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6.『力』と『技』の激突


 一次試験を突破することができたのは、おおよそ四百人。半分にまで減った志望者たちだが、彼らもまた最終試験でふるいにかけられる。


「最終試験は実践。これより一対一の試合を行い、勝利した方に入学の権利を贈呈する」


 広大な学園の敷地の一角にある競技場で、何十羽ものオウムが飛びまわって志願者たちに告げた。

 魔法の実践訓練やスポーツを行うために建てられた競技場は大きく、中央の競技スペースを囲むように約五万人が収容できる座席が取り付けられている。


「先ほどの魔力コーティングといい、魔法そのものというよりは対人適性を見ているのか」


 ひと足先にはじまった一対一の魔法対決を座席の一角からも守るリルクレイは、自身の輪郭をなぞりながらボソっと呟いた。

 変人扱いされている彼女の周りに座ろうという者はひとりもいない。一方、離れたところではアリアナを囲むように入学志願者たちが集まり、思いつく限りの言葉で彼女に媚びをうっている。


「しかしまあ、これだけの素質をふるいにかけてしまうのは勿体ない」


 競技場で闘う者たちは未熟といえ、彼女の生きていた五百年前では考えられなかった逸材ばかり。


「かつて私が魔法を教えた王国の兵士たちは魔法という技術に後ろ向きだった。未知の力に自分たちの生きている時代や立場を脅かされるのがイヤだったのだろう」


 一次試験で落ち、面持ちで学園の敷地を去る者。最終試験で敗北して涙を流す者。入学を決め、大声をあげて喜ぶ者。

 皆、魔法を極めたいという思いは同じ。


「この場にいる者たちは、全員魔法を信じている。かつての私がそうだったように、魔法によって時代や文化は良いほうへ変えられるのだと信じてやまない」


 瞳からこぼれた熱い雫がリルクレイの白い頬をつたう。


「私も歳だな」


 自分が遺したものが知らず知らずに未来へ受け継がれ、未来を築いていく。それがリルクレイにとっては嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「さて、そろそろ出番か」


