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9.悪役姫は、武器を取る。

 アリアは遠くで暴れる大型の白虎と逃げ惑う人々をぼんやりと眺める。

 1回目の人生でもそうだった。思い返せば本編開始1年前、この時にはすでにこの世界の異変は始まっていたのだろう。


「おい、誰か早く拘束具を!!」


「騎士団を呼べっ! 討伐部隊はまだか!?」


「はやく、遠くに避難を!!!!」


 通常の虎よりも大きく、火を噴くその白虎の眼は紅く血走り、体には紫色の紋様が浮かんでいる。

 自我を失くし、暴走している状態だとアリアは小説の情報から判断する。

 

(そう、ここはファンタジー小説の世界)


 これを皮切りにこの帝国を中心として、徐々に瘴気に蝕まれ、世界中で魔獣の暴走という異変が起きる。

 その異変を止めるために時渡りの乙女が異世界転移してくるわけですよとアリアは本編に続く展開を想像して、ぐっと拳を握りしめ2回目の人生で何度も読んだ大好きな小説に思いを馳せる。

 この世界で魔獣を倒せるのはかなり高い戦闘技術を有している人間だけだ。例えば、この国の皇太子であるロイのような聖剣の使い手などがそれに該当する。

 そして暴走の原因たる瘴気を浄化、調伏できるのはこの小説のヒロイン、時渡りの乙女である聖女ヒナだけだ。

 イケメン皇太子に護られながら、可憐な美少女が健気に戦ってたら、もう恋に落ちるしかないよね! 2人で手に手を取り合ってこんな事件の解決に果敢に立ち向かってたら、そりゃ愛も芽生えますよね! と小説やコミカライズの美しい2人の様子を思い出し、尊いと口元を覆ってアリアは悶える。

 ただでさえ困難山積みなのにそんな大事な役割を背負った世界を救う聖女様を虐める悪役姫なんて不要だと思うんだ、うん、うんとアリアは1人納得しながら、早くヒナ来ないなかなぁ、あ〜でもその前に離婚して早く物語から退場しなきゃと、人々の叫び声を前に現実に引き戻される。


「姫様! 何をなさっているんですか!?」


 騒ぎを聞きつけたマリーが人の流れから逆流してアリアの側まで駆けつけて来た。


「姫様、早くここから逃げなくては。あちらへ避難を」


 マリーはそう言ってアリアに避難を促す。


「嫌よ」


 そんなマリーに不敵に笑いながらアリアは短くそう答える。

 アリアは遠目に見えるロイの活躍に目をやる。人々の避難を指示しながら剣術を駆使して白虎と渡り合うロイの姿は遠目で見ても見惚れるくらいかっこいい。

 だが、彼は今日この場に聖剣を持っていない。重要な国賓が集う場には保安上の理由により、特殊な魔力を帯びた武器の持ち込みが認められていないからだ。


「マリー、私の武器を頂戴」


 アリアはマリーを見てそう言って手を出す。


「武器、って……姫様、まさか」


「緊急事態だもの。許されるはずよ」


 こんな事態だと言うのに楽しそうに微笑む彼女はあまりに美しく、かつてキルリアで悪女と呼ばれた社交界の深紅の薔薇の絵姿と瓜二つでマリーは息を飲む。


「安心して。1回目は初見な上に鍛錬せず武器無しで、おまけに動きにくいドレスと履き慣れないハイヒールだったから殿下に怪我をさせてしまったけれど、今回はちゃんとはじめから考えてるから」


「……姫……様? 一体何を言って……?」


 今が人生3回目だなんて意味が分からないわよねとアリアは小さく笑う。

 自分だって、なんでこんな事になっているのかさっぱり分からないんだから。

 それでも、やるべきことは決めている。


「魔獣ごときに、私が負けるとでも? 荊姫であるこの私が」


 そう言ってマリーを見返すアリアの淡いピンク色の瞳に金と深紅の色が煌めく。

 まるで、その大きな瞳の中にグリッターでも混ぜたように。


「よろしいので? 今日はウィーリアに嫁がれた姉君、フレデリカ様もアリア様にお会いするために会場にいらっしゃいますが」


 すっと目を細めたマリーはアリアに確認するようにそう尋ねる。荊姫はもう何年も前に廃業したアリアの異名。そして、彼女は廃業を機に今日までその名を以て立ち振る舞ったことはない。


「別に誰にバレても構わないわ。お姉様はむしろお喜びになるのでは?」


 軍事国家ウィーリア。その国との繋がりは今後の帝国の和平のために必要とロイは考えている。姉を通じて陛下と謁見機会を作れれば今回のアリアの目的も達成だ。

 荊姫のファンである姉の前にその姿をさらすのはむしろ都合がいい。


(それに、私が荊姫だと知ればロイ様との破局も確実でしょう。短い結婚生活だったわ)


 離婚してキルリアに帰ったら失恋旅行にでも出かけようとアリアは小さくため息をついた。


「承りました。姫様の御心のままに」


 恭しく礼をしたマリーはアリアに掌に乗るほど小さな剣を差し出す。それを受け取ったアリアは、自身の掌を傷つけ剣に血を吸わせる。


「キルリア王家の血の下に、アリア・ティ・キルリアが命じる」


 パァーッと光を帯びたその剣は宙に浮き、一瞬で棘のある蔦を纏った銀色の大剣へと変わる。


「あははは、あー久しぶり。魔剣ってこんな感じだっけ」


 パシッと大剣を手に取ったアリアは感覚を確かめるように軽やかに空を切る。とても大剣とは思えない軽やかさで、アリアはそれを振り回し、ニヤリと笑う。

 キルリア王家に受け継がれている王家の血を引く者にしか扱えない魔剣、荊姫。

 その形状は持ち主によって変わると伝えられているが、当代魔剣の持ち主であるアリアがそれを使い戦う姿があまりに美しく、荊姫はいつしか魔剣を使うアリア自身の事を指す異名となった。


(まぁ、荊姫を廃業する前の話だけどね)


 アリアは動きやすいように、ドレスにスリットを入れる。

 もちろん、ドレスの下はそれを想定した黒タイツと短パン着用である。


「ふふ、負ける気がしない」


 その剣を持ち佇む姿は、とても儚く美しい美女ではなく、まるで刑を執行する断罪人のようだ。


「あーあ、そんな楽しそうな顔しちゃって。どうなっても、私は知りませんからね! マリーは確かに止めましたよ?」


 久しぶりに見た主人本来のいきいきとした姿にマリーは、あーあ、せっかく国を挙げてひた隠しにしてたのに、とため息を漏らして、


「ご武運を、荊姫」


 とても楽しそうに魔剣を振り翳すアリアの背中を見送った。

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