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4.魔導師学園入学試験、開幕

 魔導師の母レイアは、魔法とともにその後約五百年と語られる教えを遺した。



 【正しさ】を追い求め、【正しさ】という答えに辿り着いた時、【正しさ】の概念は崩壊する。



 白い外套に身を包んだ老爺の長たらしい話の途中で、リルクレイは深い眠りについた。

 かなり眠たかったのだろう。立ったまま目を閉じた彼女の顔は白昼の青空を仰ぎ、大きな鼻風船を膨らませてしまっている。

 当然、バレないはずがなかった。


「受験番号四十五番! 起きろ!」


 まるで自分のことのようにレイアの教えや歴史を語っていた老爺と別の若い男が、リルクレイの背を強く平手で叩く。

 世界で唯一の魔導師学園の巨大な校舎を背に行われる入学試験。年に一度の試験開始を告げる学園長挨拶の途中で居眠りをするなど言語道断。白い外套を羽織った所属講師に怒鳴られたリルクレイを見るや否や、ほかの志願者たちは安堵の息をついた。

 魔導師学園への入学は非常に狭き門である。こうして集っている年齢も人種もバラバラの男女は七百から八百ほどいるが、実際に入学できるのは半分以下。

 ライバルがひとり減ったと思えば、安心してしまうのも無理はない。


「ああ、すまない。昨日は眠れなかったんだ」

「レイア様の教えをなんだと思っているんだ。お前のようなヤツが魔導師を名乗る資格なんてない」


 男は苛立ちを隠そうともせず、舌打ちしながらその場を去る。魔導師にとって、魔法の生みの親ともいえるレイアの存在は絶対で、その教えをないがしろにするなど以ての外。

 志願者のなかにもレイアという偉人を崇拝する者は多く、リルクレイの小さな体に蔑むような視線が幾つも突き刺さった。


「私が弟子どもに教えたことだ。他人の口からこれを聞くというのは退屈が過ぎる」


 整列した志願者たちに聞こえないほど小さな声でボヤくと、リルクレイは学園長の話も聞かずにキョロキョロと辺りを見渡しはじめた。

 視界に捉えていたのは、学園側の魔導師たち。誰もが白い外套を羽織り、胸もとと背中にはオオカミを象った紋章が刺繍されている。


「白い外套にオオカミの紋章。門番の言う通り学園の関係者は同じ装いだが、思っていたより規模が大き過ぎる」


 門番が言うよう、広大な学園に所属する魔導師全員が同じ装いをしており、学園の空をオオカミの紋章を記す大きな旗が幾つも飛んでいた。


「しかし私が偉人扱いとは、皮肉なものだな」


 レイアの教えに関する解説を終えると、学園長は立て続けに魔法の歴史について長々と語りはじめる。

 またもやはじまる長話には眠気を催したり、立ちっぱなしの足に痛みを感じる者も続出したが、そんなことで入学を棒に振るうまいと必死に耐えた。


「だが私は国王ヘインダルに悪魔として討たれた。どこでどうやって歴史が捻じ曲げられたのか」


 数日は洗っていないベタつく頭を掻いていたリルクレイの疑問に答えるよう、学園長の話が歴史のターニングポイントへと差し掛かる。



 約五百年前、レイアを悪魔と呼び、あらぬ罪を着せて処刑した国王ヘインダルと彼が率いる王国軍に四人の魔導師が反旗を翻した。

 グラジオ、リブラ、アーカム、モルバス。後に四賢者と呼ばれるレイアの弟子たちである。

 四人の魔導師と大陸最強の軍隊。十年以上にも渡る戦いを経て四賢者は勝利し、レイアに着せられた冤罪を晴らすことに成功した。

 これが後に魔導戦争と呼ばれる戦いであり、魔法の時代の幕開けともいわれている。



「どこまで事実か疑わしいものだが、あのバカども、あれほど魔法は戦争の道具じゃないと教えたのに」


 歴史の解釈というのは、それを語る人物や時代で大きく表情を変える。だから学園長の話す歴史が必ずしも事実とは限らないことを理解したうえで、リルクレイは嬉しいような悲しいような、複雑な表情を浮かべていた。

