25.悪役姫は、突撃する。
まずは先入観を持たずに見てほしい、読んだ後で質問があれば受け付けるとロイから渡された分厚い闘病録は、とても綺麗な字体でロイ本人が記載したものだった。
アリアはそれに丁寧に目を落としていき、症状の経過や患者の共通点を探っていく。
海軍従事者や航海者などここにいる患者のほとんどは長期間海に出ている職の男性だった。
(すごい。ここにいる人以外にも、似たような例を探して調べてある)
飢饉があった年のある村でこの病気にかかる人が発生した時は性差年齢関係なくこの症状が起きていた。
それ以外にも過去行軍中にこの症状が発生した記録を見つけ、そこのページの字体が乱れインクが滲んでいる箇所もあった。
『俺の古き戦友たちも何人かここで息を引き取った』
ロイのその言葉を思い出し、アリアは口元を覆う。これは、ヒトの死の記録だ。
小説には出てこない、この世界で生きて死んだ人の記録。
ロイは、どんな気持ちでコレを記録し続けたのだろう? それを思ってアリアの心は苦しくなった。
アリアは休憩も取らずずっと目を通し続ける。その中でアリアはこの病気は不治の病であり祟りや呪いの類と同列視され国としては調査を打ち切り、予算もつかず、患者を打ち捨てたという事を知った。
外部に出さないためにかろうじて受け入れている療養所と名づけられた隔離施設。それがこの療養施設の実態だった。
数年分の記録に目を通し、経過をさらって整理したメモに目を落とす。
「私、この症状知ってる」
それは、2回目の人生で"壊血病"と呼ばれていたものだった。
「ビタミンCを取ればいいんだけど、どうすれば」
この病気はこの世界では解明されておらず、栄養素なんて概念がないのでビタミンCが不足してるからなんて説明通じるわけもない。
そもそもどうやってビタミンCを取らせれば。
「サプリメントなんてないしな」
療養所で聞いた話だと病人たちが口にするのはほとんどパンがゆとお白湯。これではいつまで経っても治るわけがない。
うーんとアリアの思考が止まったタイミングで、
「お茶はいかがです? 姫様」
と、マリーから声がかかった。
「マリーはいつも欲しいタイミングで声をかけてくれるわね」
マリーを部屋に招き入れたアリアはお茶を準備するマリーを見ながらお礼を述べる。
「当たり前じゃないですかー。私がいつから姫様に仕えてると思ってるんです?」
「はぁ、本当マリーには頭が下がるわ」
「ふふーん、感謝してくださいね♪姫様ほどお転婆さんにお付き合いできるのなんて、マリーくらいですからね」
頼りになる侍女マリーとはそれこそ幼少期からずっと共にいるので、本当に頭が上がらないとアリアは彼女の存在に感謝する。
「本当、いつもありがとう。振り回してごめんね」
そう言ったアリアにマリーは満面の笑みを浮かべ、
「いいですよ。姫様が元気ならそれで」
優しい口調でそう言った。
お茶請けとともにアリアの前に見覚えのあるお茶が出てくる。
「わぁーいい匂い」
「ですよね。私も初めてです。玉露って言うお茶だそうですよ。翡翠色が綺麗ですよね」
玉露の説明をしてくれるマリーの声を聞きながら懐かしいお茶の香りを堪能したアリアは一口ゆっくり口にする。
「美味しい」
「美味しい淹れ方を教えてもらったんですよ! 茶器も違うし、新鮮でした」
と得意げに話すマリーを見ながらアリアは、あっと叫ぶ。
「ごめん、私ちょっと殿下のところに行ってくる!」
お茶残ってたらもらって行っていい? とアリアはそそくさと立ち上がる。
「ちょ、姫様! 今からは流石に迷惑かと」
今何時だと思ってるんですかと止めるマリーに首を振る。
「寝てたら帰ってくるから」
部屋の前にはおそらく護衛騎士のクラウドがいるはずだ。止められたら帰って来ればいい。
アリアは軽く身支度を整えてロイの部屋に向かって歩き出した。
