45.悪役姫は、本音に触れられる。
「で、なんで殿下は当たり前のように離宮にいるのですか」
今日も今日とて先触れもなく、なんなら仕事持参でやってきて、ヒトの家の応接室でくつろぐロイに呆れたようにアリアはそう尋ねる。
「ん? 一旦区切りついたし、本館だとルークがうるさいし。あとマリーの茶が美味い」
と、ロイは堂々と逃げて来た宣言をする。
マリー本当に優秀だなとロイがマリーのお茶を飲みながら絶賛するので、
「マリーだけは絶対あげませんからっ!! マリーは私のものです」
「別にくれとは言ってないだろ。ちょっと引き抜きたいと思ってるだけで」
「ほら! 油断も隙もない!! 絶対絶対絶対絶対、マリーだけはダメです」
と気を利かせて部屋から出て行こうとしたマリーを捕まえ、アリアはマリーの腕にぎゅっとしがみつきロイを威嚇する。
そんなアリアを見ながら、ふむと頷いたマリーは、
「姫様、私をダシにして殿下といちゃつかないで頂きたいのですが、ご要望でしたら"いやーやめてー! 私のために争わないでー"とか言って茶番に付き合いましょうか?」
と淡々と尋ねる。
「いちゃ……はい? 今の会話のどこにそんな要素が」
何言ってるのと抗議するアリアの耳が赤くなっているのを見て微笑ましそうにアリアの頭を撫でたマリーは、
「マリーは命尽きるまで姫様のモノです。結婚しようが子ども産もうがずっーとマリーは姫様の側に居ます。ね? なのにそんなやり取りをされるなんて茶番でしょ」
なのでそろそろ仕事させてくださいとアリアに告げる。
「マリー好きー。マリーと結婚したかった」
「だそうです殿下。私の事はどうぞ諦めてください。私、姫様と相思相愛なので」
はい、茶番終了と言ってマリーは礼をする。
「おぅ、俺にだけ塩対応の嫁が堂々と侍女といちゃついている上に、なんかいきなり俺が侍女にフラれるって、すごい展開だな」
と苦笑して引き抜きはしないとロイは両手をあげて降参した。
「で、今日の用件はなんですか?」
マリーは仕事がありますので、と出て行ってしまったため2人きりになった応接室でアリアは用件を尋ねる。
「特にない」
「そうですか」
ロイの返事にそう返したアリアは、
「では、お散歩でも行きませんか?」
と尋ねた。
「……それは、一体どういう心境の変化だ?」
ロイが僅かに驚いたような顔をしてアリアの方を見る。今までアリアから誘われた事はなく、こうしてロイが押しかけて来なければ、夜伽を含めた仕事以外でアリアと顔を合わせる機会がないのが常だ。
「どう、ということはないんですけど、殿下がせっせと手配して植えてくれたお花が見頃なので。せっかく離宮まで足を運ばれているならじっくりご覧になってはいかがかなーって」
お花綺麗ですよ、とアリアは言うがそれらは全て庭園ではなく本館までの道沿いに植えられていることを手配した本人であるロイは当然知っている。
「それ、体よく追い返そうとしてないか?」
「ええ、本館までお送りします。ここに持ち込むほど仕事を溜めている殿下を長居させるとルークの胃に穴が開くかもしれませんので」
にこっと笑顔でそう言ったアリアは立ち上がるとロイに散歩に行こうと再度促す。
「仕方ない。今日はアリアの意見を素直に聞くか」
そう言ったロイは素直に書類をしまって立ち上がった。
「なんだ、真っ直ぐ帰らないのか?」
本館への一番近いルートとは真逆に歩き出したアリアの隣でロイはそう言葉をかける。
「今一番見頃な花はこっちに咲いてますので」
お散歩って言ったでしょとアリアは笑って、歩道にそって整備された花を愛でる。
「お花持って来なくなったなーとは思ってましたが、四季折々に咲く花、全部植えたんですね。しかも全種類私が好きな奴」
今この一帯が一番綺麗なんですよとアリアは花壇を見せる。
確かに手配しただけで実物は見てなかったなとロイは楽しそうに話すアリアを見ながら綺麗に咲く花を眺めた。
「ありがとうございます。まさかハデス様経由でフレデリカお姉様とやり取りをされているとは思いませんでした」
お姉様から手紙が届いたんですとアリアは嬉しそうに話す。
先日届いた手紙には、アリアのその後を案じる内容とこの間ロイが口にした夫婦円満の秘訣などが書かれていた。
「まぁ離宮はもともと荒れてたからな。ちょうどいいかと思って。行き帰りに花でも咲いてれば多少なりと本館に来るのも億劫じゃなくなるかと」
「別に本館に行くのが億劫だと思ったことはありませんよ。それに、離宮での暮らしもそれなりに気に入っているんです」
1回目の人生では最期までただただ寂しい場所でしかなかったが、現在はマリーのおかげで快適だし、本館ほど非難めいた視線を向けられる事もない。
本館までの道もいつのまにか整備され、むしろこの道のりを楽しんでいる自分がいる。
「そうか。なら良かった」
そう言って微笑んだロイは、
「なぁ、ダイヤモンド宮や共同寝室は何が嫌だったんだ?」
と物のついでのように尋ねる。
「そんな事を聞いて、どうするのですか?」
離宮に住んで以降戻って来いと言われた事もないし、むしろ離宮に手入れを指示し住みやすくしている状態でわざわざ尋ねる意味が分からず、アリアは眉を顰めて尋ねる。
