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50.悪役姫は、3度目の人生の成果を知る。

 アレクが割り出した最初の魔獣の集団暴走(スタンピード)が起きる可能性が高いとされる場所は、旧王都アクアプール。

 これは1回目の人生でロイが長期で魔獣討伐に出向いた場所であり、2回目の人生の小説で読んだ記憶のある内容だ。

 という事は、ほぼ間違いなく魔獣の集団暴走(スタンピード)は起きるし、海上戦が予想される。

 荊姫を手入れしながら、海上戦に向けてなるべく人的被害が出ない方法をアリアは検討する。


「海上戦……は、正直経験不足なのよねぇ。キルリアには海ないし」


 1匹や2匹魔獣を屠るくらいならどうということもないのだが、集団で押しかけてくる暴走したそれらを倒さねばならない。


「大丈夫ですよ、姫様なら」


 と、マリーは隣で小型ナイフを整備しながらアリアに声をかける。


「荊姫を抜き、その目の力を解放した姫様に不可能はありません。ずっと見てきた私が保証します」


 マリーはくるくると切れ味の良いナイフを指で弄び、調整済みのナイフを投げる。

 それは音もなく綺麗に飛び、壁にセットしてある的のど真ん中に綺麗に収まる。


「相変わらずの的中率。ていうか、そんな念入りに整備してマリーも行く気?」


「当たり前ではありませんか。姫様が長期で前線に出られるというのに、マリー以外の一体誰に姫様のお世話ができますか?」


 さも当然といった様子でマリーは頷く。


「きっと、姫様はご自身のことなど顧みず全力を尽くされるのでしょう。その目のリミットが来てしまったとき、対処できるのは私だけです」


「まぁ、そうなんだけどさぁ。スタンピードだよ? 私きっとマリーのこと気にかけてあげられない」


「それこそ今更です。私に魔獣を倒せるだけの力はありませんが、自分の身くらい自分で守れます」


 マリーはメイド服スカートの裾を掴み綺麗なカテーシーをしてみせる。


「マリーはどこへなりとお供します。たとえ、そこが地獄の果てだとしても。もう2度と姫様をひとりで死地に行かせなどしません。なので、姫様は姫様の心向くまま存分にお力を発揮されてください」


 それは、姫様にしかできないことですからと言って、マリーはアリアに変わらない忠誠を誓う。


「ねぇ、マリー。ずっと私のことを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、あなたはあなたで自分の幸せを考えてくれてもいいのよ?」


 アリアは大事そうにマリーの手を取ってそう告げる。


「私が15の時拉致されたのはあなたのせいじゃないわ。それに、ちゃんと帰ってきたじゃない」


「……それが、全く関係ないとはいいません。それに、あれはやはり私の落ち度です。大切な国の宝を、私のかけがえのない主人を失うところでした」


 マリーは自分の腕をきつく掴み、顔に後悔を滲ませる。


「マリー、起きてしまったことはもうどうしようもないわ。それに、私はあなたを責める気なんてないの。ただ、あなたにも幸せになって欲しいだけ」


 そう言って、アリアはマリーの握りしめた腕をそっと外し、手を握る。


「私はマリーが大好きよ。それだけは忘れないで」


「知っています。マリーも姫様が大好きですよ」


 良かったと優しく笑うアリアを見ながら、マリーはつられたように笑う。


「それにほら、悪い事ばかりじゃなかったわ! ロイ様に助けてもらったし」


 とアリアは懐かしそうに過去の思い出を語る。それはもう、今のアリアにとっては綺麗に清算してしまった初恋の話。


「殿下全く覚えてないようですけどね」


 姫様を荊姫から引退させた相手から求婚が来た時は一体どんなミラクルかと思いましたよ、とマリーは苦笑する。


「いいの、覚えてなくて。これは、ただの私の自己満足。あの時のご恩返しがしたいだけ」


「では、その清算が済んだら帝国を去るおつもりですか?」


 マリーに聞かれ、アリアは手元に視線を落とす。


「それは……運命、しだい……かな」


(私の実力じゃ、きっと1月で帰ってくる事は無理だろうな)


