34.悪役姫は、偽装する。
「かっ、勝ったっーー!!」
ゲームで黒星が溜まりまくっていたアリアはようやくあげた1勝にそう叫ぶ。
「ははっ、アリアはなかなかに負けず嫌いだな。だいたいの奴は俺に全く勝てなくて諦めるんだが」
何度打ち負かされても『もう1回』を繰り返すアリアに付き合って様々なゲームをし続けたけれど、遂に国取りゲームをハンデ無しでアリアに負けた。
「アリアは本当に努力家だな」
何度負けてもめげずに対策をこれでもかと考えて、ロイが考えつかないような奇抜な手を打ってきた。
それは普段のアリアの仕事ぶりを見ているかのようだった。
「殿下だって、かなりの負けず嫌いじゃないですか。全然勝たせてくれないし」
駒を片付けながら、アリアは人の事言えないでしょ? と口を尖らせる。
「それに、とっても努力家の頑張り屋です。そんなの見てたら、私だって頑張りたいって思っちゃいますよ」
片付け終わったゲームをロイに返しながらそういって屈託なく笑った。
「そう言われると報われる気がするな」
そんなアリアの頭にポンッと軽く手を乗せたロイは、優しくアリアを撫でて飴を一つ彼女の手の上におく。
「"できて当たり前"だからな」
ロイからの頑張ったともらえるご褒美。それを大切に握りしめたアリアは、
「……殿下は努力の天才です。本当に尊敬します」
3回目の人生でようやくたどり着いた彼の為人をそう評して賛辞を述べた。
驚いたような琥珀色の瞳を見ながら、アリアは言葉を続ける。
「当たり前、なんかじゃないです。殿下の頑張りは」
ロイは小説に描かれていたアリアの憧れた無敵のヒーローなんかではないかもしれない。
でも、そうあろうと努力し続けられる生身の人間であるロイの方が、今のアリアには完全無欠の皇子様なんかよりも何倍もかっこよく思えた。
「殿下、私でお役に立てることはありますか? 本当は色々言われているんでしょ……この夜の過ごし方について」
「アリアの成長ぶりには、本当に驚くな」
隠していたことがアリアに伝わってしまったかと、ロイは苦笑する。
夜を共にしているが、実際彼女に手を出していないだろうことはすでにバレていて、これを夜伽と押し通すのが難しい状況ではあった。
「けど、まぁ押し通すよ。アリアの嫌がることはしない約束だ」
アリアを呼んだ初日の彼女の真っ青になっていた顔を思い出し、ロイは大丈夫と笑う。
ようやく頭を撫でられるくらい近づいても大丈夫になったアリアとの距離を無理に縮めて怯えさせたくはなかった。
「なんとかするのが、俺の仕事だよ」
「……そうやって、ずっとひとりで頑張ってきたんですか?」
沢山の持ちきれないほどの荷物を抱えて、たったひとりで。
誰からも頑張りを認められることも褒められる事もなく。
今までずっと。
(ヒナがくればきっと、ロイ様の心も癒されるのだろうけれど)
それまで、本音を吐露する事もできず、たったひとりで?
そう考えるとアリアは堪らなく泣きたい気分になった。
アリアは姉のフレデリカに言われた言葉を思い出す。
『夫婦っていうのは外から見ただけじゃ分からないことも沢山よ。運命の恋? 真実の愛? そんなものでどうにかなるなら誰も苦労しないわよ!』
全くもってその通りだ。
1回目の人生では、ロイの本来の姿と向き合う事も彼の葛藤や苦悩に気づく事もなく、ひとりで全部背負わせてしまった。
けれど、時間をかけて、言葉を重ねて、探り探り手を伸ばして、お互いを知ろうとした今ここにいるアリアは、それがどれほど苦しいことなのかを知っている。
(この人は、私のモノではないけれど)
ロイは、帝国の風潮に合わない自分を晒しても、アリア自身を見ようとしてくれた。
ロイは、規格外な方法で策を講じても叱らずに笑い飛ばしてくれた。
ロイは、自信を失っていたアリアに強くなれと言って、頑張りを認めて信頼をくれた。
ロイは、アリアが傷つくことがないように、沢山の気遣いと穏やかな時間をくれた。
そんな、ロイのために。
「できるならあなたの抱える苦労を一つでも払うことを、私が望むことは許されますか?」
それは、ヒナが来てロイが恋に落ちるまでのわずかな時間の刹那的関係でしかないだろうけれど。
今、彼の妻という立場を持っている自分にしかできないこともあるはずだ。
