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14.悪役姫は、夢うつつ。

 死ぬ最期の瞬間に頭を掠めたのは"どうして"だった。


『"どうして"ロイの隣にいるのは、私ではないのだろう?』


『"どうして"ヒナはあんなにもロイに愛されたのだろう?』


 自分と彼女の違いは、一体なんだったのか? 3回目を生きる今のアリアは、その答えを知っている。


 自分ではどうしようもないことなのだから、いっそのことロイなんて嫌いになれたら良かったのに。

 だけど、1回目も、今世でも、戦場で彼に救われた記憶が、そして偽りだったとしても1回目の生でヒナが来るまでの間ロイに優しくされた記憶が、自分の中に確かにあってどうしても、ロイの事を嫌いになんてなれなくて。


(悪役姫なんだから、本当の気持ちなんて、絶対晒させないんだけど)


 自分が何もしなくても、ヒナさえくればロイは幸せになれるのだけど、物語から退場する前に、ほんの少しだけ爪痕を残してみたくなったのは、きっとただのわがままだ。


*****


 意識が浮上したアリアは視界に入った天井をぼんやりと眺める。働かない頭で見覚えのない天井を見て、より一層夢と現実の境目が曖昧になる。

 身体を蝕む熱と痛みが輪をかけて頭をぼーっとさせる。

 これが夢なら、自分は今何回目の生のどこにいるのだろう? アリアは熱に浮かされながらそんな事を考えた。

 小さな音がして、ドアが開く。


「マ……リー?」


 アリアは掠れる声で頼れる侍女の名前を呼んだ。その呼びかけに返事はなく、薄ぼんやりと開いた淡いピンク色の瞳は宙を彷徨って、側に来た人物を捉えたが、額に当たったヒヤリとした冷たい感覚に重たい瞼は直ぐに閉じる。

 浮いたり沈んだりするふわふわとした意識の中で、ああこれは夢だとアリアは思う。

 でなければ、彼がここにいるわけがない。


「ふふ、こんな時ですらロイ様のことを求めるだなんて、私は一体どこまで浅ましいのかしら」


 アリアは自嘲気味にポツリとつぶやく。

 声が出ているのかいないのか、それすら分からないふわふわと浮いた感覚の中、アリアの閉じられたまぶたから一筋涙が零れた。


「夢なら、盛大に文句を言ってもいいかしら?」


 そう、これはきっと自分の浅ましさが見せている幻だ。

 どうせ朝には消えてなくなるのだから、幻影にくらい文句を述べたい。


「……ロイ様なんて、嫌いよ。大っ嫌い」


 アリアは自身の中に燻っている毒を吐き出すように、文句をぶつける。


「確かに私は悪役姫で、当て馬で、私のしたことなんて褒められたものではなかったわ。だけど、私だけが悪なのかしら?」


 自分が1回目の人生でヒナにした行いは、決して許される様なものではなかった。それを2回目の人生で小説を通して学んだアリアは知っている。小説の主人公達に文句を言うなんて、理不尽な八つ当たりでしかないことは十分に承知している。それでも『だけど』と思ってしまうのだ。


「好きな人ができたなら、さっさと私のことなんか手放してキルリアに返してくれればよかったのよ。首を刎ねたくなるほどに、私のことを憎む前に」


 これは、彼と彼女の物語。そこに自分が入り込む余地なんて、1ミリたりとも有りはしない。

 だからこそアリアがヒナを害すほど憎む前に、ロイがアリアと離縁しキルリアに身柄を送還してくれたならあんな結末にはなかったのに、と思ってしまう。

 もし、そうしてくれていたなら、愛していたロイが自分以外(ヒナ)に触れて幸せそうな顔で愛を育んでいくのを間近で見て、自分に向けられた愛情は偽物なのだと思い知らされることも、離宮に追いやられて惨めな思いになることも、自分が壊れてしまうほどに嫉妬に駆られることもなかった。

 それも全て終わって振り返った後の、結果論でしかないのかもしれないけれど。

 それでも1回目の人生でアリアの心が傷つき、苦しんだ事実は記憶が引き継がれているアリアの中ではなくならない。


「嫌いよ。大っ嫌い。他の人を寵愛するくらいなら、愛していない妃になんて最初から優しくしないでよ」


 ロイが優しくなんてしないでくれたら、歩み寄りの姿勢を見せないでくれたら、彼に愛されているのだと勘違いなどしなかった。政略結婚で結んだアリアとの縁は初めから政治上のものだけで、お飾り妻なんて愛する気など無いのだと確固たる意志で拒絶してくれれば良かったのだ。

