57.悪役姫は、仮定される。
アレクは荊姫で手の平を傷つけ血を吸わせる。
「キルリア王家の血の下に、アレク・ティ・キルリアが命じる。鳴け、荊姫」
キーンッと耳を劈くような硬質な音が辺りに響き、荊姫が魔剣としての形態を取る。
だがそれはいつもアリアが使っている棘のある蔦を纏った銀色の大剣ではなく、蔦すらないスモールソードだった。
「形が違うな」
「魔剣は発動させる人間によって形態を変える。起動だけならキルリア王家の人間なら誰でもできるよ。まぁ、この眼を持ってなければすぐに弾かれるけど。持っていても持ち主でなければ拒絶されて魔剣として扱う事はできない」
その辺はアリアに協力してもらって実験済みなんだとアレクは淡々と語る。
アレクは先程地面に書いた魔術式の上に荊姫を置く。
「僕はアリアと違って鍛えてないから、あまりこの目を長く使えないんだけどね」
アレクが魔力を込めると地面に書いた魔術式が勝手に演算を始める。
「身体強化、っていってもこの目の使い方は色々でね。僕は主に鑑定眼としてこれを使っている」
アレクにはアリアのように身体能力を飛躍的に向上させ、人並み外れた運動能力を発揮することはできない。
だが、この特殊魔法を極限まで"見極める事"に特化させた事で、あらゆる物事の事象を鑑定できるようになった。
それが研究者としてのアレクの黄昏時の至宝の使い方だった。
「やはり、共鳴率が高い。98.5%か。アリアと荊姫はかなり同化しているな」
「同化していると、何が問題なんだ?」
弾き出した結果を見たアレクは一旦黄昏時の至宝を解き、肩で息をする。
「そんなに疲れるのか、その目?」
ちょっと待てっと、地面に直で座り動けなくなっているアレクを見て、体力無さすぎじゃないか? とロイは心配になる。
「……僕を、アリア……みたいな、体育会系と一緒に……しないでくれる? こっちは、完全頭脳労働派なの」
だからこの目嫌いなんだよと毒づくアレクは、呼吸を整えながら紙に結果を転写する。
「お疲れ様です、アレク様。寝台の準備を整えておりますので、良ければ一旦休憩されてはいかがです?」
良ければお運びしますが、とやってきたマリーに、
「ありがとう、マリー。でもマリーにお姫様抱っこでもされたら、さすがに僕傷つくからとりあえずその手を下ろしてくれる?」
と苦笑する。
「じゃあ俺がお運びしましょうか? お義兄様」
キリッとした顔でマリーの隣で同様に手を出したロイを睨みつけたアレクは、
「しばくぞ、マジで」
肩で息をしながらも目が殺意に満ちていたので、ロイは素直にごめんと謝って肩を貸した。
「大丈夫ですか? アレク様」
「目痛い。頭痛い。しんどい」
「その目はそんなに身体に負担がくるものなのか?」
ロイはアリアが黄昏時の至宝を発動するところは何度も見ているが、明らかに普段アリアが使うより短い時間だったにも関わらず、ベッドに横になった途端気怠そうにアレクは不調を訴える。
「僕はインドア派なの。アリアとはそもそも特殊魔法の使い方が違うんだよ」
「いえ、訓練量の差だと思います」
アレク様は訓練と名のつくものをサボり過ぎですとスパッと言い切ったマリーはアレクに水分を摂らせ、ホットアイマスクを渡し、ヘッドマッサージを施す。
「さすがマリー、至れり尽くせり」
「……これくらいしかできませんから」
「マリーは十分役に立ってるよ。回復したら鑑定結果から荊姫に術式施すから」
「アレク様の疲労具合が非常に心配ですが、大丈夫ですか?」
「ちょっと休めばいけるよ。僕の方はいいから、アリアに付いていてやって」
マリーは物言いたげにアレクの方をじっと見て、どうせ止めても聞かないかとため息をつくと、
「気休めですが、薬を調合しています。必ず飲んでください。明日の朝には叩き起こします」
トンとベッドサイドに薬を置いたマリーは苦いとか粉嫌いとかの理由で飲まなかったら、明日の朝量倍増させますからと念を押した。
「……できたら昼過ぎまで寝たいんだけど」
「ダメです。姫様と違ってサボり魔のアレク様の場合はケアが必要です。施術が間に合わなければ、ルシェ様に怒られるのは私ですよ?」
それに目を覚ました時姫様が悲しみますのでと、譲らないマリーに苦笑したアレクはハイハイと了承した。
2人きりになった部屋で、
「さっきの"共鳴率"とか"同化"って言うのは何なんだ?」
随分話せるようになったアレクにロイは尋ねる。
「元々、アリアは荊姫との相性がかなり良いんだ。魔剣は使い手によってその姿を変えるけれど、荊姫の本来の姿は棘のある蔦を纏った銀色の大剣と言われている」
「それは、普段アリアが使っている奴だな」
ロイはアリアが軽やかに振り回す大剣を思い浮かべる。
「魔剣には意志や感情が宿ると言われている。僕は起動させてもさっぱり分からないんだけど、アリアは荊姫が楽しそうだとか悲しそうだとか言うんだ」
「つまりアリアは荊姫に共感している、という事か?」
「そう、シンクロ率といってもいい。高ければ高いほど荊姫本来の能力を引き出せる。でも同様に荊姫もアリアから魔力を引き出せるんだ」
アリアは荊姫をまるで自分の身体の一部のようだと言っていた。
それほどまでにすでにアリアは荊姫に侵食されているのだろう。
「荊姫がアリアから引き出す魔力量が多過ぎる。計測した感じ、本来荊姫を維持使用するために使われる量の3倍は引き出されている」
いくらアリアの魔力量が多いとは言え、魔力回路が傷つき体内での魔力の生産が滞っている状態ではそれだけの魔力を供給するのは難しい。
魔力回路が傷ついてなかったとしても通常の人間ならすぐに魔力が枯渇して命に関わるというのに、本当にこの妹は規格外だとアレクは苦笑する。
「僕は定期的にアリアと荊姫の測定をしているんだけど、前回僕が帝国に来た2ヶ月前はここまでの供給量じゃなかった。もっと言えばキルリアで最後にアリアが荊姫を使った時よりはるかに魔力供給量が多い。さて、これほどアリアの魔力を欲して荊姫は一体何をしようとしているのか?」
研究者としては興味深くはあると淡々と語るアレクの話を聞きながら、ロイは目を覚さないアリアを思い背筋が寒くなる。
「このままだったら、アリアは目を覚ましても長くはないのか?」
「そうかもね」
「そうって、なんでそんなに冷静なんだよ」
「取り乱して事態が変わるならそうするよ。でも、アリアは既に自身が短命だということを受け入れているし、僕たちもそれは理解している」
「だが、本来よりもはるかに早く魔力を……アリアの寿命を喰いつくそうとしているんだろ!?」
アリアが死ぬかもしれない。それが急に現実味を帯びロイは拳を握る。
「そう、それ。僕には、荊姫のお気に入りであるアリアを、荊姫が無意味に刈り取るとは到底思えないんだ」
アレクはホットアイマスクを外して、ロイの方を見る。
「荊姫はアリアを自身の最後の主人に選んだのかもしれない」
実験もできなければ証明もできない、"かもしれない"という、妄想に近い仮定でしかないけど、とアレクは言うととりあえず一時的にアリアと荊姫を切り離すかと起き上がった。
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