が予想される映画は見る気になれなくなった。私は、愛に無縁の映画を好むようになっていった。


お読みいただきありがとうございました。 

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