 そんなこと、1年後に異世界から聖女がやってくるなんて知らない今のロイにできるわけがないのだけど。


「嫌い、嫌い、大っ嫌いよ。あなたなんて、顔も見たくない」


 そう自分に言い聞かせるようにアリアは繰り返す。


「本当に、嫌いになれたら……どれだけ楽か……」


 それでも、どれだけロイなんて嫌いだと自分に言い聞かせても、嫌いになりきれていないのだ。

 これから先彼に愛されることなど決してないと分かっているはずなのに。

 いっその事憎めたらよかったのに、とアリアは思う。だけど、アリアは知っている。

 帝国のために尽くすロイが、今までどれほど苦境に立たされながら表舞台に立ち続けていたのかを。そしてこれから世界が平穏を取り戻すためにヒナと共にどれだけ奮闘していくのかを。

 そして、そんなかっこいいヒーローに幸せになってほしいと願う自分も嘘ではなく存在するのだ。


「ねぇ、早く幸せになってよ、私が絶対手の届かないくらい遠い場所で」


 アリアは熱に浮かされながら祈る。

 何度人生を繰り返してもどうしようもなくロイの事を嫌いになることができないのなら、今世は絶対に邪魔することのないくらい遠い場所で、あなたの幸せを祈るから、と。

 愛してくれなくていい。だから、アリアは早々にこの物語からの退場を希望する。


「……あなたがこの世界で、悪役姫に振り回されずに幸せになってくれたら……嬉しいな」


 文句を言い終えたアリアは満足そうに眠りに落ちる。

 規則正しく呼吸が聞こえはじめてから、ロイはアリアの頬に伝う涙をそっと拭った。


「人生で初めてだな。女性からここまで面と向かって"嫌い"と連呼されたのは」


 しかも身に覚えのない話で、と苦笑気味にロイはそうつぶやいて、アリアの額に乗せた濡れタオルを替えてやる。


「姫は、嫌いな相手の幸せを願うのか? 意識がなくなるまで無理をして、最後まで夜会で誰にも怪我を悟らせないほど完璧に振る舞って、嫌いな俺のために外交のお膳立てをして」


 眠っているアリアがそれに応える事はない。


『私がどれほど焦がれても、殿下が私を愛する日は未来永劫、決して来ません』


 アリアが離宮に移った後言われた言葉をロイは思い出す。そして、思うのだ。

 果たして、本当にそうだろうか? と。


「今、こんなにも"アリア"個人に興味をそそられているのに、か?」


 アリアは姉のフレデリカを庇い肩を脱臼するほどの大怪我を負った。だとするならば少なくとも脱臼するほどの力で魔獣から攻撃をうけているはずだ。 

 それほど間近で魔獣と接触したというのに、アリアには怯えた様子は全く見られなかった。訓練を受けた新兵でも、初めて魔獣と遭遇する時はパニックで動けなくなったり、そのまま心を折られて退役する者だって出るというのに、だ。

 さらに気になるのは、アリアが脱臼した肩を戻した時、悲鳴の1つもあげなかった点だ。悶絶するほどの痛みであったろうに、当たり前のように侍女に戻させその上夜会にまで出席してみせた。肩を戻した侍女も随分と手慣れていた。

 王宮で大事に育てられた箱入りの王女であれば、いや上流貴族の子女であったとしてもそんなことは普通ありえない。

 まるで、戦いや負傷に慣れた戦士のようだ。


「姫には随分と秘密が多いようだ」


 熱に浮かされ、自分の事を"嫌い"だと連呼したアリアを面白そうにロイは見つめる。この一見線の細く儚げな姫には今日一日だけで随分と驚かされた。


「嫌いになれたら、と言うことは"まだ"嫌われてはないのだろ? 悪いがこんなに有能で面白い人間を簡単には手放せないな」


 クスッとロイは笑い、アリアのシャンパンゴールドの髪に指を絡め、そこに口付けを落とす。


「俺との"離縁"もぎ取れるといいですね、姫」


 ロイは手放す気などサラサラなさそうな声音で、まだ熱の中で夢に落ちているアリアにそう言って意地悪く口角を上げ笑うと彼女の頬をそっと撫でる。


「だから、まぁ、今日はとりあえずゆっくりおやすみ、アリア」


 頬を撫でられたタイミングでふっと表情を緩め微かに笑ったアリアの顔を見つめてそうつぶやいたロイの表情は、アリアがどの人生でも向けられたことがないとても優しく穏やかな顔をしていた。

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