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46.悪役姫は、口説かれる。

 ロイはアリアの話をじっと聞き、泣いているアリアに伸ばしそうになった手を握りしめて自分を止める。

 きっと、上辺だけの甘やかすような優しさでは彼女には何も響かない。


「俺はアリアが泣いているところばかりを見ている気がする」


「すみ……ませ、すぐ止めるので」


 ゴシゴシと強引に涙を拭って止めようとするアリアを見ながら、


「普通、美人が泣くと絵になるっていうけど、アリアの泣き方ってこう……本人美人だからかろうじて見られるレベルだよな」


 とロイは揶揄うような口調でそう言った。


「不細工っていいたいんですか」


 涙が急激に引いていき喧嘩なら買うが!? と言わんばかりのアリアに、


「せっかく泣くなら、フレデリカ殿に泣き方教示してもらったらどうだ? あれはなかなか魅せ方が上手いぞ」


 とロイはそう勧める。


「フレデリカお姉様のは天賦の才レベルですよ!?」


「フレデリカ殿は本当に女優だよなぁ。俺あの人背中に猛禽類背負ってるようにしか見えない」


「別にそんなもの背負ってないですよ!! ルシェお兄様はフレデリカお姉様のことを猛獣使いって呼んでましたけど」


 失礼な、とアリアは全力で抗議するが、猛獣使いも大概失礼じゃなかろうかとロイは笑う。


「泣き顔不細工で悪かったですねぇ。第一、殿下別に私のことタイプでもなんでもないでしょ!? 欲しかったのはキルリアとの繋がりとコネクションだけで。そんなに見苦しいなら視界に入れないでくれます? お見送りはここまでにしますので」


 ふいっとそっぽを向いたアリアを見ながら苦笑して、


「そうだな。別に泣き顔が不細工だろうが、美人じゃなかろうが、キルリアの姫であれば俺にとっては結婚相手なんて正直どうでもよくて、たまたま未婚だったのがアリアだったってだけだった。多分、魔剣所持者で短命だと分かっていても国益を考えて求婚しただろうな」


 むしろ、その方が構う時間が短くて煩わしくないとすら思ったかもしれないなとロイはそう口にする。


「知って……いました」


 ロイに求められたのは自分(アリア)ではなく、キルリア王国の姫という肩書き。

 ロイと惹かれあい愛し合うヒロインのヒナとは違うのだと分かっていた事なのに、ロイの口からそれを聞かされて、思いの外心が軋んだ。


「実際アリアに会ってみて、手玉に取りやすくてチョロいと思ったし、適度に甘やかして言い含め、帝国の理想的な妃として椅子に座らせておけばいいと思っていた」


 淡々とロイから聞かされるそれらは、2回目の人生で何度も小説を読んだアリアにとって全部知っていた内容なのに、心が凍りつきそうだった。


「だから、初夜の時に"私になんてミリも興味ないくせに"って言い当てられてかなり驚いた」


 記憶が全部戻ったあの日、状況が上手く飲み込めない中でアリアは物語からの退場を決意したのだ。

 この人は私のモノではないのだから、と。


「それからずっと、アリア・ティ・キルリアとは何者だろうか、って考えている」


 淡々と言葉を紡いでいたロイがふっと表情を崩しそう言って目を細めた。


「俺は、多分皇太子としては求められている以上には応えられるくらい有能で、1人の男としてはだいぶ最低だと思う。言葉にしてみるとなかなかに酷いな。だから、アリアが俺に対してとってきた態度は酷いどころかむしろ当然だと思っている」


