37.悪役姫は、もてなされる。
夜伽に呼ばれたアリアは前回の事を思い出し、全面に警戒心を押し出して隅っこに座っていたのだが、そんな様子をロイは楽しそうに笑いながら、お茶とお菓子を内緒な? と言って出してくれた以降ずっと机に向かって仕事をし続けている。
「…………殿下」
「ん? おかわりいる?」
「いや、そうじゃなくて。その仕事量、自室にお持ち帰りするレベルじゃないですよね? そんな状態なのに私の事呼んだんです?」
私、普通にお茶しに来ただけになってますけど? と警戒心がなくなったアリアはむしろ心配そうにロイの側に寄ってくる。
「約束果たすなら日は今日がいいなと。時間的にはもうちょっとあるから、ゆっくりしてるといい」
「殿下が仕事してるのに、1人だけくつろげませんよ」
「アリアは基本的に真面目でいい子だな」
くくっと喉でおかしそうに笑ったロイは、アリアに手を伸ばしかけて手を止める。
「髪、撫でていい? 嫌ならやめる」
それらしいことを何もしていないとは言え皇太子妃という立場上、命令されればアリアが拒む事はできない。それなのに、ロイはこんな事でさえ一々アリアに許可を取る。
どこまでが許されるのか、ひとつひとつ確かめるみたいに。
「ものすごーく反省してる、って言ったろ?」
何故? と怪訝そうな顔をしていたアリアを見て、クスッと笑ったロイはそっと手を引っ込めた。
その琥珀色の目が少しだけ寂しそうに見えて、アリアは何故か罪悪感を覚える。
(別に、勘違いもしてないし、絆されもしないけど)
簡易椅子を持ってきてロイの隣に座ったアリアは、
「……どうぞ」
と膝を抱えて背を向けて小さな声で、許可を出した。
そんなアリアにクスクスと笑ったロイは、
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そっと、まるで壊れ物にでも触れるようにアリアのシャンパンゴールドの髪を撫でる。そんなロイに撫でられるのが心地よくて、アリアはそっと目を閉じてロイにもたれかかる。
「アリアの髪は触り心地いいな」
「……マリーの手入れがいいんですよ」
「マリー有能だな」
「あげませんよ? マリーは私の家族なので」
マリーの事を褒められて嬉しそうな声でアリアは笑う。
「アリアは、兄にしても姉にしても家族の話をする時は嬉しそうだな」
「私にとって、何より大事な人達ですから」
3回目の人生を生きるアリアにとって、もう2度となくしたくない、大切な繋がり。
「……会いたいなぁ、兄様達にも、姉様達にも」
1回目の人生では、嫁いで以降2度と会うことが叶わなかった、家族たち。今世は物語から退場したら、一人一人に会いに行くのもいいかもしれない。
「手紙、書こうかな」
会いたい、と一度思ってしまうとその思いがとめどなく沸いてきて溢れそうになる。
「アリアの国はそれだけきょうだいがいて、継承権争いは起きないのか?」
「ルシェお兄様が優秀ですし、欲しければみんな自力で取りに行きます。そういう国なんです。うちは」
仲がいい、だけではないかもしれないし、必ずしも一枚岩でもないのかもしれない。
だけど、目を閉じて思い出す故郷は、いつだってアリアにとって優しいものだった。
「適材適所。成るべき人が成ればいい。代わりはいくらでもいるんです。たとえ、それが玉座に座る人間だとしても」
みんなそれを知っている。だから、何かがあっても託せるように、相手を大事にする。
本当に、人が宝のような国だった。
「……会いたい、なぁ」
ロイに大人しく撫でられながら、アリアはぽつりと言葉を落とす。
「お父様、お母様、ルシェお兄様、アレクお兄様、フレデリカお姉様、ローラお姉様、ユリアお姉様、他にもみんなに会いたい……な」
慕う様に紡がれるアリアの大事な人達の名前を聞きながら、ロイはただ羨ましいと思う。それほど大事だと思う相手がいるアリアの事も、アリアにとって名を呼ばれるほど恋しく思われる存在も。
「アリア、星を取りに行こうか?」
しんみりとしてしまったアリアの頭を撫でて、ロイはアリアに静かに話しかける。
「星?」
淡いピンク色の瞳が開かれて、ロイの言葉を繰り返す。
「約束したからなぁ」
もういい時間だし、と言ってアリアの手を引いたロイは本棚を押して何かを操作する。
ガチャッと音がして開いた先には真っ暗な通路が繋がっていた。
「こんなところにあるんですね」
「なんだ、驚かないか」
「まぁ、あるだろうなとは思ってました。うちにもありますし」
魔法でランプに明かりを灯したロイは、隠していた箱からローブや靴をアリアに渡す。
「殿下、手慣れ過ぎてません?」
「まぁ、ガキの頃から割とよく抜け出してたからな」
自分もそれなりに覚えがあるので、けしてヒトの事は言えないが、ロイは随分とわんぱくだったらしい。
小説に出て来ないそんな彼の過去も3回目にして初めて知った。
楽しそうに部屋を抜け出すロイの後を追って、アリアは音もなく付いて行った。
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