「今後の参考に。内装が気に入らないなら丸ごと変えても構わないし、なんなら建物自体建て替えてもいい。でも、そういう事じゃないんだろうなって」
ダイヤモンド宮は正妃の住まいなだけあって調度品一つとっても離宮よりもはるかに質の良い物で揃えてあるし、設備も最新式のものを取り入れている。
だが離宮で暮らすことを望むアリアは、見ている限りかなり質素な生活をしており、割り当てられた予算も食費や離宮の維持費など最低限しか使われておらず、新しいドレス一枚作らない。
ロイがいくらアリアにドレスやアクセサリーや宝石を贈っても、それらが使われたところを一度たりとも見た事はなく、着飾る必要があれば全て嫁ぐ時に持参した自前のもので済ませている。
アリアが素直に受け取ってくれた物は、生花のように枯れてしまうものか、飴などの食べ物と、転移魔法を組んだブレスレットくらいで、預けるだけと押し付けた王冠は飾ってあるが、それ以外はどこかに保管されているようでロイの目に触れる事はなく開封されているかすら怪しい。
まるで形に残るものは全部受け取らないと決めているかのように、結婚当初より随分打ち解けた気がする今でもその姿勢は変わらなかった。
「あそこは、殿下の正妃つまり皇太子妃の住まいですから。その務めを果たさない私が立ち入っていい場所ではないのです」
アリアはぽつりとそんな事を口にする。
「ほら私、皇太子妃としては支持率も評価も氷点下でしょう?」
「改善はしつつあるぞ」
特に若い世代を中心に、アリアの評価やその働きに惹かれるものは多い。
「でも、アリアの懸念はそれじゃないだろ?」
ロイは足を止めて隣にいるアリアを見る。
「俺は、アリアの気持ちが知りたい。嫌だと思う事でも、怖いと思っていることでも。結婚した夜に、泣きながら俺に謝っていた理由も。知りたいんだ」
アリアはロイから落ちてくる言葉に静かに耳を傾ける。
「俺にはずっと、アリアが自分で自分を罰しているように見える」
アリアの頑ななまでの態度は、見ているこちらが痛くなるほどに物悲しく、このままではきっといつまで経ってもその罪悪感が消える事はないのだろうとロイは思う。
ロイはそっとアリアに手を伸ばし、指先で彼女の頬を撫でる。
「これから先、長い人生をずっとそれを抱えて生きていくつもりか?」
アリアの抱える気持ちは全てアリアのものだとしても、少しでもアリアの抱える罪悪感を軽減できる方法があるならなんでもしてやりたい。
そう思うのに、その方法がわからない。
「……長くは、ないかな」
風がアリアの言葉を攫っていく。長いシャンパンゴールドの髪がはためくのを見ながら、アリアは言葉を紡ぐ。
「ロイ様だってご存知でしょう? 魔剣の所持者が……私が長く生きられない、ということは」
アリアは軽い世間話のようにそう口にする。聖剣とは違い、魔剣は起動していようがいまいが常に魔力を喰らう。
魔力を魔剣に喰らい尽くされれば所持者は命を落とすし、魔剣の力に耐えられなければ体内の魔力回路が焼き切れ命を落とすことになる。
「荊姫は特に大喰らいで、あの子の所持者の平均寿命は30前後。私など、とっくに人生折り返してますよ」
アリアはなんて事ないようにそう告げる。それは、この世界の覆らない常識だ。
アリアは生まれつき魔力保有量がかなり多く、魔力耐性も強い。その上キルリアの王族のみに発現する特殊魔法を継承しているので、簡単に荊姫に魔力を喰い尽くされることはないだろう。
だが、それでも現在進行形で刻々とそして確実に魔力は荊姫に捧げられている。
そうでなかったとしても、とアリアは思う。
「私が長く生きられないのは、きっと私の天命なのでしょう」
1回目の人生でも2回目の人生でも、魔剣なんて関係なく20代前半でその生を終えている。
きっと3回目、処刑されなかったとしてもやはり自分の生は長くないのではないかとアリアは思う。
「短命。それだけでも十分、私は皇太子妃に相応しくないし、きっと子どもだって」
アリアは言葉を止めて、困ったように微笑む。1回目の人生で授かることができなかった。それは、きっと王族としては致命的だ。
「どうせ短い命ならキルリアから出なければよかった。家族の元で、限りある時間を大事に過ごせばよかった」
なのに、帝国のロイとの縁談が持ち上がった時に愚かにも夢を見てしまったのだ。
どうせ短い命なら、魔剣所持者だという事を隠して、好きな人と恋をしてみたいだなんて。
そんな事を思わなければ。
「……そうしていたらきっと」
嫉妬に駆られてヒナを傷つけることも、ロイに憎まれることもなかった。
たとえ、今世で違う人生を辿っているのだとしても、1回目の人生で自分が犯した罪はなくならない。
誰も覚えていなくても、アリア自身が覚えている。
あの時の仄暗い感情も、断罪されたときの光景も。全部、確かに覚えているのだ。
「私には、あなたに優しくしてもらう資格なんてないんです」
アリアの目から涙が落ちる。
「私は、何もあなたに返せない」
ごめんなさいとアリアは小さくつぶやいて、流れ落ちた涙を乱暴に拭った。
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