74.悪役姫は、もうひとりの姫を想う。
『その日』はアリアが思うよりもずっと早くやって来た。
白衣姿のアレクが白板に図解を板書しながら説明していく。
「本来聖女様の元いた場所は異界だからこちらから境界線を超えてあちらに渡るなんてことはできないんだ」
向こうから来ることは数百年単位であるけどとアレクは過去に確認された異界からの転移者の記録を持ち出す。
「こちらから戻せない理由は、主に3つ。1つ目、異界転移には時空を切り裂けるほどの膨大な魔力を必要とすること。2つ目、特定の場所に転移魔法を発動させるための位置情報が分からないから。3つ目、異界転移のための魔術式がそもそも存在しない」
この3点の課題をどうすればクリアできるのかに重点を置いて、異界転移を実現するにはどうしたらいいかを検討してみたとアレクは淡々と話す。
「帝国の転移魔法技術をベースに転送技術を研究している主要国家に協力して解析してもらってできた魔法陣がこれ」
どの国もリベール帝国の技術が欲しいから情報公開と研究に積極的に協力してくれて助かったよと、アレクは目を輝かせながらガツガツ研究に取り組んでくれた魔術式オタク達の顔を思い浮かべてそう言った。
「位置情報はどうするのですか?」
「聖女様が面白い板持ってたでしょ。アレを解析させてもらった」
とアレクは自分の目を指す。
「黄昏時の至宝フル稼働で死ぬかと思った」
研究者としては面白かったけどさとため息をついた。
「あ、アレクお兄様が5日寝込んだ理由ですね!」
なるほど、とアリアは手を合わせてありがとうございますと笑う。
「ええースマホ勝手に見たんですか? プライバシーの侵害っ」
ロックかけといたのにぃと不満気なヒナに、
「別に聖女様のプライベートには興味ないよ。どうやってここに来たのか、情報が欲しかっただけ」
ついでに君の趣味嗜好にも興味ないと、アレクは頭痛でもするかのように頭を押さえる。
「なっ、喋ったらダメですよ!! この中パンドラの箱なんだからっ」
顔を赤くしてスマホを握りしめるヒナを見ながら、一体何が保存されているんだと気にはなったがアリアは前世での自分のスマホを思い出し、突っ込まない方向で行く事にした。
「で、あとはこれを起動させるための膨大な魔力……ね」
この術式の発動は複数人で担えるか? とロイは魔術式を読み解きながら難しい表情を浮かべる。
「起動時に注がれる魔力の質や量がばらつくと安定して転移魔法が展開されない可能性が高い。だから、アリア」
真剣な声でアレクに名を呼ばれ、アリアは真面目な顔をしてアレクを見返す。
「荊姫を、手放せるか?」
その選択をするかは、アリアが決めなくてはいけないとアレクにそう告げられた。
湖の辺りは今日も静かで、湖に映る星を眺めながらアリアは荊姫を起動する。
黄昏時の至宝を発動し、手に馴染むこの魔剣を構えたアリアはまるで演舞でも舞うかのように軽やかに振り回す。
荊姫の調子は良さそうでとても上機嫌にアリアに応える。
「……楽しいね、荊姫」
いくつもの型を取りアリアは荊姫を振りながら、アレクに言われた言葉を思い出していた。
*******
「荊姫を手放す?」
アレクの言葉に眉根を寄せてアリアは解せないという表情を浮かべる。
魔剣は主人が死ぬまで新しい主人を選ばない。魔剣の所持者に本来手放すなんて選択肢は存在しない。
「魔術式は出来上がり、聖女様の戻るべき異界の位置は割れた。だが、発動するにも本来なら複数人の魔力が枯渇するほどのエネルギーが必要だ。さっきも言った通り、この術式はかなり繊細で複雑だ。複数でばらつく質の魔力を送るより、単騎高火力が望ましい。本来なら人1人で賄い切れる魔力量ではないんだが、今の荊姫ならそれが可能だ」
「どういう……事でしょうか?」
「以前荊姫の欲する魔力量が増えている事と共鳴率について話した事を覚えているかい?」
それは集団暴走が起きる前、アレクに協力依頼をして彼が初めて帝国に来てくれた日の夜に話した内容だ。
頷くアリアに、アレクは荊姫を出すよう告げる。
手のひらに載るほど小さな荊姫を取り出したアリアに、
「今、荊姫の中には膨大な魔力が貯蓄されている。それこそ数人分の生涯魔力生産量に相当するレベルの魔力が」
アレクは自分の見立てをアリアに伝えた。
アリアは驚いたように瞳を見開き荊姫を見つめる。
「正直、どうしてここまで魔力を蓄積できているのかは僕にもその原理は証明できない。でも、確かにそれはここにある」
そう言われてアリアはふと3回目の人生となる今世、記憶を取り戻してから以降の荊姫とそれ以前の彼女との違いを思い浮かべる。
(もし、3回の人生全て根幹部分で荊姫と繋がっていたとしたら?)