部屋の前でクラウドに声をかけると、訪ねて来たアリアを見てぱぁぁっと顔を明るくしたクラウドは、ロイに確認することもなくすぐさまアリアと共に中に入る。
「おい、クラウド。仕事中は集中キレるから部屋に入るなっていつも言ってるだろうが」
チッと舌打ちをし、あからさまに不機嫌なロイを見て全然大丈夫じゃないじゃんとアリアはクラウドの後ろで小さくなる。
玉露でテンションがあがり、マリーの助言を無視した事を今更ながら後悔する。
「でーんかっ! いいんですか? そんな事を言っちゃって〜」
が、そんなロイの不機嫌など全く気にも止めずクラウドは絡みにいく。
「お前本当鬱陶しいな」
ロイのいつもより低い声と部屋に漂う不穏な空気に思わず回れ右をしそうになったアリアを、
「じゃん! 殿下っ、なんとアリア姫がわざわざ夜這いに来てくれましたー」
全く空気を読まない口調でクラウドが紹介する。
「は? いや、ちがっ」
クラウドのセリフに顔を青くしたり赤くしたりしながら、アリアはブンブンと首を横に振る。
「いやぁ、マジで結婚以降どうなるかと思ってたけど、殿下良かったっすね! 旅行マジック!!」
「あの、ちょっ、ま……」
今どう考えても入室禁止じゃん。
なんで通したの? とパニックになりながらアリアはクラウドの事を張り倒して逃げたい衝動に駆られる。
眼鏡越しにじっと琥珀色の瞳に見つめられ、アリアはカタカタ震えながら、ああ、動物が狩られる時の気持ちってこんななんだとヘビに睨まれたカエルの逃げられない気持ちを体感的に理解した。
「んじゃあとは若いお二人で〜俺超できる部下!」
ぐっと親指を立てていい笑顔でクラウドはそう言うと、
「は、ちょ、本当ま」
待ってとアリアが言い終わる前に、じゃっと言い残してクラウドは本当にアリアを部屋に残して去っていった。
パタンッと扉の閉まる音とガチャっと外から鍵がかかる音を聞きながら、マジで何してくれてんの!? とアリアは内心で叫ぶ事しかできなかった。
部屋に残された2人の間で重い沈黙が漂う。
「で、殿下っ!」
沈黙に耐えられずアリアは声をかける。
「眼鏡、似合いますね」
が、咄嗟に何を言えばいいのかわからず、出てきた言葉がコレだった。
いや、違う。これは絶対違うって事だけは分かる。
見た事のないロイの眼鏡姿に、かっこいいけど小説にそんな設定あったっけなんて、思考の遅くなった頭をぐるぐる回転させて、アリアは必死に取り繕う。
そんなアリアを見てため息をついたロイは、アリアの方に手を伸ばす。伸びてきた手を認識し、怒られるっと子どもみたいに肩をびくっとさせて目をぎゅっと閉じる。
「っふ……前も言ったけど、そこで目を閉じたら何されても文句言えないぞ、アリア」
伸びてきた手はアリアの頭に乗せられていて、子どもを落ち着かせるみたいにゆっくりアリアの頭を撫でる。
落ちてきた声は怒ってなどいなくて、先程までの不穏な空気も消えている。そっと目を開ければ、自分を見つめる琥珀色の瞳と目があった。
「遠視なんだ。普段はかけないが、長時間集中するとつかれるからかけることにしている」
アリアは一瞬何を言われているのかわからずポカンとするが、さっきの咄嗟に出た言葉の返事だと分かり、そうなんですねと小さく答えた。
「あと、クラウドとは乳兄弟でな。昔から側にいるせいでだいぶ気安い。普段はあんな感じだが、悪気はない。許してやってくれ」
それは小説の設定で知っていますとは言えないアリアは黙ったままコクコクコクと何度も頷いた。
「で、アリアの用事は?」
夜這いに来たとは思われていないらしいとほっとした表情を浮かべたアリアは、
「夜分に、申し訳ありません。お茶を一杯いかがですか?」
ふーっと息を吐き出して、ようやく本題を切り出した。
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