64.悪役姫は、すれ違う。
「と、言うわけでアリア様は今日も麗しくってカッコ可愛いです」
アリア様好き過ぎると執務室で報告書を読んでいるロイに告げる。
「はぁ、あんなカッコいい騎士に傅かれて"ヒナのことは私が守る"なんて、惚れるしかない。もう、本当好き。推せる」
そんな楽しそうなヒナを見ながら、
「ああ、そう」
と短く不機嫌にロイは返事を寄越す。
「あ、そうだ。私今晩アリア様と夕ごはん食べてそのままパジャマパーティーするんで離宮に泊まります」
超楽しみとヒナが言った瞬間、ボキッとペンが折れる音がした。
「……ロイ様、私とアリア様がすーっごく仲良しだからってそんな妬かないでくださいよ」
ヒナは折れたペンと滴るインクを見ながらニヤニヤ笑ってそう言った。
「…………妬いてない。が、納得いかない」
そう、ロイとしては全く以てこの状況に納得いかず、なんならかなり腹立たしく思う。
ロイが王城を空けたのは僅か数日。
瘴気関係とは別件の仕事で、腹の探り合いと邪推ばかりする連中の前にヒナを連れて行くわけにはいかなかったので、しかたなく護衛をつけて彼女を置いて行った。
だが、戻って来た時にこうも状況が変わっているだなんて予想していなかった。
「俺がいない上にアリアが離宮で療養しているのをいい事に総動員で好き勝手情報操作してくれやがって」
おかげでアリアが目を覚ましてから1回も離宮に行けてないんだが、とロイはため息を漏らす。
ヒナの身柄を正妃の住まいに置いたときから多少なりと派閥内で荒れる覚悟はしていた。が、ロイの予想を遥かに上回る早さでヒナの支持者が増え、彼女を皇太子妃にすべきという意見が力を持ちはじめた。
ケラケラと屈託なく笑うヒナを見ながらロイは改めて思う。聖女の力は危険すぎる、と。
アリアの元に遊びに行くようになってからはなくなったが、ヒナは求められれば際限なく"癒しの力"を使う。
大概の怪我や病気は一瞬で治る。そんな利用価値の高い能力、欲しがらない人間の方が稀だろう。
だからロイは"ヒナを正妃に置くつもりも、アリアと離婚する気もない"と明言する事ができなかった。そうすれば聖女を囲いたい方々から即座にヒナの身柄の引き渡しを要求されかねないからだ。
それでもなんとかできる、と思っていた。
アリアは由緒ある王族の姫君だ。コチラの一方的な都合で離縁宣告などできるはずもないし、アリアから離縁を切り出されることはないと思っていた。
その上ヒナ自身にも今のところ皇太子妃の座を狙おうだなんて野心は感じられない。
ならば、あとはアリアが目を覚ましたタイミングできちんと説明すれば彼女は分かってくれるはず、とロイは思っていたのだが。
「なんで俺がいない間に離婚が確定事項のように駆け巡ってんのかな、マジで」
多分、事態が動くためのきっかけはなんでも良かったのだ。
『皇太子が離縁状を渡し、皇太子妃がそれに同意した』
小石を投じた水面に波紋が広がるようにその噂は一瞬で、ロイの意向として城内に駆け巡った。
あとは早かった。噂の火消しに回ろうにもそうなって欲しい人間の多さに妨害され、アリア本人に会いに行く事すらできないほど厄介事に見舞われて、現在もそれの対応に追われている。
「アリアも潔すぎる。部屋で離縁状見つけたとしてもさぁ、もうちょっとゴネるとか、バカにしないでって突っぱねるとか、あっても良くないか」
いっそのことアリア本人に詰め寄られて責められたかった。
でもアリアが選んだ答えは、同意。
きっとアリアの事だから、皇太子らしく国のために秤にかけるまでもなく妃を切り捨てる事を選んだんだろうと判断したに違いない。
「アリアの無駄に回る気遣いと察しの良さが憎い」
でもこの場合は完全に読み違いだとロイは全力で抗議したい。
やっと目が覚めたのに、とロイは嘆く。