 もしヒナが小説の通り異世界転移してくるならば、戻って来た時にはヒナがロイの隣にいるかもしれない。


「でも今なら、どう転んでも平気だと思うの。フレデリカお姉様にもいつでもウィーリアに来ていいって言われたし、アレクお兄様にも帰ってこいって言ってもらったし」


 小説のヒロインとヒーローが仲睦まじく並ぶ光景を思い描いても、もうアリアの胸は痛まない。

 そんな光景とアリアと自分のことを呼んで手を引く、今世を生きるロイのことを切り離して考えられるようになったから。


「それに、私には頼れる侍女のマリーがいるもの」


 きっとどうなっても、自分はこの世界で1人ではない。

 それはとても心強い事で、それだけで未来にどんな光景が待っていても立ち向かえる気がした。


「アリア、ちょっといいか?」


 訓練場に残っていたアリアにロイが声をかける。視線を上げればその後ろに見覚えのある顔があった。


「お久しぶりです、アリア様」


「あなたは……」


 アリアはその騎士団の制服をまとった男性を見て驚きで目を見開く。


「改めて自己紹介をさせて頂きます。騎士団第5部隊隊長職を務めておりましたウィリー・ダンケルと申します。アリア様のおかげでこの度、騎士団への復帰がかなうこととなりました」


 そう言うとウィリーはアリアに傅いて、騎士らしくアリアの手の甲にキスをする。


「復帰出来るほどに体調が回復された事、皇太子妃として嬉しく思います」


 アリアはそれを受け、ふわりと優しい笑みを浮かべる。

 ウィリーとはあの療養所で知り合った。壊血病、こちらでいう船乗り病の患者として。


「私、お役御免という事でしょうか? それともダンケル隊長の指揮下に入れば良いのでしょうか?」


 アリアはロイの方を見てそう尋ねる。

 第5部隊は確か海上関係の一切を取り仕切っていたはずだ。

 その隊長格が前線復帰。

 ただでさえ女性に対して風当たりの強い帝国で、今回の災厄を収めるにあたりアリアが指揮権を持つことに対する不満が伝統を重んじる貴族たちから上がっていることはアリアの耳にも届いている。

 思うところはなくもないが、適任者がいるなら譲るべきか、とアリアはどちらでも構わないがと視線で問う。


「言い出しっぺが何を言っている」


 だが、ロイは呆れたようにアリアに笑い、


「そう言うのは、俺の仕事だといつも言っている。アリアは余計な気など回さず、好きに振る舞ってくればいい」


 とアリアを責任者から降ろす気はないと言う。


「ダンケル隊長はそれでよろしいのかしら?」


 ただでさえ何が起こるか分からない災厄を前に、要らぬ揉め事は遠慮したい。

 アリアは真意を探るように淡いピンク色の瞳でじっとウィリーを見つめる。


「私をはじめ、多くの者がアリア様に命を救われました。どうぞ、我らをお使いください。海上戦ならお役に立てるでしょう」


 ウィリーはよく通る声でアリアに忠誠を誓う。


「だそうだ。ウィリーは有能だ。上手く使え」


 自分からアリアの下に付きたいと立候補して来たんだとロイは改めて紹介する。


「いい事はしとくもんだな、アリア。これが、お前がこの国でやって来た事の結果だよ」


 驚いたような顔でロイの方を見てくるアリアに、ロイは静かにそう告げる。

 ひとつひとつは小さな変化かもしれない。

 それでも、確かに変わっているのだ。

 "物語"も"アリアの価値"も。


「分かりました。では、ウィリー。最初の命令です。勝手に死ぬ事は許しません」


 アリアは傅くウィリーを前に立ち上がると静かな声でそう告げる。


「これは、対人戦ではありません。数がいればいいというものでもない。足手纏いは必要ありません。必ず、生きて王都の地に戻るという気概のある者だけ、私について来なさい」


 淡いピンク色の瞳には誰も死なせないと強い意志が宿っていた。


「前線において、全ての責とあなた達の命は私が預かります。ですから、力を貸してください」


 そう言って微笑むアリアはとても勇ましく美しい、ひとりの戦士の顔をしていた。

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