44.悪役姫は、読めない未来に期待する。
ロイの命令で闇に乗じてとある教会に乗り込んだアリアはすっと魔剣荊姫を構える。
「殺せっ! あれは皇太子の手先」
男から発せられた言葉は不自然に途切れ、盛大な音を立て床に沈む。
暗闇の中で恍惚と光るアリアの黄昏時の至宝に見つめられた、人間達は時間が止まったかの様に息をする事を忘れる。
自分を見返すいくつもの瞳に、アリアは妖艶に微笑んで、人差し指で静かにと示すと次の瞬間には闇を切り裂くように魔剣を振り回して、あっという間にその場を制圧した。
「さすがっすねー姫。こっちも制圧完了っす」
本日アリアと組んでいたクラウドは別ルートで教会制圧のために動いていたが、アリアが片付け終わったタイミングで、怪我一つ負うことなくその部屋にやってきて、いつもの口調でそう言った。
「こんなところにアジトがあったなんて、灯台下暗しというかなんというか」
「殿下たちの方もそろそろ終わってるんじゃないっすかね」
「そうね。まぁ、殿下なら心配いらないでしょうし」
そう言ったアリアは警戒心を解くことなく、部屋をざっと見回した。
ロイが捕えた黒魔法使いから吐かせた残党の処理。黒魔法使い達のアジトは複数あり、魔獣の集団暴走計画実行前に一気に片付けてしまわなければならなかった。
ロイからの命令は生死問わず全てを殲滅せよ、との事だったがアリアは今後の事を考えてなるべく生捕りの方針を取った。
「人の気配はないけど念の為、地下も見てくる。ここはクラウドに任せるね」
そう声をかけたアリアは、静かに部屋を後にした。
(ちょうど、この時期だっけ。魔獣のスタンピードが起きて、ロイ様が王城を長期不在にされたのは)
アリアは1回目の人生を思い出しながら、階下へ足を運ぶ。
スタンピードが起きてしまえば聖剣所持者であるロイが王都をでないわけには行かない。その間に王弟殿下は水面下で勢力を伸ばして行ったのだ、と2回目の人生で小説を読んだアリアは知っているのだが。
「今、阻止できたら。もしかして全部」
物語が変わるのだろうか?
そう考えて、アリアは息を呑む。
それがいい事なのか悪い事なのか、分からないけれど、そもそもの出来事が起きなければ、人々が命を脅かされる事もロイが危険な目に遭うこともない。
そして、世界に瘴気が満ちないならもしかして。
(ヒナは……来ない?)
一瞬、そんな事を願ってしまった思考をかき消す。考えるのは、全部を片付けてからだ。
思考を切り替えたアリアは魔剣を握りドアを蹴り開ける。
「何……コレ」
大きな魔法陣の上に幾人もの人が横たわる。
魔法陣は恍惚と光を放ち、発動後である事を示していた。
「全員、死んでる」
アリアは事切れている人間のローブを外し首筋を見る。
黒魔法使いが禁術を研究する魔塔に忠誠を誓う制約の刺青。ロイの報告書にはなかったが小説の通りなら魔塔は禁術研究のために王弟殿下と手を組んでいるはずだ。
だとしてもまだ世界を混沌に落とす魔法陣の完成には早すぎる。それでも踏み込まれる事を悟って命を代償に無理矢理発動させたのだとしたら?
「……バカな、事を」
唇を噛み締め、苦しそうに言葉を吐いたアリアは、魔伝水晶を取り出しロイに連絡を入れ、拠点の制圧の完了と災厄の始まりを報告した。
仕事を切り上げられた頃には、もう随分と日が高くなっていた。
徹夜明けで疲れているはずの身体は、まるで眠れそうになくて、報告書を上げたアリアは離宮に戻らずロイからもらったブレスレットでまた湖の辺りに足を運んでいた。
(あの魔法陣は、瘴気を発生させ魔獣を操るものだった)
だとしたら、今後どこまでその影響が及ぶのかまでは分からないが、少なくともスタンピードは起きるのだろう。
大幅に変わった物語の展開のせいで、もしかしたらヒナが来ないかもしれない。
アリアは湖に指で触れながらそんな事を考える。
"もし、ヒナが来なかったら?"