こんな事なら多少回りくどくなっても自ら出向かずにヒトを使って、アリアの側にいれば良かったと今更どうにもならないことにため息をつく。
「いやぁー私もびっくりです。ロイ様の話からてっきり相思相愛のラブラブ夫婦なのかと思ったら完全にロイ様の片想いじゃないですか? アリア様白い結婚離婚秒読みって言ってましたよ」
ヒナはおかしそうに笑ってそう言う。
「しねぇよ!!」
今すぐ公に否定したいのにそれすら叶わない状況にため息をつきながら、ロイはその原因を作ってしまった数週間前の自分を恨めしく思う。
「アリア、傷ついて泣いてないと良いんだが」
心配そうにそうつぶやくロイに、
「アリア様着々と離婚の準備進めてましたよ」
めっちゃ前向きでしたとヒナは丁寧に傷口に塩を塗っていく。
「止めろよ!!」
「んー私に言われても」
私、一介の異世界人だしねぇとヒナは、執務室にいる他の面々に視線を流す。
「殿下。恐れながら、申し上げます。ヒナ様を責めるのはお門違いというものではないでしょうか?」
と、アリアから預かったロイのお誘いお断りの手紙を持って来たマリーは肩を竦める。
「……マリー、お前俺が毎日離宮までアリアの事見舞いに行っていたの知ってたよな!?」
なんでフォローしてくれないかなとロイはマリーに対して恨めしい視線を寄越す。
「ええ、もちろんでございます。毎日毎日毎日毎日、よくもまぁこれだけ色々持ってくるなぁと感心するほどでございました。おかげで姫様のクローゼットの中はパンパンですよ」
ちなみに殿下が持って来られるドレスとかは全部姫様の趣味じゃないやつですとマリーは今更情報をここで開示し、
「申し訳ありませんが、姫様が是といえばそれが全てなので」
ロイからの視線を綺麗に流したマリーは侍女らしく恭しい礼をした。
「離縁を決意された姫様の表情は、キルリアにいた頃同様輝いておりまして。"マリー、ついて来てくれる?"なんて言われたら頷くしか選択肢はありませんね。マリーは姫様さえ良ければそれでいいので」
マリーは国の事情など知りません。なので、誤解を解く気はありませんと姫様至上主義の侍女は宣言する。
「僕もマリーにさんせー」
執務室のソファーを我が物顔で陣取って寝そべり専門書を読んでいたアレクは、チラッとロイの方を見ながらマリーに一票を投じる。
「改めてアリアと荊姫の計測したけど、随分魔力供給量が落ち着いていたし、アリアの気持ちが安定した証拠だね」
やっぱりロイから離れるのがアリアにとっての最適解なんだよ、と嬉しそうにそう言ったアレクは、
「で、いつ離婚するの?」
と尋ねる。
「しない!! というか、この状況元を正せば離縁状なんか持ち込んだアレクのせいだからな!?」
「ヒトのせいにしないでくれる? ロイがぐしゃぐしゃにして投げ捨てたのが悪いんじゃん。ちゃんと回収しろよ」
「あのあと、魔獣の大量発生で呼び出されたんだから仕方ないだろうが!?」
立て込み過ぎて忘れたんだよっとロイは己のミスを悔やみつつ、
「なんでマリーはゴミ回収してないんだよ」
と嘆く。
「私だってそんなものが落ちてるなんて知りませんし、そもそもクローゼットの中のものは何一つ捨てないでねと姫様からお願いされてましたので」
話を振られたマリーは殿下の自業自得じゃないですか、と呆れ気味に肩を竦めた。
「と言うわけで、アリア連れて帰りたいんだけど、いつならいい?」
早く手続きしてくれる? とアレクはロイを促すが、
「いつでも良くないっ!!」
国に帰れ、シスコンっとロイは徹底抗戦の構えで叫ぶ。
「そうですよ、アレク様! アリア様は私の専属騎士様ですよ!? 連れて行かれたら困りますっ」
ヒナがアリア様はあげませんというと、
「ち・が・う・から! アリアは俺の妻だ!」
