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49.悪役姫は、物語のその後に想いを馳せる。

 離宮の広い庭園で月明かりに照らされながらアリアは荊姫を解放し、魔剣を振るう。

 その様はまるで演舞でもしているかのように優雅で、相変わらず人目を引くほど美しかった。


「で、いつ離縁するの?」


 そんなアリアの訓練中の姿をじっと見ながらアレクはアリアにそう尋ねる。


「……その話はフレデリカお姉様に聞いたんですか?」


 アリアは動きを止める事なくアレクに尋ねる。


「そーだよ。ていうか、帝国に正妃として嫁いだはずの僕の妹がなんでこんな離宮に追いやられている上に、皇太子の手先のように使われてるわけ?」


 全然納得いかないんだけど! とぶつぶつ文句を言うアレクに、


「どっちも私が望んだ事で、殿下は私の希望を聞いてくださっているだけです。殿下に怒るのはお門違いですよ」


 とアリアはそう主張する。

 最後の一振りをして、アリアは月明かりに荊姫をかざす。荊姫に共鳴するように心が躍る。

 15才を境に一旦前線から退き、封じていた間の荊姫は悲しそうだった。だが、今はとても楽しそうだ。


「とてもよくしていただいていますよ。この帝国で皇太子妃らしい働きを求められることなく好き勝手に振る舞わせてくれるくらい」


 今世のロイとは随分仲良くなったと思う。だから、読めないこれから先に少し不安はあるけれど、アリアはもう怖いとは思わない。


「離縁するかは、殿下しだいですね。求められたら、潔く皇太子妃の座を明け渡そうと思っています」


 ヒナが来ても来なくても、物語からの退場のタイミングは、ロイの決断に任せようとアリアは決めている。

 もし、ヒナが来てやはり小説の既定路線通り2人が結ばれるなら祝福するし、離縁だって喜んで応じる。

 だけど、そんな日が来るまでは一緒にいるのが楽しいと言ってくれたロイと共にいようとアリアは思う。


「何それ!? 僕の可愛い妹を差し置いて、あいつ愛人でもいるわけ?」


「……違いますよ。でも、先の事は分からないじゃないですか」


 そう、"先"はもう分からない。だからもう、先の事は今は考えない。

 アリアはクスッと笑うと、


「ほら私、お姉様達みたいに色気ないし、手練手管で捕まえておくなんてできないし、夫を手の上で転がすどころか弄ばれてますし」


 と現状私とても不利な戦況なんですと楽しそうに笑う。


「とりあえず"今"を1日1日積み重ねて行ってみようかなって。その先に出会いがあって別れがあるなら、それはそれで運命なんだと思うことにしました」


 今のロイとの関係を思えば、仮にロイがヒナと惹かれあったとしても、ヒナを害することさえしなければ、きっと処刑される事なく帝国から出ていけるんじゃないかとアリアは思う。


「何その前向きなんだか後ろ向きなんだか分かんない発言」


「だいぶ前向きですよ。開き直ったとも言います」


 ロイがくれる好意を無下にしなくなっただけ随分な進歩だ。

 そして、その好意が他に移ったとしても、その時は一発殴って離縁状を叩きつければ済む話だ。

 そう考えられるようになってからは気持ちが随分と楽になった。


「……なんだ、つまんないの。アリアがその気なら一緒にキルリアに帰ろうと思ってたのに」


 アリアは驚いた顔をして、空色の瞳をじっと見る。


「あの皇太子のことが嫌になったら、いつでも、なんなら今すぐでも、キルリアに帰ってきていいからね。可愛いアリアのためなら、戦争起こしてでもなんとかしてくれるって、ルシェ兄さんが」


 アレクの言葉にふふっと笑ったアリアは、


「戦争はダメです。それに、ルシェお兄様に投げちゃダメですよ」


 アレクお兄様はなんとかしてくれないの? とアリアは楽しそうに尋ねる。


「僕は研究者だもん。国のあれこれは兄さんにお任せ〜」


 クスクスッと笑ったアレクは、


「でもね、本当にそう思ってるから。いつでも帰っておいで」


 と優しくアリアにそう言った。

 いざという時は味方になってくれる人がこの世界にいる。

 それだけで、アリアはもう少し頑張れそうな気がした。


「分かりました。もう無理ってなったら全部放り出して国に帰ります」


 クスッと笑ったアリアは、


「だから、もう少しだけ。運命とやらを待ってみたいと思うのです」


 大剣の形をとる荊姫をまるでバトンでも回すような軽さでクルクルと回しながらそう言った。

 変わってしまったこの物語の結末がどこに向かっているのか、もう少しロイの側で見てみようと思う。

 きっと、いざとなれば物語からの退場の方法はいくらでもあるのだから。


「それにしてもよくそんな大きな剣を軽々とブン回せるよね」


 アリアの不思議な色合いに煌めく黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を眺めながら、アレクはそう話しかける。

