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38.悪役姫は、ヒロインの登場を待ち望む。

 外に出てからしばらく歩いたのちにたどり着いたそこは、大きな木と広い湖がある見晴らしの良い空間だった。


「アリア、ここに寝転んで上見てみな」


 シートをひいた上にコロンと素直に寝転んだアリアは視界いっぱいに広がる星空に息を呑む。

 ロイはアリアの前に指で枠を作り、


「両手に載り切れないくらいの星だろ? そこの湖に映ってるのも全部、アリアにやろう」


 と笑った。


「この湖って」


「ちょうど神殿の真裏だな。あっちの奥の方に見えているのがそれ。誰も来ないから穴場なんだ」


 アリアはびっくりして淡いピンク色の瞳を瞬かせる。

 この湖を表から見た事は何度もあるし、小説の挿絵でもコミックスでも何度となく見返したので知っている。


「こんな場所があったなんて」


 アリアは驚いた声でそう口にする。

 ここは時渡りの乙女聖女ヒナが異世界から転移して来てロイと初めて出会う場所、のちょうど真裏に位置するところになるのかとアリアは脳内データを照合する。大分遠いが、これは舞台裏から見た光景なのだろう。


「ひとりで何か考えたい時、いつもここに来ていた。静かだし、星も綺麗に見えるしな」


 ロイはアリアの隣に寝転んで、星と星を線で結ぶ。


「ここは、人払いしてあって許可した人間しか立ち入れないように魔術式組んでる完全に俺のプライベートな場所なんだけどね。アリアは好きに来ていいよ」


 そう言ってアリアの手首に琥珀色の石のついたブレスレットを嵌めた。


「転移魔法組んであるから、アリアが望めば立ち入れる」


 城内にいる時限定だけど、と静かに話しながら、ロイはそのままアリアの指に1本ずつ指を絡めて優しく手を握った。


「どうして、そんな大事な場所に私を入れてくれるのですか?」


 アリアは星空から隣に視線を移して、夜空を見上げるロイに問いかける。


「どうしてだと思う?」


 問いかけを問いかけで返して来たロイがアリアの方を向く。

 すぐ近い位置で視線が交わり、その琥珀色の瞳が優しくて、アリアはそれ以上言葉を紡げなくなる。


「アリア」


 そう自分の事を呼ぶ声がひどく甘く聞こえる。これで勘違いをするなという方が難しいのではないかと思うくらいに。

 ロイの手がそっと伸びてきてアリアの頬をそっと撫でる。


「それは、俺にとってアリアが」


 アリアの事をじっと見つめる琥珀色の瞳に熱が籠っていて、アリアはトクトクッと自分の心音がはっきり聞こえるくらい大きくなっていることに気づく。

 一旦目を伏せたアリアは、自分の心に聞いてみる。


(私は、どうしたい?)


 この先を聞いてしまったら、そして目を閉じて流されてしまったら、この先に待っているのは、きっと1回目と同じ結末だ。


「ロイ……様」


 伏せていた瞳を大きくさせ、ロイを覗き返したその目は、とても優しい色をしていた。

 アリアはそのまま手を伸ばし、ロイの腕に収まる。


「アリ……ア?」


「私、未来を知ってるんです。全部じゃ、ないんですけど」


 アリアはコテンとロイの胸に耳をあて、その音を聞く。自分と変わらないくらい、早くなっているその音に泣きそうになりながら、努めて明るい声を出す。


「ロイ様は、絶対、絶対、幸せになるから。私がそうなる未来を選びますから」


 だから、私は選択を間違えたりしないとアリアは言葉に出さず胸の内でつぶやく。


「だから、大丈夫。あなたは幸せになれるヒトだから」


 沢山色んなものをくれた今世に出会ったロイには、絶対幸せになって欲しい。


「だから、もう少し、私に時間をください」


 アリアはロイに抱きついたまま、アリアは自らの未来を選ぶ。


「そうしたら、きっと」


 ヒナが来るから。

 アリアは涙を溢すことなく、穏やかな気持ちでそれを受け入れた。


「……分かった」


 そこから先言葉を紡がないアリアの事をどう解釈したのか、ロイはアリアの事を抱きしめ返して、とても大切なモノに触れるようにその長い髪を撫でて、そこに口付けた。

 そんなロイの温もりを感じながらアリアは自身の胸に決意を刻む。

 ロイを幸せにできるのも、ロイの地位を盤石にできるのも、自分ではない。もうすぐやってくる、聖女ヒナなのだ。


(だから、ロイ様に愛されることよりも、私は物語からの退場を希望するわ)


 これは、彼と彼女のための物語。だから一時の感情で間違えたりしないとアリアは強く思う。

 自分が破滅しないためだけじゃなく、彼と彼女に幸せになって欲しいから。

 

(当て馬の運命からは、逃れられそうにないな)


 アリアはそっと苦笑して、今世は自ら当て馬になる事を選択した。

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