48.悪役姫は、筋書きに手を加える。
魔獣討伐依頼を受けて出向いた後、アリアは討伐し持ち帰った3体の炎狐の亡骸の前で悩ましげにそれを眺めていた。
「姫様、気になります?」
とクラウドはアリアに話しかける。
「なるねぇ。本来、この子達は臆病で森の奥深くにしか生息していないし、人を襲うタイプの魔獣じゃないわ。大きさの割に性格も温厚だし」
何よりも暴れていた時の状態が、狩猟大会の時倒したフェンリルと同じだった。
「広範囲で追加調査が必要になるかもしれない」
魔獣の集団暴走の兆候でなければいいけれどとアリアは思いながら、気になる点は全て記録に残した。
「ところで姫様、いつまでもこんなところにいていいんですか?」
「えっ?」
「えっ……って、今日は殿下と食事する日でしょ。約束破ったら殿下拗ねちゃうんで、また離宮通いがはじまりますよ」
そしたらルークの胃に穴が開くかもなんてクラウドが茶化すように脅すので、アリアはため息をついてマリーが調合したよく効く胃薬をクラウドに差し出した。
「行かない気ですか? 後処理くらい俺がやっときますけど」
「行かない。どうせ、深夜の討伐依頼の件は殿下の耳に入ってる」
とアリアはロイとの約束より仕事を優先させる。
「まぁ俺としては姫様いてくれる方が助かりますけど、埋め合わせもしてやってくださいね。姫様とのごはん会アレで結構楽しみにしてるんで」
クラウドにそう言われてアリアは驚いたように目を丸くする。
(私だって……本当は)
行きたいとロイの顔を思い浮かべてそう思う。だけど、とアリアはその気持ちを押し殺す。
(仕事放り出して着飾って行って、失望されたくない)
ロイは国と妃の命なら秤に載せるまでもなく妃を切り捨てると言った。
あとどれだけロイの妻でいるのか、先の事は分からない。だけど、少なくとも皇太子妃の肩書きを返上するまではロイが安心して切り捨てられる妃でいようと決めた。
ロイが切り捨てる決断を下さなくてはならない時が来ても自力で返って来れるだけの自分であれば、きっと彼が気に病むことはないだろうから。
「後で、エナジーバーでも贈っとくわ」
「姫様は、本当に強くなりましたね」
まぁもう人生3度目だし、とアリアは内心で笑って、黙々と残務を片付けていった。
討伐に出向いた他の騎士から上がってきた報告を見返しながらアリアは眉根を寄せる。
2回目の人生で読んだ小説の一文がふと、脳裏に蘇る。
「"災厄は凍てつく大地から這い出づる"」
聞き覚えのある声と今まさに脳裏に浮かんだフレーズに驚いたアリアが顔を上げる。
「魔獣の集団暴走が起きそうだね、アリア」
やっほーっと片手を上げ、まるで世間話でもするような気軽さでアリアの前に現れた彼はそう言った。
「アレクお兄様!!」
アリアはがたっと立ち上がり、目の前に現れた次兄であるアレクに抱きつく。
「アリアが呼んでるって聞いたから来ちゃった」
1回目の人生では嫁いでから2度と会う事ができなかった家族の1人。
アリアは懐かしさのあまり何度もアレクの名前を呼ぶ。
アリアは相変わらず甘えん坊だなぁとまんざらでも無さそうに笑ったアレクは、
「じゃあ時間もない事だしとりあえず仮説と検証をはじめようか?」
研究者らしい顔をしてそう言った。
アリアと同じシャンパンゴールドの髪にフレデリカと同じ空色の目をした次兄のアレクはキルリア随一の研究者だ。
白衣を纏ったアレクは今までの報告書や知見を元に立てた仮説や今後の対策をさらさらさらっと白板に記載していく。
「……とまぁ、映像機から解析した魔法陣の文字列を解読していくとこうなる。未完成とはいえ、かなりの効力をもっている事が推察され、故意に瘴気濃度の変革を起こさせる可能性が高い。特に小型の魔獣は瘴気の影響をもろに受けて狂いやすいと推察される」
