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猫娘VSホーガン(その2)

 勝負は始まっているのにトキネの行動を放置しているホーガンは、流石ショービジネスを分かっていると言いたいところだが、最後の敬礼のあとは後ろからトキネに掴みかかった。しかしトキネはそれを振り返って見ることもなく、屈んで前方に進んで躱す。そうして数歩進んでホーガンの方を振り返り、右の手のひらを上に向けて軽く拳を握り、人差し指だけを立ててクイクイと動かした。


 ホーガンは再び今度は正面から掴みかかろうとする。しかし彼の手がトキネの体に触れるかどうかの所で、彼女は体を後ろに動かしてそれを躱した。その後も何度かホーガンはトキネを掴もうとするが、彼女は動き回ってそれを許さない。そんなやり取りが繰り返されていくと、流石に先ほどまではその深紅の柔道着と猫マスクに歓声をあげていた見物客からもブーイングが起こり始める。


「観客はいい気なもんだな。あんたスゲーな。ギリギリで躱している事は普通の人間には分からないだろうけど」ホーガンはトキネに話しかける。

「あなたも体が大きい割には動けてますね。準備運動はこれくらいにしておきましょうか」そう言ってトキネは動くのをやめると、腕を組んでリングの中央に仁王立ちになった。すかさずホーガンはトキネの上半身に両腕をまわして抱きしめる体制になった。


「まぁ若いねーちゃんを抱きしめるのは悪くない…が、どういうつもりか分からんが、ギブアップしないと締め上げることになるぜ。」ホーガンはトキネの耳元で囁く。


「どうぞ遠慮なく」トキネが笑いながらそう言ったのでホーガンは両腕に力を入れる。しかし彼はすぐさま自分の腕の中にある物の存在に困惑する事になる。それは何に例えればいいのだろうか…。

 まるで暖かい曲線を描いたコンクリートの塊を抱きしめている様だった。圧縮させようという力に、逆方向に力が出ているわけでもなく、ただこちらからはいくら力を入れてもそこから先には進まない感じだ。ホーガンの額に汗が噴き出す。


「たまには若い男に抱きしめられるのも悪くはないかと思ったけど、やっぱり私は歳下の子にはときめかないみたいね。今度はもうちょっと人生経験を積んできてね」トキネがホーガンの耳元でささやいた。


 次の瞬間ホーガンの腕の中にあったトキネの両腕から、左の手の平だけが顔を出してホーガンの心臓部分を軽く押した。それは一瞬の事だった。特に力をいれた風でもなく音もしなかった。ホーガンの体は一瞬ピクリと動き、トキネに回していた腕は彼女の体からだらりと剥がれ落ちた。そうしてその次の瞬間には白目をむいてその場に体は崩れ落ちた。


「AED持ってきて!」トキネさんが叫ぶ。

「何が起きたんですか?」僕は格闘技が専門家であるイリヤに聞く。

「イヤ、私にモさっぱリ…」


心臓震盪しんぞうしんとうかもしれない」そう言ったのは草壁さんだった。

「心臓の鼓動に合わせて、短時間衝撃を加えると心停止することがあるらしいです。スポーツ選手などが試合中に急死する事故も起きてます。でもそれを人為的に起こすなんて話は聞いたことが無いですけどね」草壁さんは興奮冷めやらぬ感じで付け加える。


 眼下のリングではAEDを持った救護班が駆けつけて、止まった心臓への電気ショックを行っている。何度目かの電気ショックで蘇生に成功したようで、ホーガンはなんとか意識を取り戻したようだ。


「やばいのは心臓が止まる事じゃなくて、それで血液がまわらなくなることだからこれぐらいの短時間だったら後遺症も残らないでしょう。私がやったってのは内緒にしておいてね」トキネは他の人には聞こえないように、まだ起き上がれないホーガンの耳元でまたささやいた。


 何が起こったのかは僕だけでなく、殆どの人には分からなかったろう。会場は大ブーイングに包まれていた。はたから見ればホーガンが体調不良か何かで勝手に倒れたように見えただろう。ホーガンは担架に担がれて退場していく。トキネさんはブーイングの中、4人が待つVIP席まで戻ってきた。


 部屋に入ってきて空いている席に座ると

「金的握り潰しても良かったけど、ちょっと可哀想だから心臓止めちゃった」トキネさんは『テヘッ』と言って舌を出しておどけてみせた。

イリヤもダニエルもそれを聞いてひいているのが分かる。顔色が優れない。


「…自分は脳震盪で済んでよかった」ダニエルが呟いた。


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