 琥珀色の瞳は、驚いたように目を丸くするアリアを見つめて言葉を続ける。


「俺は国と妃の命なら天秤にかけるまでもなく、国を取るし、躊躇うことなく切り捨てる」


 それは皇太子としてはきっと正しい選択だろう。


 それは当たり前では? と頷くアリアに苦笑したロイは、


「俺は仕事と私どっちが大事、なんてくだらない質問でごねられるなんて、時間の無駄だし面倒だと思うからそうなる前に人を使って先回りして手を打つような人間だし」


 と言葉を続ける。


「人間関係円滑にするためなら、息を吐くように嘘を吐くし」


 ロイの申告に身に覚えがあるなとアリアは苦笑する。


「子どもなんて欲しいと思ったこともないけど、義務だから仕方なく作って、きっと淡々と後継者教育施すだけなんだろうと思ってたし」


 ロイは自身と陛下の関係を思い浮かべる。自分達は支配者とその後継者であって、おそらく親子の情と呼べるものは存在しない。


「これから先もずっとそうやって生きていくんだと思っていた。俺は1人の人間である前に皇太子という生き物だから。それを特に悲観した事もないしな」


 だけど今は。

 とロイは慎重に言葉を選ぶようにアリアの淡いピンク色の瞳を見つめる。


「アリアは俺に返せるものがないって言ったけど、別に返さなくていいんだ。もう十分もらってるから」


 結婚してからの10ヶ月を振り返り、ロイは本心からそう思う。


「アリアは資格がないって言ったけど、気にする必要はないんだよ。俺がアリアに優しくしたくて、勝手にそうしているだけなんだから」


 ロイは風でなびくアリアの髪を捕まえてそっとアリアの耳にかける。


「アリアは短命だって言ったけど、いつ死ぬかなんてみんな分かんないだろ。俺だって明日暗殺されてるかもしれないし」


「冗談でもそんな事言わないでください」


 ピシャッと冷たくそう言ったアリアに優しく笑ったロイは、


「アリアだって十分優しい。結局俺の事を見捨てたり切り捨てたりできない。俺はずるいから、そんなアリアの良心を利用してる」


 とアリアの頭を撫でる。


「アリアといる時間が俺は単純に楽しいんだ」


 琥珀色の瞳が柔らかく優しく笑う。


「側にいたいと思う理由はそれじゃ、ダメだろうか?」


 アリアは穏やかに鳴る自分の心音を聞きながら、


「私、今まであまり男性からアプローチされた事ないんですけど」


 クスッと笑顔を浮かべて、


「今日のが一番最低でした。正直過ぎますよ、殿下」


 アリアは優しい口調でそう言った。


「でも、嫌いじゃないです。そういうの」


 アリアは震える指先をロイのほうに伸ばす。


「皇太子だって、1人の人間です。人を束ねる立場だとしても、個人の感情を大事にすることは悪じゃない、です」


 袖口を引っ張ってそう言うと、アリアはへにゃとはにかんだように表情を崩し笑う。


「……アリア」


 アリアは以前フレデリカに言われた言葉を思い出す。


『元々言葉で伝えられることなんて、きっとギリギリに水を溜めたコップからどうしようもなく溢れ出した水滴くらい少なくて、立場というものがあれば更に溢せる量は少なくなるの』


 皇太子であるロイの口から出る言葉にはどうしたって責任が伴ってしまうから、慎重で。

 嘘ではない言葉を落とすのには、勇気も覚悟も必要で。


「……すごく、嬉しいです。きっと、愛の言葉を囁かれるよりも」


 そんな彼が自分のために紡いでくれた、嘘偽りのない言葉がどれだけ貴重なものなのか、ロイ・ハートネットという人の為人を知った今のアリアには十分過ぎるほど理解できた。


「ありがとう」


 私はひょっとしたらこの話を聞くために人生を3回も繰り返しているのかもしれない。

 アリアはふとそんな事を思う。

 もしも、これが自分の運命なのだというのなら。


(たとえ、ヒナが来ても、来なくても)


 と、アリアはロイの方を真っ直ぐに見る。


「私も、ロイ様と過ごす時間は楽しい……です」


 この人の誠意に応えたい。

 だからアリアは"運命"というものが目の前に現れたら、それをただ受け入れようと思った。

 例えば、ロイのこの手が悪役姫(アリア)を裁くのだとしても。

 例えば、ロイのこの手が皇太子妃(アリア)を求めて伸ばされるのだとしても。

 ただただ、そのまま全部受け入れようとそう思った。


「だから、今度は……私が、本館までロイ様に会いに行っても……いい?」


「ああ、もちろん」


 か細く消えてしまいそうなほど小さな声で尋ねたアリアの小さな歩み寄りの一歩を受け止めて、ロイはとても優しく笑って頷いた。

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