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30.悪役姫は、変化をもたらす。

 王都に戻ってからのアリアの生活は今までと一変した。

 住まいは変わらず離宮で肩書きは皇太子妃のままだが、アリアは今一介の騎士として騎士団の中に放り込まれている。


「ロイ様、正気ですか!?」


 そんな暴挙に出たロイをルークは毎日のように嗜める。


「適材適所。アリアが息もできないようなイスに縛りつけたくはない」


 手っ取り早く、そして誰の目にも明らかにアリアの功績を知らしめるなら実力主義の騎士団が一番適している。

 そう判断したロイは多くの批判と反対を受けながら、自身の責任でアリアの騎士団入りを押し切った。


「適材適所って、それは皇太子妃の仕事では」


「クラウド、報告」


「荊姫、めちゃくちゃ強いっす。俺、気抜いたら筆頭の座取られそう。実力だけなら間違いなくこの国で3本の指に入りますよ」


 本日の訓練でアリアに1本取られたクラウドは悔しそうに、そして好戦的に瞳を輝かせながらそう報告を述べる。


「だからって、彼女は皇太子妃ですよ! 騎士団の中に放り込むなど」


「俺、今回は全面的に殿下に賛成」


 ルークの言葉を遮って、クラウドはロイの方針に1票投じる。


「クラウドまで、何を言って」


 クラウドの言葉にルークは目を見張る。

 ロイの命令で渋々アリアを騎士団に受け入れたクラウドだが、当初誰よりもアリアの騎士団入りを反対したのはクラウドだった。

 普段ふざけているように見えても、彼は自身の職務に対しては忠実で誇りを持っており、誰より厳しくけして手心を加えたりしない。

 そのクラウドが全面的に賛成だという。


「剣は嘘つかないから」


 ひどく真面目な顔をして、クラウドは自分の手に視線を落とす。


「どれだけ才があったとしても、ひたむきに努力できなければあれほどの能力は開花しない。アリア姫がどれだけ真摯に己の剣と向き合ってきたかは、打ち合えば分かる」


 アレは覚悟を決めた人間の戦い方だとクラウドは思う。自分がロイに剣を捧げようと決めたのと同じく、アリアも覚悟を背負って騎士として剣を取っている。

 迷いのない剣筋に、羨望と嫉妬を覚える程だ。


「魔剣、というものは本人の能力以上を引き出すと聞いていますが?」


「バーカ。普段から魔剣なんか使うかよ。今日の訓練で一本とられたのだって、訓練用の剣だ」


 魔剣にしろ、聖剣にしろ、剣に選ばれるという事は、主人として使いこなせる才がある事が大前提だ。

 その上で剣を律する事ができなければ、すぐに呑まれて命を落とす。

 そうならないための訓練がどれほど過酷か、聖剣に選ばれたロイを間近で見てきたクラウドは知っている。


「騎士団でのアリアの様子はどうだ?」


 ロイにそう聞かれ、クラウドは正直に所感を話す。


「剣を握った時は表情が全然違って、すっごい凛々しくて、全部を薙ぎ払うって感じで無双してるんですけど、剣をおいたときは自分が一番新米だからって雑用も積極的にやってくれるんです。あの淡いピンク色の瞳であんなに可愛く笑われたら、ギャップ萌えでもう全員骨抜きですよ」


 それはまた悪い噂が立ちそうだと顔を顰めるルークに手を振って、クラウドが否定する。


「俺たちもプライドあるから。一緒に仕事して命を預け合う以上邪な目で見たりしねぇよ。姫様に負けらんねーっていう反骨精神と憧れとあとは"守られたい"っていう願望かなー」


「"守りたい"じゃなくて?」


「背中を預けて戦いたいと思う。そして彼女にも預けられると思ってもらえるだけの実力が欲しい。てな感じで、うち今まで以上にみんな訓練に大真面目に取り組んでるよ。姫様見てたら浮ついてる暇なんてミリもないね」


 うかうかしてたら功績全部持っていかれそうだし、とアリアがいる事でいい刺激になっている事を報告する。


「結果は必ずついてくる。アリアに選ばせてやると約束した。現にアリアに対する評価が変動しつつあるだろう」


 アリアは沢山の批判や悪意をその剣で跳ね除け続けた。未だに厳しい声が多い。だが、実力で駆け上がっていく彼女を見て、それに惹かれていく人間も確かにいた。


「姫様見てて思うんだよね。何でこの国って女の子ってだけで主体的な仕事持てないんだろうなって。今まで、考えたこともなかったけどさ」


 女は仕事持ってたとしても結婚して辞めるのが当たり前。だから、出世なんてさせる必要もないし、正規職なんてそれこそ数えるほどしかない。

 それがこの帝国での"当たり前"だから。

 そこに疑問を挟む余地などなかった。


「なんかこーさ、俺ら男の方が無条件に優れてるって思ってたんだよなぁ。姫様に打ち負かされて、うちの野郎どものプライドバッキバキよ? しかもあんなに楽しそうにきっつい仕事、平気でこなされちゃね。考えちゃうよね。今まで信じていた常識ははたして正しいことなのか、って」


 そう思う人間は他にもいるのだろう。だからこそ、最近はアリアの事をこっそり覗きに来るご令嬢が増えた。


「そうであったら、という願望は多分昔からあったんだ。引きずり出すきっかけがなかっただけで。さて、そんな願望と支持者を獲得できたなら、皇太子妃(アリア)の評価はどうなるだろうな?」


 楽しそうに琥珀色の瞳が先を見据えて問いかける。


「……殿下がそうなるようにシナリオを噂として流してるじゃないですか」


 そうやっていらない敵まで増やすとルークはため息混じりにそういった。


「大衆を扇動するのも立派な戦略の一つだ」


 キッパリとそう言い切るロイに、クラウドは揶揄うような視線を送る。


「惚れたんですか?」


「さぁ、どうだろうな」


 実のところ、ロイ自身にも自分のアリアに向ける気持ちが何なのか分かってはいなかった。

 ただ、旅行先でアリアと過ごしたあの晩、確かに思ったことはある。

 あんな風に誰かを想って泣けるアリアの素直さが羨ましいと。そして、その熱量を自分に向けて欲しいと淡いピンク色の瞳を見ながらそう思った。

 大事なものを持ち、守ってやれる余裕など今の自分には有りはしないというのに、勝手なものだとロイは呆れる。

 それでも、と思う。

 感情に振り回されるわけにはいかない自分には、まだこの気持ちに名前をつけるわけにはいかないが。

 それでも、アリアには笑っていて欲しい。

 そう願ってしまう自分が確かにいて、いつの間にかアリアの事を目で追っていた。


「ああいうタイプは、抑えつけるより好きにさせる方が伸びる。その方が国益にもなるしな」


 それまでアリアに対する批判を抑え、操作するのが自分の仕事だとロイは言い切る。


「とにかく、もう少し見守ってくれ」


「分かりました。ですが、私は少し心配です。ロイ様は、内側に入れるまでは警戒しますが、その後は身内に甘いところがあるので。苦言は言わせてもらいますからね」


 ロイが間違っているという確証がない以上、結局のところロイの決定には逆らえない。ルークはため息を吐きながらそう言って了承を告げた。


「ああ、それともう一つ言っておかねばならない事が」


 そろそろだとは思っていたがルークから聞かされた言葉に、辟易しながらロイは暗いモヤを飲まされた気持ちになりながら仕方なく頷いた。

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