確かめようがない。だが、なぜか自分の中ではその仮定がとてもしっくりときて、そうとしか思えなかった。
2回目の人生はアリアではなかったけれど、それでもやはりあれはアリア自身なのだ。
あの世界では魔力という概念はなく、使う事がなかっただけで、この世界に来て魔力が発現したヒナと同様、本当は今と変わらず当たり前に魔力を持っていたのかもしれないとアリアは思う。
元々大喰らいの荊姫だ。人並み外れて魔力耐性も高く魔力生産量も多いアリアの魔力を人生3回分喰われ続けたのなら、それはかなりの量だろう。
それどころか、人生を3回も生きるなんて数奇な運命に放り込んだのも荊姫の仕業なのかもしれない。
そんな事を考えたアリアはクスッと笑うと、
「仕方ない、わがままで寂しがり屋の私の大事なお姫様」
アリアはそう優しくつぶやくと、そっと荊姫を撫でた。
(きっと、ずっとそばにいてくれたのね。あなたは)
アリアは人生を共にしたパートナーであり、自身の半身とも言える荊姫を手に取ると、
「荊姫に何をさせる気ですか?」
とアレクに尋ねる。
「なんでも斬れる荊姫なら、時空に亀裂さえも入れられるかもしれない」
アレクはトンッと魔術式の施された魔法陣を指す。
「アリアもすでに組まれた魔法は展開できるからね。裂いた時空の亀裂に荊姫の中にある魔力でこの術式を展開し、聖女様を元の世界に送り出す」
「それが成功したとして、荊姫はどうなりますか?」
「高確率で壊れるね。そして二度と元には戻らない」
荊姫を手放せるか、と聞かれた時から予想のついていた結論をアリアはただ静かに聞いた。
「アリア。アリアが本心から望まなければ荊姫はアリアに応えることはない。チャンスは1回、よく考えて」
そう言ってアリアに選択を委ね、アレクは説明を締めくくった。
*********
カキーンと剣と剣が交わる硬質な音が暗闇に響く。
荊姫の刃を受け止めた琥珀色の視線と目が合う。
「身体動かすなら、付き合うけど。荊姫も相手がいる方が楽しいだろ?」
聖剣を解放したロイが楽しそうに笑う。
「……割って入ってきたら危ないですよ」
いるのは知っていたがいきなり入ってくるとは思わなかったとアリアは眉を寄せる。
「アリアが気付いてるの、分かってたから」
1人の方がよかったかと聞かれ、アリアはゆっくり首を振る。
アリアが言葉を紡げずにいるとロイはポンと軽くアリアの頭に手を乗せ、
「一度荊姫を振るうアリアと手合わせしてみたかった。じゃあ、やろうか?」
無理にアリアの心情を聞き出すこともなく、ロイは静かにそう促した。
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