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5.『力』のアリアナ、『技』のリルクレイ


「百二十五番、アリアナ・ヴィラ・マクニコルか」


 黒を基調に金の装飾が施された外套も、袖からちらりと見える黒い皮手袋も、石畳を歩く度にコンコンと甲高い音を鳴らすヒールも、とにかくアリアナという少女を包む全てが彼女の富をまざまざと見せつける。

 そして極めつけは、石造りの一軒家が買えるほどの価値を持つ白銀の杖。


「あなたのような非力で貧相な方は、魔導師の面汚しになる前にすぐ退きなさい」


 アリアナから向けられた翡翠色の凍て刺すような目に、スコットは悔しそうに顔を歪める。だが非力なのは紛れもない事実で、反論の余地など残されてはいなかった。


「マクニコルって、あのマクニコル家の?」

「嘘でしょ、マクニコル家のご令嬢が同期だなんて」


 アリアナの登場は、さらに会場をどよめかせる。

 それもそのはず、マクニコル家といえばマギサエンドでも知らない者はいないとされる魔導師一族。四賢者アーカムを祖先に持ち、アリアナの曾祖父は魔導師統括局の創立メンバーのひとり。

 魔法の時代を語る史書では血筋の者の名前が頻出するほどの名家で、初の女性当主と期待されるアリアナ・ヴィラ・マクニコルの名と才気は入学する以前から世界中を駆けまわっていた。


「アリアナ・ヴィラ・マクニコル、まだ貴様の順番では――」

「口の利き方に気をつけなさい。例え魔導師学園の講師といえど、マクニコルの名を継ぐ私へ指図など許されません」

「ああ、すまない」


 自分よりも遥かに若いアリアナの言葉に制圧され、男は不服そうな面持ちで目を逸らす。


「本物の魔導師、そして本物の魔法というものを刮目なさい」


 アリアナが左手で杖を構えると、先端に光が収束をはじめた。

 最初の手順はスコットと大して変わらないが、違っていたのは光球の大きさ。アリアナが杖先に集めた光の量はスコットが集めたものに比べてひと回りもふた回りも大きかった。


(今期の筆頭はマクニコルの長女アリアナと、レイクストン家の三男ロレンス。それは試験前のミーティングでも話されていたことだが……まさかここまでとは)


 この違いが、スコットとアリアナの圧倒的な違い。魔力を収束するという、たったそれだけの行為で試験官の男の目にはアリアナが的を破壊する未来が確かに見えた。


(ふむ、こっちの娘はは直射系を選んだか。単純な威力が問われる課題において最善の選択といえるだろう)


 魔力の弾が杖先から発射する寸前、リルクレイも確信を得る。


(魔力量はシンプルに個人の才能、これを努力や知識で凌駕する術は無限にあるが、あの娘は才能だけのハリボテじゃない)


 リルクレイが嬉々として微笑んだ瞬間、アリアナの持つ白銀の杖から魔力の弾が放たれた。

 スコットが撃ちだした火球よりも素早く、目で追うのも困難なほどの速さで猛進する弾は見事に的へ直撃。的だけにとどまらず、周辺の地面も根こそぎ抉るような爆発を起こした。


(威力もなかなかだ。あれだけの魔法を瞬時に撃てるというのは反復練習の賜物に他ならない)


 立ちこめた白煙が晴れる頃、粉々に砕けたカカシが志願者全員を愕然とさせる。


(実に良い素質をもった娘だ、あの原石は磨き甲斐がある)


 現役の魔導師と比べても遜色ない威力と完成度を誇るアリアナの魔法に騒然とする庭園。しかしリルクレイだけは上機嫌な笑みを浮かべてアリアナに大きな拍手を送った。


「なんですか?」

「いやはや、良いものを見せてもらったよ。お前は絶対に素晴らしい魔導師になると私が約束しよう」


 入部志願者たちの間を小柄な体で器用に通り抜けて前へ出てきたリルクレイの言動が、場を一瞬にして凍りつかせる。

 それもそのはず、相手は名門魔導師一族の長女。彼女が素晴らしい魔導師になることは当然で、生まれた時から決まっていること。

 それを上から目線で語れるものなどいない。いてはならない。


「はぁ? 何なのですか、あなたは」

「私はただの田舎からでてきた魔導師さ。弟子――じゃなくて、周りの連中にはよく魔法バカなんて嬉しくないことを言われていたが、やはりお前のような素質ある魔導師を見ると胸が高鳴る」