アリアからの問いかけに、しばし悩んだロイは、ゆっくりとアリアに手を伸ばし、アリアの頬に触れる。
とても近い距離で琥珀色の瞳にじっと見つめられたアリアは、目を閉じることも逸らすことも抵抗することもなく、ロイの選択に任せた。
「ありがとうな、アリア」
ロイはふっと表情を崩し、優しく微笑んでアリアの髪をゆっくり掬って撫でた。
「けど、俺は今アリアと関係を持とうとは思ってない」
やはり自分ではダメだったかと、アリアはゆっくり頷く。
「ごめん、なさい。余計なお世話でしたね」
目を伏せたアリアに、ロイはゆっくり言葉を落とす。
「そうじゃなくて、俺はアリアが心を許せると思うまで待ちたいと思っているから」
ロイはアリアの顎に指を添えて顔をあげさせ、目を合わせて笑う。
「言ったろ? 選ばせてやるって。同情心や義務感で自分を安売りするな」
「……別に、同情したわけではないんですけれど」
義務感がなかったとは言えない。
自分が拒むせいで、ロイに負担を強いているという負目は正直ある。
そんなアリアを見透かすようにじっと見てくる琥珀色の瞳は、ふむと頷き、
「じゃあ、偽装の手伝いでもしてもらおうか」
と言った。
「偽装の……手伝い?」
意味が分からず首を傾げたアリアに、ロイは自分の首を指さして、
「痕つけてもいいか? 目立つとこに」
とアリアに尋ねる。
「……痕?」
「一番手っ取り早くてわかりやすい。見た人間が勝手に夫婦仲は良好だと思ってくれるさ」
「…………あー、そういう」
アリアは1回目の人生の記憶を思い出し、口元を覆う。
夜伽に呼ばれた時、必ず目立つところに痕をいくつもつけられた。あの時は気づかなかったが、それにはそういう意図があったらしいと今知った。
そんな時まで計算しながら生きていかなくてはいけないなんて、なんて難儀な人なのだろうとアリアは呆れてしまう。
だけど、それには確かに効果があった。それは1回目の人生の時に実証済みだ。
「いいですよ、つけても」
ヒナの事を思えば、本当は不仲説が流れたままの方がいいのかもしれない。だけど、このままロイだけに負担を強いて、彼の立場を悪くするのは嫌だった。
それにロイと関係を持つ事に比べれば、アリア的には格段にハードルも低い。
「それで殿下の周りが少しでも静かになるなら」
アリアはゆっくり頷くとロイにどうぞと微笑んで了承を告げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言ったロイはアリアに腕を伸ばすと膝の上に乗せ抱き抱える。
「あの、えっ!?」
驚くアリアに、ロイはクスッと笑って、
「近づかないと痕つけられないだろ」
当たり前のようにそういう。
「そう、ですけど……」
だからといって、ロイの膝に乗せられ腕の中におさまる必要はあるのかと思わなくはないが、了承した以上異議は唱えられない。
今まで触れないようにしていた分、ここまでの近さに心音が否が応でも早くなる。
「嫌ならやめようか?」
コツンと額同士を引っ付けてロイがそう尋ねる。
「大丈夫……です」
その近さにも、ロイが触れる指先にも嫌悪感はなくて、アリアは小さくそう答えた。
ロイは少し顔を離してアリアの髪をそっと撫でる。
そのまま指をアリアの首筋まで流し、ゆっくりと優しくアリアの形をなぞるように触れる。
「アリア」
耳元でロイに囁かれ、胸の奥がきゅっと甘い痛みを伴っていっぱいになる。
アリアの首筋に唇が寄せられ、チュッと音を立てて何度もキスを落とされる。
「……ん……あっ……」
舌で首筋を舐められたりキスされたり、指で梳かすように優しく撫でられ、それに反応するように声が漏れ恥ずかしさでアリアは顔を赤くしながら唇を押さえる。
「やぁ……ん」
甘く小さく鳴くアリアのその反応を楽しむようにゆっくり首筋に吸い付いたロイは、唇を離しそっとアリアの髪を上げる。
「ん、綺麗についた」
満足そうにその箇所をなぞったロイは、そのままアリアを引き寄せて優しく抱きしめた。
たったこれだけの事にいっぱいいっぱいになって大人しく身を寄せるアリアの髪をロイは梳くように撫でてそこに口付けて、
「アリア、可愛い」
と囁いた。
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