この世界は一体どうなるのだろう。
瘴気が満ちて、植物が枯れ、水が汚染され、狂った魔獣が跋扈して、沢山の人の命が失われる、そんな未来が来てしまったらどうしよう。
(原因を根本的に解決できるのは、時渡りの乙女、ヒナの聖なる力だけなのに)
「私の、せいだ」
もうすでに小説の時系列はめちゃくちゃなのだけど、ロイに話したアレコレや自分の行動の結果がこれなら、これから先どうすればいいのかとアリアは頭を悩ませる。
それになにより。
「……ごめんなさい」
アリアは罪悪感から、湖のずっと遠く神殿の方を見つめて小さくつぶやく。
一瞬でも、ヒナが来ない未来を描いてしまった。そうだったら、ロイに手を伸ばしてもいいのかもしれないなんて、そんなことを性懲りも無く思ってしまった自分のことをアリアは酷く後悔する。
「何に対しての謝罪なんだ?」
「……殿下。お戻りでしたか」
気分が落ちていたアリアは、ロイの顔を見てほっとし、無意識に表情が緩む。そんな彼女のすぐそばまで来たロイは、クスッと笑ってわざと乱暴にアリアの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ちょっ、殿下!? 何して」
ただでさえボサボサ気味の髪をさらにぐしゃぐしゃにされてアリアは抗議の声を上げる。
「んー元気なさそうだったから。落ち込んでる理由は大量の遺体を見たからってわけでも無さそうだしな」
あの魔法陣、結局なんのものかまだ分かってないんだよなーとロイはぼやく。
そんなロイを見ながら"遺体"という単語に反応し、昨夜の光景がアリアの脳裏に浮かぶ。
「……それもちょっとはあるんですよ。もう少し早く辿り着いてたらって」
生死問わずの指示が出ていたにも関わらず、時間をかけ過ぎたのかもしれないと今更どうにもならない後悔は小骨がつっかえるようにうまく呑み込めない。
「解剖に回したが死後3時間は経ってた。どれだけ急いだところで間に合わなかっただろうな。アリアが上階にいた奴らを生捕りにしていたせいじゃない」
「まだ、子どももいました」
「そうだな。全員刺青入りだったし、忠誠を誓った信念のために命を投げ出したなんて、まとめるのは簡単だな。とは言え、死人に口なし。自ら望んでそうなったかなんて、もう誰にも分かんないんだよ」
失われた命はもう、元には戻らない。
「全部を抱えようとするな、アリア。潰れるぞ」
ロイはポンッとアリアの頭を叩く。
「そういうのは、全部俺の仕事だ」
「……懐、深いですね」
相変わらず、とアリアは言葉にせずに内心で付け足す。15の時戦場でロイに助けられた日の事を思い出す。彼はその時と変わらない信念で今も立ち続けている。
これが王になる者の器なら自分には無理だなとアリアは心からそう思う。
「なんだ。惚れてもいいぞ……って、なんで今後ろに下がった」
「最近の殿下はすぐに調子に乗って人にセクハラ働くので。そろそろ訴えたら勝てるんじゃないかと思ってます」
「夫婦なのにか? アリアは相変わらずつれないな」
「そういうのは、両思いの相手とやるものですよ」
クスッと笑ったアリアは遠くに見える神殿を眺める。
(もし、ヒナが来ない未来があったとしても)
宣戦布告を受けたあの日、ロイから言われた言葉を思い出す。
未来というものは"今"を積み重ねていった先の結果で、確定した未来などなく、運命が気に入らなければ全力で抗い続けると言った、この小説のヒーローは、もしヒロインが異世界転移して来なかったとしても、目の前の災いも困難もきっと自分の持てる全てを使って解決のために奮闘していくんだろう。
(きっと、後悔しないためには、今できる手を打ち続けるしかできないんだ)
もう、アリアにはここから先の展開がどうなっていくのか予想できない。
小説の通りに行くのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
先が分からない事が怖い。だけど、先が分からない未来に期待している自分もいる。
「で、何か俺に頼みたいことができたみたいだな」
アリアの淡いピンク色の瞳から、彼女の心の機微を掬い取ってロイが尋ねる。
「キルリアのアレクお兄様へ協力要請を出していただけませんか? 今後の方針決めのためにも専門家の意見が聞きたいです」
「アレク殿は魔獣の研究者、だったか」
「アレクお兄様の研究は魔獣の生態だけではないのです。古代魔法や黒魔、禁呪、特殊な魔法といったマイナーかつ人に嫌厭される分野が大好物なのです」
「それは、随分危険な研究をしているな。暴発したらどうする気だ」
「しませんよ。アレクお兄様は無属性の基本的な生活魔法か、既に組まれた魔法の起動しかできませんから」
聞き覚えのある話にロイはアリアの目をじっと見る。
「アレクお兄様も私と同じこの瞳の継承者なので。ただし、完全頭脳労働派なので、身体強化魔法使ってもほぼ運動能力上がらないんですけど」
身体強化魔法かけても木登りすら怪しいなと苦笑したアリアは、
「3度の飯より実験好きで、ちょっとシスコン入ってますけど、危険な人ではないので、帝国に招いてもらえませんか? きっと私が頼めば助けてくれますから」
とロイに願い出る。
「不安な単語がちらほら出て来たけど、まぁいい。確かに、状況打開するのに専門家の助けは欲しいし」
叶うかどうかは向こう次第だけどと前置きをして、ロイはアリアの提案を受け入れた。
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