53.悪役姫は、ヒロインと再会する。
「きゃーーーーーー!」
落ちる、と痛みを覚悟して目を閉じたのに痛みはなくて、おそるおそる少女は目を開ける。
「何……これっ!!!!」
少女の黒い瞳に1番に目に入ったのはブルーグレーの髪と強い琥珀色の目をした精悍な顔立ちで、生暖かい空気に少し視線をずらせば見たことのない巨大な生き物の大きな口と牙が視界に入った。
「舌噛みたくなかったら喋るな。利き腕使えない状態で押さえるのは分が悪い」
少女には目もくれずそう言ったロイは、今にも喰らいついて来そうなその生き物を押さえつけていたその剣で、少女の聞き取れない言語をつぶやいた後にその化け物を薙ぎ払った。
「なんでワイバーンがこんなところにいやがる。しかも、正気じゃないのが」
「何、これ!? ドラゴン?」
ロイは少女からの問いには答えず、地面に彼女を降ろすと、
「下がっていろ。なるべく遠くに」
「ちょっと、あなたは? 危ないわ」
「俺の城で暴れさせるわけにはいかないんでな。それに、ここは」
ここの対岸は、アリアのお気に入りの場所なのに、立ち入り禁止になったらせっかく戻ってくる彼女をがっかりさせてしまう。
「早く、後ろに逃げろ」
襲いかかる強靭な爪を聖剣で受け止めてロイは少女にそう言うが、彼女はカタカタと震えるだけでそこから動けそうにない。
無理もないかとロイはため息をつく。
魔獣との対峙など訓練された騎士ですら、初見で心が折れることがあるのに、こんなか弱そうな少女が自力で逃げられるわけもない。
『ギァァーーーー』
「うるさい。俺は今、超絶急いでんだよ!!」
琥珀色の瞳は火を吹き威嚇してくるワイバーンに怯むことなく、聖剣を構える。
こちらに襲いかかってくるワイバーンの眼は紅く血走り、体には紫色の紋様が浮かんでいる。
以前、狩猟大会の時に倒した白虎と同じ状態だが、ワイバーンが纏う空気はそれよりもはるかに澱み、近くにいるだけで重苦しく感じる。
「なんっていうか、気持ち悪いな。瘴気測定器使ったらメーター振り切れるんじゃないか、コレ」
チッと舌打ちしながらロイは聖剣を振い、少しずつ傷を負わせていく。
通常ならとっくに倒せているだろう深手を負わせても倒れる様子はなく、むしろそのワイバーンから発せられる瘴気を吸ってロイの方が消耗してくる。
「……ヤバいな。コレ」
むせるように咳をしたロイの口から血が流れる。対峙しているだけで喉が焼けそうなくらい熱かった。
後ろにいる少女を庇いながら、というのがまた分が悪かった。
「嫌……なんなの、コレっ!!」
「大丈夫だ」
ロイは少女を落ち着けるように笑う。
「あなた……血が」
「大したことない。すぐ終わらせるから、まぁそこで祈っててくれ」
「祈って、て」
ロイは神殿を指さす。
「俺はまぁあんまり信心深い方じゃないんだけど。俺の妻曰く、信じる者は救われるらしい」
だから、大丈夫っと笑ったロイは、襲いかかってきたワイバーンを聖剣で吹き飛ばし、倒れたところに止めを刺そうと飛び上がる。
少女はそんな彼の背中を見ながら、
「神様」
とつぶやく。
「死にたくないっ。助けてっ!!」
少女が両手を合わせて祈った瞬間、辺りが眩い光で包まれて、ロイは急に呼吸がしやすくなったと感じる。
「これは……一体?」
倒れたワイバーンの身体から瘴気によって凶暴化した際に現れる紫色の紋様が消えており、辺りの空気も澄んでいた。
焼けつくような喉の痛みも消え、身体の不調どころか戦闘の傷すら消えている。
ロイは少女のそばに寄る。
改めて観察すれば、座り込んで放心している彼女は見たことのない服を着て、長い黒髪と黒い瞳を持つ10代半くらいの女の子で、彼女からは強い魔力の波動を感じた。
「これは、君が?」
少女と目線を合わせるように膝を折ってロイはそう尋ねる。
「…………なんの事? ここ、どこ?」
不安そうに警戒心を馴染ませながら自分の事を真っ直ぐ見てくるその瞳が、初めの頃のアリアを思い出させて、ロイは優しく笑いかける。
「俺は、ロイ・ハートネット。ここはリベール帝国の王城でまぁ、俺はここで一責任者をしているものなんだけど。お名前をお伺いしてもよろしいですか? お嬢様」
キラキラとしたオーラに圧倒されながら、物語の皇子様みたいとつぶやいた少女は、
「陽菜。朝菊陽菜、です」
「ヒナ、いい名前だね。怪我は? 立ち上がれそう?」
ヒナと名乗った少女は状況が飲み込めていない様子だったが、懸命に立ちあがろうとして何度も失敗し首を振った。
見たところ怪我は無さそうだが、身体に上手く力が入らないようだった。
「ちょっと失礼するよ」
ロイは断ってからヒナの事を抱き抱える。
ふわりと身体が浮いてなんなくお姫様抱っこされた事に驚き、顔を赤らめるヒナを見ながら、
「俺も状況確認したいから、身柄を保護するね。とりあえず身の安全と衣食住は保証する」
と告げて、本館に連れて行こうと歩みを進めた所でこちらを見ているアリアと目が合った。
騎士服を着たアリアの瞳はいつもの淡いピンク色ではなく、紅と金色の不思議な煌めきの混ざる黄昏時の至宝を発動しており、手には魔剣荊姫を握っていた。
「アリア」
嬉しそうにそう声をかけたロイに、アリアは騎士らしく傅いて、
「騒ぎの報告を受け、急ぎ馳せ参じましたが、収束済みですね。さすが殿下です」
顔を伏せたままそう言った。
「状況は見ておりました。後は私にお任せを。殿下は早くその方を保護してあげてください」
怖い思いをされたのでしょう、震えていますよと言ってアリアはロイに早く行くよう促す。
「分かった、落ち着いたら」
「殿下、私の事は気にかけなくて良いです。でも、落ち着いたらウィリー達をはじめ討伐に出向いた騎士たちに直接お声かけ下さればありがたいです。報告書は後であげます。あと……朝の約束は、無かったことにしてください」
ロイの言葉を遮って淡々と仕事口調のままそう言うとアリアはくるりと背を向け、アリアを追ってきた騎士たちに指示を出す。
現場を冷静に仕切るいつも通りのアリアの姿に怪我がないようで良かったと安堵しながら、ロイは任せたと言って歩き出した。
アリアが黄昏時の至宝を解いたのは、完全にロイの気配が消え、騒ぎを収め、離宮に戻った瞬間で、薄れゆく意識の中で必死にアリアの名前を呼ぶマリーの声を聞きながら、アリアはヒナと時渡りの乙女、この世界のヒロインの名前を誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた。
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