トンッと資料をさしてアレクは依頼された内容を端的に説明する。
「一斉に魔獣が瘴気の影響を受けた場合、どうなる?」
話を聞いたロイは、アレクにそう尋ねる。
「高確率で各地で魔獣の集団暴走が起きる」
ロイの質問に端的に答えたアレクは、魔法陣の古代文字から読める範囲で分かるスタンピードが起きそうな場所と時期は白板に書いた通りと付け加える。
「通常の災厄は寒冷地域から起こりやすい。地中深くに氷と共に封じられている瘴気がなんらかの要因で解凍され、風に流されてくることが多いしね」
でも今回は人為的なものだからちょっと特殊なんだけど、と前置きをしてアレクはさらっと予測領域と被害範囲を割り出す。
「全部主要都市じゃないっすか」
マジかとクラウドが声を上げる。
「まぁ、魔法陣が未完成品だからどこまで効果あるのかは分かんないけどねぇ。本来大人しい炎狐が暴れるくらいだから、これから先じわじわ瘴気が浸食をはじめるだろうし、まぁ根本的に瘴気の浄化でもできない限り、その都度討伐に出向かないと最悪街全滅するかもね」
今のうちに避難指示でも出せば? とアレクは呑気にそう言って、
「以上、検証終了」
と締めくくった。
アリアは話を聞きながら、やっぱりこうなるのかと小説の展開についてぼんやり考える。
(小説の展開通りならヒナが来るまであと1月)
とアリアはヒロインの事を思い浮かべた。
最初の魔獣の集団暴走が起きてロイが討伐に出向き、騒動をおさめて帰還した際に神殿の湖に現れるヒナと出会うのだ。
運命的な出会いだったなぁと小説のセリフを思い浮かべながらアリアはロイの方を見る。
「アリア、何か意見があるか?」
じっとアリアの淡いピンク色の瞳が自分の事を見ている事に気づきロイが尋ねる。
「指揮権が欲しいです。私が前線に出ます」
とアリアは静かに申し出た。
「アリアが?」
「魔獣の集団暴走が起きるなら聖剣所持者の殿下とクラウドが出るのが一番だとは思います。でも、今は2人とも王都から出ない方がいいでしょ?」
小説の展開に沿うならば、ロイとクラウドが中心となった精鋭部隊で制圧しに行くのが正しい。
だが、小説後半部分の見せ場的展開が時系列を無視して起きている今、ロイは王弟殿下の勢力を削り、皇太子としての立場を盤石にし権力争いに終止符を打つ事に専念した方がいいのではないかとアリアは思う。
「アリア、指揮経験は?」
「あります。ただし、対人戦のみで、魔獣は単独での討伐がほとんどで集団暴走を制圧した経験はありません」
アリアは自身の経験値を申告する。
「まぁ、アリアと荊姫はかなり相性がいいよねぇ。アリア本人が荊姫って呼ばれるくらいだし」
アリアの立候補を受け、ふむと頷いたアレクは魔剣で薙ぎ払う妹の過去の実績を元に、彼女なら魔剣を使用して制圧可能だろうなと判断する。
「姫様が行くなら、せめて俺が補佐についた方がよくない?」
「クラウドには、殿下のそばにいて欲しい。殿下の護衛ができるのなんてクラウドくらいだもの」
クラウド以外で、補佐の選定は任せますので指揮権をくださいとアリアは再度ロイに頼む。
自分をじっと見つめるロイの琥珀色の瞳にアリアは答えるように頷いて、
「私、これくらいしか殿下の役に立てませんけど、殿下の部下としてしっかり災厄を薙ぎ払ってきますから」
といつもと変わらない口調で、
「殿下は私を信じてくださるのでしょう?」
だから出させてくださいとアリアはそう言って笑った。
「そうだな。俺が出ないなら、魔剣所持者のアリアが適任……か」
じゃあ、アリアに任せたとロイはアリアの提案を受け入れた。
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