 闘いが始まっては終わり、幾つもの喜びと悲しみが競技場に響く。それは同時に、リルクレイの出番が近づいてくる足音でもある。

 座席から立ちあがったリルクレイの短い足が、一階の競技スペースへ向かう。それと同時に、大勢の取り巻きに囲まれていたアリアナも動きだした。


「第三十試合をはじめます」


 試合の組み合わせは抽選方式。


「四十五番リルクレイ、百二十五番アリアナ」


 一次試験で好成績を叩きだしたふたりが対峙する第三十試合は、最終試験で最も注目を浴びる対戦カードだった。

 借り物の杖を持ち、貧相な格好をしながらも巧みな技で一次試験を突破したリルクレイ。

 マクニコルの名に違わぬ才気で、圧倒的威力のを見せつけたアリアナ。


「アリアナ様!」

「身の程知らずのネズミめ! 跪いたって遅いぞ!」


 観客席から聞こえてくるのは、やはりアリアナを応援する声とリルクレイを卑下する声ばかり。

 もはや勝利を信じる信じないの問題ではない。誰もリルクレイの勝利など望んでいなかったのだ。


「先に言っておこう、私の目的は学園への入学ではない。お前が望むなら辞退したっていい」

「何かと思えば、そんなこと。魔法怖気づいたのならハッキリとおっしゃりなさい」


 競技スペースの中央で向かいあったリルクレイとアリアナの視線が斜めに交わる。


「お前は良い魔導師になる。その道を妨げることは本望ではない」


 真剣な表情で言い放つリルクレイを見下ろし、アリアナは嘲笑った。


「あなたのような薄汚いネズミに心配される筋合いはありません。むしろ心配すべきはあなた自身ですよ」

「私自身?」


 アリアナが背負っていた白銀の杖を左手で抜くと同時に、リルクレイも自らの右手を背中の杖に添える。


「この私を挑発したこと、身をもって後悔することになるでしょう」

「やれやれ、随分と活きのいい娘だ」


 呆れたようにリルクレイがため息をついた瞬間、試合開始を告げるオウムの鳴き声が競技場に響き渡った。

 同時にアリアナの取り巻きたちが大声で彼女を鼓舞しはじめる。


「お前は確かに素晴らしい素質を持っている。才能に縋ることもなく努力しているのだろう」


 クセなのだろう、手もとでくるりと杖を回転させたリルクレイは魔法を撃つ素振りもみせず、余裕の笑みを浮かべた。


「しかし高威力の魔法をドカドカ撃てばいいというものじゃない」

「その人を見下した態度、はらわたが煮えくり返りそうです」


 先手をとったのはアリアナ。杖先から放った頭ひとつほどの魔力弾が、リルクレイの小さな体めがけて直線を描く。

 的を破壊した時に比べればひとまわりほど小さく威力も劣るが、小柄な少女をひとり再起不能にするには問題なかった。


 ――が、魔力弾は杖のたったひと振りで散った。


「自分の発案した魔法を分解するくらい、造作もないことだが……」


 幾つもの小石にも似た魔力の塊がそこらじゅうにぶつかってははじけるなか、リルクレイが誰にも聞こえないような声で呟き、クスクス笑う。


「これがお前の欠点だ、分かるかい?」

「初級魔法を防いだくらいで、偉そうにっ!」


 アリアナが杖の底で地面を思い切り叩くと、今度は競技スペースに地鳴りが響いた。


「直射展開、アースクエイク」


 杖底から伸び、張り巡らされた魔力によって操作される地面は隆起と沈降を繰り返しながら、リルクレイを潰そうと襲い掛かる。


「ふむ、魔力を流して地殻変動を起こそうとしているのか。だが魔力による物体操作こそ、お前たちが崇めるレイアという女の得意分野だ」


 突起と突起がぶつかって砕ける音とともに、競技スペースを濃い砂塵が覆い隠した。


「すごい、こんな大規模な魔法を一瞬で」

「これがマクニコル家の長女」


 いつのまにか観客席には、マクニコル家の長女がいると耳にした魔導師学園在学中の生徒や講師陣も駆けつけ、何百という人々がふたりの試合を見守っていた。


「現役の魔導師だって、あんなメチャクチャな規模の魔法は滅多に使わないぞ」

「相手の小さい子、死んじゃったんじゃないの?」


 そして会場に駆けつけた誰もが、アリアナの勝利とリルクレイの死を確信した。

 入学試験における死亡事故というのは、二年に一度は起こる大して珍しくもないこと。不幸に同情する者はいるが、不幸を呪う者はいない。


「魔力展開のスピードは実に良いが、規模に比例してムラも大きくなっているな。規模が大きなだけのガサツな魔法では見切られて当然というものさ」


 砂塵が風に流されて視界が晴れる頃、リルクレイは隆起した大地のうえに座ってケラケラとおかしそうに笑っていた。

 しかも競技スペースの地形を変えてしまうほど大規模な魔法のなかで彼女は無傷。


「はぁ、はぁ……ふざけているのですか!」

「息があがっているし顔が赤い。魔力を使うペースが早すぎて体温が上がっているぞ? 今度からはペースを考えろ」


 リルクレイの指摘通り、今のアリアナは肩で呼吸するほど息があがっているし、指の先までがほんのり赤くなってしまうほど体が熱くなっていた。

 魔力の使用に比例して体温が上昇してしまう、魔導師ならではの身体的な現象である。


「自分で自分の首を絞めてしまっては、元も子もない」

「あなたのその見下した態度が気に入らないっ!」

「お前のような才気あふれる娘と相対して嬉しいだけだ。別に見下してなんかいないさ」

「私はマクニコル家の次期当主、誰も私を見下すことなんてできない」


 腹の奥底からこみあげる怒りに任せて、杖をぎゅっと握るアリアナ。


「この魔法都市で最も強く、最も気高い魔導師! 全ての魔導師を見下すことはあれど、私を見下す者は決して許しません!」


 ふぅ、とひと息ついたリルクレイがその場で立ちあがり、灰色のローブについた土を小さな手ではらう。


「良い目と志だ。私の態度は不敬だったね」

「これはマクニコルに伝わる秘術。あなたのように薄汚いネズミに使うことすら自分を罰したいほど恥ずべきことですが……仕方ありません」


 刹那、アリアナの両腕に刻まれた自律魔法陣が作動し、輝きはじめた。


「ふむふむ、オーバーヒートのリスクも考えずに魔法を連発していたのはソレがあったからか」


 紅潮したアリアナの全身から湯気が立ちのぼる。


「事前に仕込んでおいた魔法を作動させるシステムの存在は、私にとって一番の驚きだった。お前の肉体に仕込まれたそれは、なかでも非常に興味深い」

「私を本気にさせた名誉、死後の世界で言いふらしたくなる気持ちは理解できますが、それは私の人生の汚点になりかねません」

「魔法による肉体の強制冷却、それはそれで別の異常が起きそうなもんだ」

「その小さな頭で許容できないほどの魔法で沈めさせてもらいます」

「ほう、実に面白い挑発だ。全力でくるといい、私もお前に全力で応え――――」


 リルクレイの腹の虫がぐぅっと鳴いた。

 当然、アリアナには聞こえていない。彼女は目を瞑って集中し、杖先に今までとは比べものにならないほどの魔力を収束していく。


「陣形展開」

「やっぱり待った! 今は腹が減って――」

「魔力弾・滅鯨(めつげい)っ!」

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