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51.悪役姫は、約束を残す。

 アクアプールへの出立前夜、全ての準備を終えたアリアは転移魔法を起動させ、湖に星を見に来た。

 

「もうすぐ1年、か」


 この1年あっという間に過ぎて行った。記憶が戻った時には、すぐさま離縁して帝国から出て行くつもりだったのに、思い描いたのとは全然違う時間を過ごしたなとアリアは思う。


「眠れないのか、アリア」


 聞きなれた声が降って来てアリアは琥珀色の瞳に笑いかけると、こんばんはと声をかけ座っていたベンチの隣を勧めた。


「指揮権を持って命と責任を預かるのは久しぶりなので、少し緊張はしています」


「悪いな、本来なら俺が行くべきなんだが」


 アリアはゆっくり首を振る。


「私が決めた事なので」


 それができるのも、全部ロイが反対を押し切って居場所を作ってくれたからだとアリアはただそのことに感謝する。


「しばらく会えないが、せっかくアリアが作ってくれた時間だ。アリアが戻るまでには全部こっちの面倒事は片付けておく」


「ふふ、きっと殿下なら本当にやり遂げてしまうんでしょうね」


 王弟殿下との権力争いに終止符をうち神殿派との諍いを収めて、皇太子として地位を盤石にしてしまったらきっともうこの国で彼に勝てるものはいないだろう。


「また、殿下って呼ぶ」


 少し拗ねたようにそう言って、風でなびくアリアのシャンパンゴールドの髪に手を伸ばす。


「しばらく、会えないのに」


 じぃーとロイから圧をかけられたアリアは、クスッと笑うと、


「殿下は殿下でしょう?」


 と言った。


「相変わらずアリアはつれない」


 ロイはそう言って淡いピンク色の瞳に笑い返した。


「長期での仕事になるから、きっとアリアの20歳の誕生日は向こうで迎える事になるな」


「多分そうですね」


「そんなあからさまに嬉しそうな顔するなよ。公務で祝われるのが面倒くさいのは分かるけど」


 皇族のお誕生日会なんて、本気で祝う気のある人間なんてほぼいないというのに、威厳とやらのために毎年必ずやらねばならない不可避イベントだ。

 だが今回は任務でいつ戻れるかも分からない長期不在を理由にドレスで武装して腹の探り合いなんて疲れるだけのイベントを回避できるのだ。嬉しくないわけがない。


「アリア、誕生日何が欲しい?」


「え? だって、今回公務ないですよね?」


 私居ませんよ、本人不在でやるの? と聞くアリアに苦笑して、


「俺が個人的にアリアの誕生日を祝いたいんだよ。帰ってきたら、2人で」


 とロイは提案する。


「……私、殿下の誕生日祝ってませんけど」


 ロイの誕生日は狩猟大会直後で、まだ関係が悪く離縁を画策するのに必死で離宮に引きこもっていたアリアは公務として最低限顔を見せた以外はプレゼントはおろかバースデーカードの1枚すら贈っていない。


「じゃあ、まとめてやればちょうどいいな」


 何が欲しい? とロイに聞かれたアリアは、


「何も、思い浮かびません」


 と素直に答える。


「物以外でもいいけど」


 滅多にないぞ、皇太子がなんでも聞いてくれるなんてと軽口を叩くロイに、


「じゃあ、お願い事をしてもいいですか?」


 とアリアは尋ねる。


「お願い?」


 聞き返したロイにアリアはすっと神殿の方を指さして、


「あっちの表側。神殿の湖があるでしょう? 私達がちゃんと無事で帰って来れるように毎朝お祈りしに行ってくれますか?」


 中まで入らなくていいので散歩がてらと、アリアはそうロイに頼む。


「アリアは、本当に信心深いな」


 そう言ったロイに優しく微笑むアリアは、信じる者は救われるんですよ? と告げた。


「そしてもし、困っている人を見つけたら手を差し伸べてあげてください」


 私のお願い事は以上ですとアリアはロイにそう頼む。

 あと1月したらあそこにヒナが現れるかもしれない。

 だが、変わってしまった筋書きのせいで時期はおろか本当に来るかも確証が持てないアリアは、偶然に期待する事にした。

 

「……それが、お願い事、か?」


 ロイはアリアがそれを誕生日祝いにと願う意図が分からず少し考える。


「難しく考えないで。もしかしたら、この世界にとって必要な運命っていうものが降ってくるかもしれない、ってそう思っているだけだから」

 