 アレクもアリアと同じ黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を継承しているが、かなり疲れるので滅多に使わない。


「そう、不思議なことにとても軽いのです。帝国で荊姫を解放してから、ずっと」


 パシッとアリアは荊姫を手に取って、アレクの言葉に頷く。

 以前使っていた時はもう少し重みがあったような気がするのに、狩猟大会で解放して以降、荊姫は驚くほどに手に馴染み、アリアの思った通りに動くのだ。

 まるで荊姫は自分の身体の一部なのではないかと思うほどに、魔剣の感情さえも流れ込んでくる。


「ねぇ、アリア。もう少し詳しく見せてくれる?」


 とアレクは自身の黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を発動させ、アリアにそう尋ねる。


「それは構いませんが。珍しいですね、お兄様がその目を使われるなんて」


 普段滅多なことでは黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を発動させないアレクに首を傾げつつ、アリアは了承する。


「アリア、もう一度荊姫を使って見て。僕はアリアと違ってこの目あんまり持たないからなる早で」


 とアレクはアリアに要求する。

 アリアは軽く頷くと、その場で荊姫を構え闇夜を切り裂く。

 アリアのイメージに応えるように、軽やかに空を斬った荊姫は、数メートル先の木の枝を落とした。


「今は枝を落としましたが、その気になれば木本体も薙ぎ払えます」


 斬りたいと思った対象の斬りたい箇所だけを的確に落とせる。それも以前より格段に正確に。

 もちろん訓練を積んでいるというのもあるのだが、それ以上に荊姫がアリアに応えたいと力を貸してくれているような気がする。

 それは本当に不思議な感覚だった。


「うーん、やっぱこの目疲れる」


 黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を解いて元の瞳に戻したアレクは、肩で息をしながら、


「荊姫が、随分変わったみたいだ」


 と興味深そうにつぶやいた。


「アレクお兄様もそう思われますか?」


「共鳴率が以前より、格段に上がってる」


「共鳴率?」


 アリアは不思議そうに首を傾げる。


「まぁ、魔剣は主人を選ぶんだけど、魔剣は所持者の魔力を喰らうだろ? その量が随分増えている」


 アリアは驚いたように、荊姫に視線を落とす。常に荊姫に魔力を取られているが、量が増えていることには気づかなかった。


「じゃあ、私は思ったより早く寿命がきてしまうかもしれませんね」


 魔力保有量が多いとは言え、元々大喰らいの荊姫がさらに魔力を欲するようになればきっとあっという間に喰らい尽くされる。

 そうなれば、いずれ魔剣の力に耐えきれなくなるかもしれないなとアリアはそっと荊姫を撫でる。


「それはどうだろう」


 と、アレクはアリアと荊姫に視線をやってそうつぶやく。


「元々アリアと荊姫の相性はかなりいい。アリアは荊姫のお気に入りだ。その荊姫がわけもなくアリアを殺そうとするとは思えない。むしろこの現象は……」


 考え込むように黙り込んでしまったアレクを見ながら、アリアは荊姫を見つめる。


(そういえば、私が1回目の人生で死んだ後、荊姫はどうなったんだろう?)


 ふと、アリアはそんな事を考える。

 1回目の人生で処刑された日、確かに荊姫は手元にあった。

 だが、最期まで魔剣の所持者である事を隠し、使う事のなかった彼女の存在は今とは異なりおそらく帝国に認知されていなかった。

 脇役でしかない悪役姫のその後なんて小説にすら出てきていないから、アリアには自分のその後が分からない。

 自分の亡骸がどうなったのかはもちろん、荊姫がキルリア王家に返還されたかどうかも。


「アリア、僕早急にキルリアに帰るよ」


 黙り込んでいたアレクは突然そう宣言する。


「え? もうですか!?」


「どうせアリアだってこの後出て行っちゃうんだろうし、アリアのいない帝国に留まる理由ないし。帰って調べものしたい」


 気になる事に対してとことん貪欲に追求するアレクはこんな時ばかりは驚くほどにフットワークが軽い。


「分かったらアリアに一報入れるよ」


 まるで新しいおもちゃを見つけたようにワクワクした表情を浮かべたアレクは、明日に備えて寝るからとあっという間に去っていく。

 そんなアレクを相変わらずだなぁと見送ったアリアは荊姫をそっと撫で、


「今度は蔑ろにしないから、私が死んだら荊姫はキルリアでちゃんと新しい主人を見つけるんだよ」


 と大事なパートナーにそうつぶやいた。

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