41.悪役姫は、後悔しない"今"を選択する。
こんな感情を、一体なんと呼べばいいのだろう?
心臓を鷲掴みにされたような苦しさとそうだったらよかったのにという悲しさと彼に触れたいという欲望と求められた嬉しさがごちゃ混ぜに存在して、濁った色の気持ちにアリアは名前を付ける事ができない。
アリアはゆっくりロイに手を伸ばし、彼の胸ぐらあたりの服をグシャっと掴んで、
「1回目の人生だったら、私はきっと迷わずあなたを選んだのに」
と小さく泣きそうな声でそう言った。
「たとえ、首を刎ねられると分かっていても、愚かにもきっとあなただけを求めていたのに……な」
きっと、何も知らない1回目の人生を生きた自分なら、破滅しかないと分かっていても迷わずロイを選んだだろう。
だけど、今世は。
「アリア?」
アリアはロイから身体を離し、少し距離をとって真っ直ぐその瞳を覗き込む。
「謹んで、その宣戦布告お受けいたします。そして、私も宣言しておきますね」
アリアはゆっくり確かめるように本心だけで言葉を紡ぐ。
「私、ロイ様の事が好きなんです。って、言っても人として、というか。まぁ、要するにあなたのファンですね」
そう、ロイ・ハートネットという存在はアリアにとって全部の人生でずっと変わらず推しなのだ。
「だから、ロイ様には幸せの多い人生を送って欲しいと思っています。それは紛れもなく私の本心です」
そして、アリアがロイの幸せを思い描く時彼の隣にいるのは、自分ではない。
「そして、今世の私は、私自身幸せになりたいと思っています。私を大切にしてくれるかけがえのない人達のためにも」
アリアは自身の胸に手を当てる。3回目の人生でようやく気づいた大事な繋がり。
2度とこの縁は無くさないと決めている。
「温泉宿で誓った通り、私はロイ様のお力になりたいと心から思っています」
あの時の誓った言葉は今もアリアの胸にあり、そして知をつけ、剣を磨き、力をつけようとしている、今正直に思う気持ちを偽るつもりはない。
「だから、私は、私の望む未来を選ぶの。あなたが私にそうさせてくれるから」
淡いピンク色の瞳は逸らす事なく、ロイの琥珀色の瞳を覗き込む。
「これから先、もし、人生を何度繰り返す事があったとしても、私はあなたの隣を選ばない」
今更、ロイからそんな感情を向けられても困るのだ。それは、本来自分に向けられるべきものではないのだし、なによりもう十分苦しんだ。やっと自分を縛る苦しい感情から抜け出せたのに、もうこれ以上傷つくのはごめんだわと心の中で強く思う。
「だから、私は物語から退場するの。それが、私の望む未来だから」
たとえあなたが阻止しようと私の前に立ちはだかったとしてもと、アリアはロイにはっきり宣戦布告した。
きっと、物語のヒーローと悪役姫が結ばれる事はない。
未来永劫、永遠に。
アリアはそう心の中で締めくくって静かに静かに礼をした。
アリアが宣戦布告をしてから早3週間。
あの後何も言わず静かに離宮を去って行って以降、ロイが離宮を訪ねて来ることはもちろんロイから夜伽に呼ばれる事もなく、それどころか城内で彼の姿すら見かけない。
距離感が結婚した当初に戻っただけなのに、無意識にどこかにロイの痕跡が残っていないかと探している自分に気づき、アリアは自分で自分を叱責する。
自分が拒んで、自分で選んだ"今"なのだ。それなのに、少し前の関係に戻りたいなんて、虫が良すぎる。
きっともうこれ以上増えることはないだろう色とりどりの飴を眺めて、
「これで、よかったはず……よ」
と小さくつぶやいた。
ロイに近づこうが近づくまいが、あと数ヶ月で運命とやらはやってくる。
そうなればどうせこうなっていたのだと思うのに、あの日の琥珀色の瞳が脳裏にチラついて、心の奥がきゅっと苦しくなる。
何度目か分からないため息をついてアリアは溜まっていた仕事に取りかかった。
********
「姫様、殿下と何かありました?」
と騎士団での業務終了後にクラウドに話しかけられたアリアは、
「何もないわ。それどころか、最近お姿もお見かけしていないし」
とそっけなく答える。
「そーすか。ちなみに殿下の今の様子気になりません?」
「別に」
気にならないわけではないが、自分には気にする資格がないと思うアリアはそう言って話を切り上げようとする。