「また、アリアのお告げか?」


 アリアはゆっくり首を振る。


「未来がどうなるか、私にはもう正確には分からなくって」


 淡いピンク色の瞳は瞬いて、優しくロイのことをその目に映す。


「どちらでもいいの、あなたが幸せならそれで」


 だから、お願いねとアリアはそれ以上語らずロイに微笑んだ。

 アリアのその表情を見ながらロイははじめて離宮を訪れた時にアリアが語った未来を思い出す。


『いいえ、殿下。殿下が私を疎ましく思うのですよ。運命の恋とやらに落ちて、真実の愛に目覚めた殿下が』


 あの時はくだらない、とアリアの言葉を一蹴した。だが、なぜか今はその言葉にざらつくような焦燥感にも似た胸騒ぎを覚える。


「アリア、俺が君を疎ましく思う日は来ないから」


「殿下? どうしました」


 ロイは手をアリアに伸ばし、彼女を引き寄せる。


「ちょっ、急に」


 抱きしめられて驚いたアリアは、離れようと抗議の声をあげる。


「誕生日プレゼント、俺ももらっていい?」


 だが、そんなアリアに構わず、ロイは問いかける。


「えー一応聞くだけ聞きますけど、私に渡せる物なんて何も」


「帰って来たら、1番に俺に会いに来て欲しい」


 ロイはアリアをぎゅっと抱きしめて、聞いているアリアが切なくなるほど悲しい声でそう囁いた。


「ロイ…‥様?」


「会議中でも、就寝中でも、絶対時間取るから、1番に顔見せて」


「どう、したのですか? 急に」


 普段のロイなら絶対言わないような事を辛そうな声で願われて、アリアはロイの腕の中で淡いピンク色の目を瞬かせる。


「約束して欲しい」


 念を押すようなその言葉に、アリアはゆっくり頷いて、躊躇いがちにロイの背中に腕を回す。


「誰も死なせずに帰ってきますから。大丈夫、です」


「そこはあんまり心配してない」


 ロイはアリアの剣の実力を高く買っている。

 指揮権を持たせてもアリアなら上手くやるだろうし、海上戦の経験不足もウィリーがいれば問題なく補えるだろう。


「アリア」


 ロイはアリアの瞳を覗き込む。

 上手くは言えないが、選択を間違ったらようやく歩み寄ってくれるようになったアリアが、するりと手の内から抜け落ちて、そしてもう2度と戻らない気がした。


「約束、します」


 アリアは不安そうな琥珀色の瞳に、静かに誓う。


「でも、帰ってきてすぐはきっとボロボロだから、顔を見たらすぐ離宮に引き上げますからね」


 せめて湯浴みして身支度整えるまで待って欲しいのにと文句を言ったアリアに驚いたようにロイは固まり、くすっと笑う。


「じゃあ、アリアが綺麗に着飾るの待ってるから、その日は一緒に食事をしよう」


「そんな約束して大丈夫なんですか? ロイ様無理して予定空けるでしょ?」


 あと帰還の日は絶対疲れてると思うと渋るアリアに、


「本当にアリアはつれないなぁ」


 俺がアリアの1番になれるのはだいぶ先だなと楽しそうに笑う。

 そんなロイを見ながら、アリアはクスッと笑って、


「だから、帰った次の日の朝、一緒にごはんを食べませんか?」


 週1の約束ですからとアリアはそうロイを誘う。

 ロイはアリアを見ながら、


「そろそろ、週1から回数増やしてもいいと思わないか?」


 と提案する。確かに週1交流を通して、アリアに夜間の出動命令がでなければ、朝はお互い無理なく時間が取りやすいのは分かったが。


「んー保留で。帰ってから、考えます」


「前向きに?」


「前向きに」


 帰って来た時に、ロイの隣が空いていればとアリアは内心で付け足す。

 ロイの好意を無視できないほど彼を好ましく思っている自分の気持ちは確かにある。

 けれどそれも離れている間に、ヒナが来てロイの気持ちが変わってしまうかもしれない。それならそれで仕方ないとアリアは気持ちにブレーキをかける。

 人生3回目ともなれば、盲目的に絶対大丈夫だなんて信じることはできなかった。


「アリア」


 そう自分の事を愛おしそうに呼ぶロイの琥珀色の瞳には、1回目の人生で向けられた事のなかった熱が籠っていて、アリアはロイの手をとって自分の頬に当てる。


(この人が自分だけのモノだったらどれだけ良かっただろう)


「きっと、あなたは自分で運命を掴みに行くんだろうから、私にできる事なんてないんだけど。それでもあなたの幸せだけを祈ってる」


 どう、物語が転んだとしても。

 どれだけロイに熱を向けられても愛しているなんて、1回目の人生で彼に縋るようにつぶやいたそんな虚しい言葉を口にすることはできなくて、アリアはそれだけ伝えたあとはされるがままロイに髪を撫でられていた。

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