 すらっと背の高いアリアナの小さな顔を見上げ、リルクレイが子どもみたく無邪気に笑う。


「なんなんだ、あの灰色のチビ」

「薄汚い」

「マクニコルの名を知らないなんて、どこの田舎者よ」


 奇異の目と悪意ある言葉を背に受け、リルクレイの面がむっとしかめった。


「ネズミが入学試験に紛れこんでしまって、可哀そうに」


 あまりにも無礼な薄汚い少女を前に皮肉を吐き捨てると、アリアナはそれ以上の言葉を交わす気も起きず、呆れ混じりのため息をこぼす。


「お父様から最終試験の会場は伺っております。私はそちらへ向かいますが、異論は?」

「……いや、向かってもらって構わない」


 最終試験へ進めるか否かの発表は、全員の試験が終わってから。しかしアリアナは発表も待たず、傲慢かつ強気な態度で試験官に言い放ったあと、風に豪華な外套をなびかせながら庭園を去った。


「次は私で構わないかな?」

「お前は居眠りしていた」

「リルクレイ、確かもらった番号は四五番だったか」

「レイア様への敬意もないヤツが魔導師を名乗ろうなどと――」


 がみがみと説教をはじめた男の隣を素通りし、リルクレイの足がカカシを目指す。魔法というものは不思議なもので、粉々に砕けたはずのカカシが勝手に再生し、今となっては無傷の新品同然。


「そのまま破壊したのでは芸がない、せっかくの機会だから少し触って確認してみてもいいかな?」

「はぁ? まあ構わんが」


 どれだけ手垢がついたところでカカシに施された魔力のコーティングが薄まることはない。魔力が防げるのは魔力だけで、魔力を破壊できるのもまた魔力。

 未熟な少女がベタベタ触るくらいは大したことじゃないと高を括った男の承諾を得るなり、リルクレイは輪郭を確かめるようにカカシを撫でる。

 その背中を見つめる人々の目は実に冷ややかなものだった。レイアへの敬意も皆無、常識も皆無、くわえて奇行とくればそんな目を向けられるのも仕方のないこと。

 薄汚い変人が的を破壊できるとは、誰ひとりとして考えていなかった。


「早くしろよ、次が待ってるんだよ!」

「目立ちたいだけなんじゃないの?」


 怒号をとばす者、嘲け笑う者、腫れ物に触るような目で見る者。向けられた敵意や悪意を小さな背に感じると、リルクレイは機敏に踵を返した。


「さっきの娘、なんといったか。彼女の放つ魔力弾は高水準のものだった。しかし相手は動かない小さな的、あれが状況に適しているかといえばそうじゃない」


 射撃位置に戻りながら、背負っていたレンタル用の杖を抜くとリルクレイは得意げに語りはじめる。


「魔法は強ければいいというものではない。魔力を使えは使うほどに肉体は発熱反応を起こし、強力な魔法の連発はオーバーヒートを招く」


 手から離れた杖をくるくると自在に回転させているが、飄々とした表情ほど容易い芸ではない。魔力を杖に流しこんで自在に操るのは現役魔導師すら集中してようやく行われる芸当。

 余裕の表情で杖をまわしながら知識をペラペラとひけらかすリルクレイの小さな姿を目の当たりにし、試験官の男は嫌悪に顔を歪めた。


「では、いかにして最低限の魔力使用量であのコーティングを破るのか」


 ただの口達者な変人。誰もがリルクレイをその程度にしか思っていなかった。

 小さな歩幅でようやく射撃位置にたどり着いたリルクレイ。的に背を向けたまま、手にした杖の底でコンっと地面を叩いた次の瞬間、


「これが私の導きだす最適解だ」


 その遥か後方で的が強烈に捻じれ、粉々に砕けた。


「なっ、何が起こった!」


 この現象ばかりは試験官も想定していなかったらしく、目をひん剥いて驚きの声をあげる。

 魔導師学園の教員である彼に理解できないのだから、見ていた入学志願者たちは驚愕のあまり声もでない。


「簡単なことさ、コーティングされた魔力を使わせてもらって的を捻じ切った。これなら私の魔力使用量は最低限に抑えられるし、動かない的が相手ならばこれが最適解と考えたまで」


 自分へ向けられていた敵意と悪意への報復でもしたかったのだろう。入学志願者としては異例の技術と知識を見せつけたリルクレイは「ふんっ」と大きな鼻息とともに無い胸を張って、足早に去っていく。


(バカな、他者の魔力の強制操作なんて今の魔導師でもひと握りしか成しえないような超高等技術だぞ? それをあんな居眠りネズミが、どうやって)


 当然、リルクレイが言うほど簡単な魔法ではない。

 魔力の質は百人いれば百人が違う容姿のようなもので、自分と異なる魔力を強制的に操るというのは少し前まで机上の空論とされていた技術。

 力でねじ伏せたアリアナと、技を魅せたリルクレイ。ふたりの登場は場の空気を一変させた。生半可な自信だけで挑むのを許さない、そんなひどく重苦しい空気が庭園に漂いはじめる。

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