「じゃあ、俺勝手に話しますねー」
が、そんなアリアに全く構うことなくクラウドは勝手に口を開く。
「これオフレコなんですけど、殿下が拾ってきた出所不明の情報で超でっかい悪の秘密組織を壊滅させまして、現在後処理に追われるんですけど、うちの殿下が口を開けば"アリアに会いたい、アリアに会いたい"ってうるさいんですよ。マジで」
「はい?」
「そんな状態なのに"新しい飴仕入れに行かないとストック切れた〜"とか、"禁断症状出そうだから今すぐアリアの髪撫でに行きたい"とか、言って殿下すぐ脱走図ろうとするんでルークがガチギレして殿下の事拘束しちゃって」
今拘束プレーの真っ最中なんですよと笑い事のようにクラウドに話されてアリアは反応に困る。
「最近は姫に、"旦那? 何それ美味しいの?"って言われる夢みたらしいんすけど、姫、殿下のこと覚えてます?」
その時の殿下の顔がマジでヤバめで受けました〜と涙目になりながら主人をいじっているクラウドに、
「…………3週間で顔と存在忘れるほど記憶力悪くはないかな、うん」
何を聞かされているんだろうか、とアリアは硬直する。
「おおーじゃ、存在一応認識されてたって教えてやろー。昨日悪い事したし」
「悪い事って?」
「いえ、大した事じゃないんですけど。殿下が姫に会いたがってたんで、"まぁ俺、毎日会ってる上に、今日は姫の手製の菓子食べましたけどね!"って自慢しただけっす。ガチで肩外されるかと思った」
カラカラと声を立てて笑うクラウドを見て、アリアはつられるようにふふっと吹き出す。
温泉宿での2人のやり取りを思い出し、ロイが"本当に鬱陶しいな"なんて文句を言いながらクラウドに技かけして絡んでいる様がありありと目に浮かぶようだった。
「ハチミツレモンはお菓子に入るの? 全然手がかかってないのに」
「いい浸かり具合でしたよー! また食べたい。んで、殿下に自慢する」
肩を外されかけたらしいのにあっけらかんと懲りることなくそう言ったクラウドに、アリアはおかしそうに笑って、また作らないとねと約束する。
ひとしきり笑ったあと、アリアはポツリと、
「クラウドは本当に殿下と仲がいいのね」
と静かにそう口にする。
自分とロイではそんな風になれるわけがないと分かっていながら、少しだけその関係を羨ましく思う。
「そーですねぇ。生まれた時から一緒にいるんで、多分俺の一生は殿下と共にあるんです」
それはきっと主従を越えた仲だろう。アリアは頼れる侍女のマリーを思い浮かべて、分かる気がすると頷く。
「けどまぁ、俺は殿下みたく頭脳労働派じゃないんで、代わってやれない事も多いし、殿下は文武両道で、できる分だけ人一倍色んなもん抱えてるけど」
権力者って大変だねぇ、ととても真面目な顔をしてクラウドはロイについて話す。
そんなクラウドの言葉に、自室にまで大量の仕事を持ち帰っていたロイの姿を思い出し、今一体彼はどれだけ無理をしているんだろうと思いアリアは目を伏せる。
「殿下は……ロイは1回自分の内側に入れた相手はとことん大事にするタイプだからさ。もし、姫様が殿下の存在忘れちゃっても懲りずに離宮まで行っちゃうんだろうけど、今ちょっとしんどそうだから、少しだけ姫様の優しさをくれませんかね。手紙の1枚でもあれば多分、ロイは機嫌良く頑張るから」
殿下ではなく、ロイと呼び親しい友人として心配するかのようにそう頼んできたクラウドを見て、アリアは笑う。
「……知っています。殿下が、相手を大事にする人であるということは」
きっとキッパリとクラウドの頼みを断り、そんなの知らないわとロイと距離を置くのが正解だとアリアは思う。
でも、そうしたくないと思ってしまうほどには、ロイと時間を共にし、彼の事を知り過ぎた。
あの日のロイの宣戦布告が耳の奥でこだまする。
「私、は……」
ロイが大変な時に無視をして距離を開ける事が後々の"ロイの幸せのため"なのだとしても、今の自分にはどうやってもそれができそうにない。
「手紙、は書きません。けど、預けたいものがあるから、あとで離宮にきてくれるかしら?」
アリアはクラウドにそう言って、離宮の方へ急いで戻って行った。
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