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 稽古をしていた人間は道場の雑巾がけと着替えを、男女で交互に行っている。

雑巾がけをよけながら草壁は祥子に話しかける。


「丁度いいから今お話ししますね」

「ANYさんが関わっているんですか?」祥子は草壁が続きを話す前に先に聞いた。先ほど草壁の口から出たANYという言葉にひっかかっている。


「それは置いておいて…今文部科学省ではIT大学構想というのを検討しています。大学へ進学を希望しているが、経済上の理由でそれが困難な学生のうちIT系の才能を有する人間に学費を援助するというものです。通常の奨学金と違うのは、自治医大の様に卒業後一定期間の地方勤務をすることで、返金が免除されることです。また、援助する金額自体に制限は無いので私立でも公立でも、自分の希望する大学に進学できます。行く行くは自治医大と同じく専門の大学を設立する構想ですが、それまでの期間既存の大学の施設やカリキュラムを利用して運用しようと考えています」草壁が説明する。


「それは素晴らしい構想だと思うんですが…私にもそれに挑戦してみろと?」祥子が聞く。

「二年後…そうあなたが大学進学する年度に丁度試験運用の一期生を迎え入れようと考えています。それで全国から条件に合いそうで優秀な学生をピックアップしてまわっているわけです」草壁は答える。


「条件というと…貧乏?」祥子は笑ってそう言った。

「あなたネットでは名の知れたハッカーなんですってね?ANYから聞きました」草壁が言った。

「ANYさんの名前が出るという事はばれてるんですよね。確かにANYさんとはネット上で繋がってますが、あの人文科省の関係者だったんですか?というかどうして私の身元が分かったんですか?ANYさんにも話した覚えは無いんですが…」祥子は不思議そうな顔をしている。


「文科省の情報収集能力を侮ってもらっては困ります。個人情報保護法なんて形式だけのもの…私がそんなこと言ったらいけませんね」草壁はゴホンとひとつ咳ばらいをしてから

「ANYは関係者というか個人的な情報源ですね」誇らしげにそう話してから続けた。


「あなた程の成績なら東大でもどこでも関係ないと思いますが、ネットやIT関係に精通していても通常の勉強はあまりできないという人材も少なくありません。そういう人にはセンター試験の様に無駄な科目を勉強する手間が減ります。大学によっては進学後も1、2年の教養科目を削って、最初から専門科目を中心に学べるように検討中です。来年度中に選抜試験を行う計画ですので、ぜひ田村さんにも参加してもらいたいと思っています」


「因みに地方勤務の期間はどれくらいなんですか?」祥子が聞く。

「自治医大に倣って9年間か、僻地医療従属期間並みに5年間にするか検討中です。但し、あくまで地方勤務は呼び水であって、行く行くはその地域でのIT整備のリーダー的な存在になってほしいと考えています」

 草壁の言葉に祥子は考え込んでいる。


「日本のIT化は世界でも出遅れています。大きな要因は地方がついてこれないからだと現文科大臣は考えています。このままだと日本全体が沈没して行ってしまう。自分の為だけでなく、持っている才能は是非国の為にも役立ててはくれないでしょうか?」草壁はそう付け加えた。


「まだ選抜試験には1年以上あるんですよね?少し考えさせて頂きます」祥子はそう答えた。


 実家に戻って慌ててシャワーを浴びて着替えた。それはいいのだが15分と言った手前髪の毛をドライヤーで乾かしている時間は無さそうだ。考えている時間も無いので、とにかく半乾きまで乾かしてみる。帽子を被ればいいか。いや、道場に入る時は帽子を脱がなければいけない。あ、でも窓の外から呼んで出てきてもらえばいいかと、どうでもいいようなことが頭の中をぐるぐると駆け巡った。


 とにかく15分以内に道場には戻ることができた。不本意ながら頭には手ぬぐいを巻いておいた。その姿を見て田村さんが笑っている。結び方は違うが剣道をする人なら頭に手ぬぐいを巻くのは普通だし、酒蔵の職人さんも良く巻いている。まぁ街中では見かけないけども…。これは外すか…と、思ったところで

「先輩手ぬぐい姿似合ってますよ」と田村さんに言われた。社交辞令だとは分かっていても彼女のその言葉を信じて自分は手ぬぐいを外すのをやめた。


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