5.悪役姫は、期待される。
アリアと夕食を共にするために空けた時間が宙に浮き、ロイは久しぶりに予定のない時間を過ごしていた。
為人を掴みきれていないアリアとの夕食時に万一でも邪魔が入っては敵わない。
そう思って可能な限り予定を詰め、想定できるあらゆる事態に備えて今日の時間を捻出したので、今日に限って誰も仕事も報告も相談も持って来ない。
(何もすることのない、純粋な休息時間なんてどれくらいぶりだろうか?)
正直、夕食の誘いを断られるとは全く想定していなかった。
仮にもこの国の皇太子だ。その誘いを袖にするものなどいるはずもない。
だからだろう。戻った使いが倒れてしまいそうなほど真っ青な顔色をしていて、不覚にも笑いそうになった。
もちろん使いの者にではなく、堂々と断ったアリアに、だ。
一字一句違わず伝えるようにと言われておりますのでと、おそらく彼女が口にしたであろうそのままの言葉を読み上げられて、あえてその方法を取った彼女に更に興味が湧いた。
公務については夕食を取りながら話すつもりだった。初夜の時のように、公務中ゴネることがないように言い含めながら。
だと言うのに、その前にアリアは的確に自分が欲しい答えを返して来た。
婚姻に乗じて間者を送り込むのは常套手段だ。こちらが把握していない優秀な間者がアリアの手の内にあるということか?
だが、アリアは離宮に移ると同時に最側近らしいマリーという侍女1人を残し、キルリアから連れてきた従者を全て国に返してしまった。
マリーにしてもほぼアリアの側を離れる事はなく、離宮に置いている使用人から怪しい報告は何一つ上がってこない。
これは一体どういうことか。
『ええ。実は私、未来を知っているのです』
アリアの言葉が思い出され、ロイは鼻で笑う。バカらしい。そんな事あるわけがない。
何にせよ、アリアが嫁いで来て初めての公務は問題なくいけそうだ。
今はそれで良しとする。
夕食を早々に済ませ、ロイは自室のベッドに横になる。アリアを妻に迎えるにあたり用意した隣室の夫婦の部屋はあの日以来足を踏み入れてすらいない。
ロイは隣室に繋がるドアに視線をやりあの日のアリアの事を思い出す。
自分の命を盾に抱かれることを拒み、仮にも一国の姫がナイフ片手に床で寝ることを選択する。一言で言えば、あの時のアリアの行動は"異常"でしかなかった。
『殿下に首を落とされるか、自分で掻っ切るかの違いでしかありません』
だが、あの時のアリアの言葉に嘘は感じられず、少なくとも彼女は冷静だった。
(彼女の首を落とす? 俺が?)
そういう命令を下した事がないわけではないし、自らの手を汚した事がないわけでもない。だが、少なくとも今の時点でアリアの首に手をかける事には何のメリットもない。
ロイはアリアという人物について考える。
そもそもアリアを妻にと望んだのはキルリア王国のその王族としての由緒正しい古い血とキルリアが政略結婚を繰り返し結んできたそこに連なる数多の国との繋がりが国益のために必要と考えたからだ。
キルリアと政略結婚を結ぶのにはかなり骨を折ったし、ロイが政略結婚を申し入れた時点で末娘のアリア以外はすでに他国へ嫁ぎ済み。
キルリアが割と同盟国でない国に対して閉鎖的であることや王宮で囲われて育ったアリアが公務に就く事も表に出てくる事もなかったため、結婚前の彼女の情報はかなり乏しかった。
調べられる範囲でロイが様々なツテを駆使してアリアを調査した結果、彼女のその容姿が彼女が王宮で囲われていた原因だと判明した。
アリアはかなり美しく人目を引く派手な顔立ちをしている。
その容姿が王妃の母親、つまりアリアの祖母と瓜二つらしかった。
王妃の生家は侯爵家で、早くに亡くなった母親の素行が悪く特に男狂いの悪女としてキルリアでは有名だ。
それだけスキャンダルのあった侯爵家の出身であったのに、アリアの母親が王家に嫁げたのは、侯爵自体はまともな人でキルリアで絶大な権力を握っていたことと、王妃自身の能力が群を抜いて高かったからに他ならない。
そんなわけで祖母と瓜二つの容姿というだけで王宮から出してもらえなかったアリアだが、中身の方は幼少期からキチンと管理されていたためか、悪女と言われた祖母とはまるで似ていないようだった。
実際アリアに会ってみてロイが感じた彼女自身は、その容姿で誤解されやすいようだが、男に免疫がなく、かなり素直で扱いやすいタイプだと感じた。
現に婚約者として初めて会ったロイにアリアはあっという間に好意を示すようになった。
疑わず、素直で、当たり前に愛される、世間知らずなお姫様。公務に就いたことのない彼女が多少妃として能力が低かったとしても今から教育していけばいい。
何より末娘らしくどのきょうだい達ともかなり仲の良い関係を築いているのは、他国との繋がりが欲しいロイには大きなメリットだ。
そんなわけで引く手数多のロイが最終的に正妃として選んだのがアリアだった。
その選択に間違いがあったとは思えないのだが。
結婚までは順調だったはずなのにここに来て、アリアという人物がまったく分からない存在になってしまった。
『私がこれから先、殿下に望むのは、殿下から離縁されること。それだけです』
リベール帝国との繋がりはキルリアにとっても重要なはずだ。それが分からないほど、アリアが愚かだとは思えない。
それなのに、結婚直後に離縁を望むアリアの真意がまるで分からない。
アリアにつけた教師達は、もう教える事が無いほど完璧だと口を揃えて彼女の事を絶賛する。
それほどの人物が、皇太子である自分に対して礼を欠く行為を繰り返すのは、アリアにとってそうする必要があるからと考える方が自然だろう。
『公務についての詳細は書面で送って下さい。当日お会いしましょう』
という事は、どうやっても当日まで会う気はないのだろう。
ロイはアリアの顔を思い浮かべ、ふっと口角をあげる。逃げられれば追いたくなるのが男の本能だと分かっているのか、いないのか。
いずれにせよ、公務当日は彼女に会えるのだ。
「お手並み拝見といこうか? アリア・ティ・キルリア」
正直毎年面倒だと思っていた公務が、今年は楽しめそうだとロイはひとりほくそ笑んだ。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!