と叫んだロイは執務室を見回す。
姫様至上主義にシスコンにアリアの信奉者。ここにいる奴全員敵かっと頭を抱えた。
「……もう、全員帰ってくんない? 仕事進まないんだけど」
と何故人の執務室にたむろするとやる気なく疲れたように机に突っ伏すロイに、
「ロイ様元気ないからせめてアリア様の神々しいお姿だけでも見せてあげようと思って」
とスマホを取り出し、ロイの側によったヒナは先日アリアを激写した写真を見せる。
そこには仕事後ドレスに着替えて着飾ったアリアがヒナと共に食事をしている様子が写っていて、カメラを向けられたアリアは恥ずかしそうに笑っていた。
「いやぁ、普段あれだけかっこよく剣を振り回して無双するアリア様が騎士服脱いだあとは超絶可愛いお姫様とかギャップがたまらないっ。嫁にしたい」
私騎士好きなんですよと騒ぐヒナに。
「残念だったな、既にアリアは俺の妻だ」
やらねぇよとじとっとヒナを睨みつつ、この画像欲しいんだけどとヒナからスマホを取り上げる。
「あーダメです。そのスマホには私の二次元の嫁がぁぁあー!」
まだ分割払い終わってないんだから壊さないでぇーと叫ぶヒナは、ロイからスマホを取り返そうとぴょんぴょん跳ねる。
「お前、嫁何人いるんだよ!?」
そもそもヒナのいう嫁ってどう言う意味だよ!? と呆れ顔のロイはスマホを片手に手を高く上げる。
もともと長身のロイが高く手をあげてしまったらどれだけ頑張ってもヒナでは手が届かない。
「〜〜〜---ロイ様イジワルですっ」
もう、っとヒナが勢いよく跳んだところで着地に失敗し、足を挫いて盛大に転けそうになる。
「あぶない、ヒナお前はもう少し落ち着けよ」
それを片手で難なく受け止めたロイはほっとしたように言葉を落とす。
整った顔がすぐ近くにあり、眼福だと思うと同時にヒナは力強い腕に支えられているという事実に赤面しそうになる。
「ほら、返す。怪我ないか?」
自分が悪いというのに、助けてくれた上謝り怪我の心配してくれるロイを見て、基本的にロイは優しくて良い人なんだよなぁとヒナは思う。
2人が近い距離で見つめ合う形になっていたタイミングで、
「…………お取り込み中、申し訳ありません」
控えめに、凛とした声が部屋に響いた。
「アリア」
声を聞いてばっとヒナから離れたロイと目が合ったアリアは、申し訳なさそうに眉根を寄せて、
「殿下あての報告書が一枚、私の方に紛れていたようなので」
端的に用件を告げた。
足早に近づき机に置いたアリアは、
「お邪魔してしまい、すみません」
本日休暇のためドレスを着ていたアリアは淑女らしく礼をした。
「アリア、これは」
アリアはロイと目を合わせることもなく首を振り、良いのですと言葉を落とすとくるりと踵を返す。
「マリー、戻りましょう。アレクお兄様もあまり殿下とヒナの邪魔をしてはいけませんよ」
振り向きざまにそう言って、ドアの前で立ち止まると、
「ヒナ、別に私との約束は今日でなくても大丈夫よ?」
キャンセルなら連絡を寄越してねと淡いピンク色の瞳を優しく細めて微笑むとそのまま去っていった。
「う〜わ」
「あーこれは」
「えーと、ロイ様ごめんね?」
アリアの対応に固まってしまったロイに、三者三様に声をかける。
「俺に対しての信頼度ゼロか」
「ゼロどころかマイナスに振り切っていると思いますよ」
ばさっと言い切ったマリーは姫様がお呼びなのでと一礼してその背をおいかけた。
「浮気現場押さえられたね、ロイ」
「…………勘弁してくれ」
どうせ追いかけたところで、離宮に足を踏み入れさせてすらもらえないのでロイは深い深いため息をついて、なんでこうなったとつぶやいた。
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