20.悪役姫は、覚悟を決める。
月日はあっという間に流れ、フレデリカが帰国していく日になった。
「お姉様にお会いできなくなるのが、とても寂しいです」
今回、フレデリカには沢山助けてもらった。何よりフレデリカが側にいる、と言うだけでアリアは非常に心強かった。
「お姉様達に協力してもらったのに、離縁に至らなかったし、私のせいできっと沢山嫌な思いをしたでしょう? 本当にごめんなさい」
今回公務でのアリアの立ち振る舞いは、リベール帝国の女性ましてや皇太子妃としては褒められるものでは決してなかった。
外交に口出しをし、狩猟大会に参加し、暗殺者を打ち取る女性なんて、この国では淑女失格で、アリアに対する沢山の非難の声が上がっているだろうし、アリアの身内であるフレデリカもきっと嫌味を聞かされたはずだ。
「ふふ、言いたい人には吠えさせておけばいいのよ、アリア。蛮国と揶揄される国の支配者の妻たる私が普段どれだけの数を蹴散らしていると思うの?」
帝国淑女はキャンキャン吠えるだけ噛みついてこないなんて可愛いわねとにこやかに笑う姉を見て、お姉様怒ってるーっとアリアは背筋が伸びる。
「アリアに対してじゃないわ。私の可愛い妹の悪口と悪意に対してよ。どうしても我慢ならなくなったらウィーリアに逃げてらっしゃい。うちはいつでも歓迎よ」
そんなアリアにくすっと空色の瞳が笑いかける。フレデリカのふわりと柔らかい雰囲気の笑顔に、アリアの緊張が解けていくと共に別れの時を思って寂しさが募る。
「まぁ、でも。アリアのあからさまな嘘を追求せず、花束を持って足繁く噂の火消しを自ら行う皇子様がいるなら、大丈夫かしら?」
フレデリカは部屋に溢れる花とその脇に控えめに飾られた王冠に視線をやって意味深に笑う。
「要するにロイ様が離宮に来られるのって"見せる用"ってことですよね」
アリアが回復して以降も何度も花束を持ってロイが離宮まで足を運ぶのは、皇太子妃がこんなのでもキルリアを軽んじないと対外的に示しているのだろうとアリアは不貞腐れたようにそう言う。
「まぁ、その側面がないとは言わないわ。皇太子妃の評価はロイ様自身の評価にも繋がってくるし」
見せたいように見せるって、とても大事な事なのよ? とフレデリカは優しくアリアを嗜める。
「ロイ様の真意を代弁できるほど私は彼を知らないし、それはアリアがすべき事だから口出ししない。だから、これはアリアに対しての姉としての個人的なアドバイス」
とフレデリカは前置きをして、アリアの淡いピンク色の瞳に話を聞かせる。
「元々言葉で伝えられることなんて、きっとギリギリに水を溜めたコップからどうしようもなく溢れ出した水滴くらい少なくて、立場というものがあれば更に溢せる量は少なくなるの」
分かるでしょう? とフレデリカの空色の瞳が尋ねる。
父もそしてキルリアにいる一番上の兄もそうだ。落としたその言葉には、責任が伴ってしまうからどうしたって紡ぐ言葉は慎重で、数が少なくて。そして、多分それは皇太子であるロイも同じだ。
それでもロイとは違い父や兄の真意が分かるのは、それが自分を思っての事だと信じられるのは、そこに為人を知った上での確かな"信頼"があるからだとアリアは思う。
「事実、は誰が見ても変わらないけれど、真実は見る角度で形を変えるわ。一方向だけでは分からない"真実"とやらが見たいならそれ相応の覚悟と信頼が必要ね。そうして情報をかき集めて対策した先で、あなたの成し遂げたいモノが得られる、かもね?」
それ相応の覚悟。
アリアはフレデリカの言葉を噛み締めるように心に刻む。
ロイとヒナが幸せになる大筋を変えずに、アリアが望む悪役姫退場の筋書きに変えるには、ロイの事を知ったつもりで深く知ろうともせず、一方的に拒絶して無策に離縁を迫ってもダメだと言う事だろうか?
(心が揺れてしまうから、向き合うのが怖かった……けど、このままじゃダメなのかも)
「ねぇアリア? アリアはアリアのままでいいのよ。大丈夫、確かに帝国淑女の風潮にはそぐわないかもしれないけれど、あなたの活躍に心惹かれる人もいるはずよ。強くありなさい、アリア。キルリアの姫の名に恥じない様に。自分を好きだと誇れるように」
フレデリカの言葉にアリアは顔を上げる。
「少なくとも私はアリアが大好きよ」
そう言って笑いかけてくれるフレデリカにアリアは抱きつく。
「私も、お姉様が大好きです」
まだ悪役姫と呼ばれていない今、自分のことを大好きだと信じてくれる大事な家族がいる。1回目の人生で、自分はどうしてこんな大切な繋がりを蔑ろにしてしまったのだろうとアリアは悔やむ。
(今度は、絶対無くさない。だから、物語から退場するの)
そのために必要なのは、自分の覚悟とロイからの信頼。
アリアは拒絶して目を逸らしていた部分と向き合う事を決めた。
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