 魔導戦争の歴史と魔法の普及を我が物顔で語り終えると、学園長は頭を下げて校舎のほうへ去っていく。彼に代わり、今度は別の髭をたくわえた大男が登壇した。


「ここより西側に見える男子寮前の庭園を第一試験会場とし、魔法適性を測る。杖を所有していない者には貸出もあるので、この場にいる試験官まで申し出るように」


 男の指示とともに、志願者たちが各々の歩幅で西側の庭園を目指す。

 緊張して黙りこんでいる者もいれば、自分を保つために頼まれたわけでもない自慢話を振りまく者もいる。年齢も人種もバラバラの彼らを一番後ろから見つめ、リルクレイはほんの少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせた。



 *



 スコット・カニングは、弱小でもなければ大手でもない普遍的な商家のひとり息子。そんな彼が魔導師を目指した理由は至極単純である。

 まだスコットが五歳の頃、両親の仲卸業で些細なトラブルが起こった。最初は情報のすれ違いが起こした言い合い程度のトラブルだったものの、事は次第に大きくなって荒事へ形相を変えた。

 怒り心頭の取引先から非力な両親を守ってくれたのが、町に常駐している魔導師だったのだ。

 スコットは何にも屈せず、【正しさ】を貫こうとした魔導師の背中を見た五歳の頃から魔法について学んだ。


 ――――魔力とは魂の力。魔力は精神と直結し、強靭な精神は強靭な肉体に宿る。


 四賢者グラジオが遺した魔導書の解釈を目にしてからは、毎日のように走りこみに精をだした。


「それでは一番、スコット・カニング」

「はい!」


 受験できる最低年齢である十五歳となったスコットは、すぐにマギサエンドの地へ訪れた。今この瞬間、十年という歳月の努力が杖先で開花する。


「条件は魔法攻撃であること以外に細かなルールはない。あのカカシを破壊してみせろ」

「はいっ!」


 スコットの構えた杖の先端に煌々とした光が収束し、やがて炎に姿を変えた。


(ふむ、あの若さにしては質の良い魔力だ。直射系でなく変換系を選んだのは素晴らしい判断といえる)


 これからの基準となる一番手の腕前を見ようと志願者たちが目を凝らすなか、人の隙間からスコットの後ろ姿を傍観するリルクレイが眉をひそめる。

 魔法とは【体内にある魔力を体外へ放出する行為全般】を指す名称。ひと言に魔法といっても多くの種類が存在し、それらの大半が【魔力をそのまま体外に放出する直射系】と【火や水といった属性に変換させて放出する変換系】に分類される。


(変換系は直射系に比べて魔法の維持がしやすく、初心者向けともいえるが……威力は直射系に遥か劣る)


 杖先から放たれた火球は触れる空気を焦がしながら十メートル程度離れた標的のカカシへ向かって直進。


(だが、それではあのカカシの魔力コーティングを破るにはいたらない)


 しかしカカシへ直撃したはずの火球は弾かれ、散り散りになって地面へ落ちていく。

 入学志願者たちは愕然とした。木材と藁でできたカカシが燃える火球を弾いたのだから、当然の反応である。


「よし、次――」

「ちょっと待ってください! あの的、何か細工してあるに決まってる!」


 淡々と試験を進めようとする男の言葉を遮って、スコットが声を張りあげた。


「ああ、細工してあるとも」

「そんな、卑怯じゃないですか」

「的には魔導師がまとうものと同じ魔力コーティングが施してある。それを破らない限り、お前たちはただの木材に傷ひとつつけることはできない」


 男の言葉に、会場の約四百という数の入学志願者たちが大きくざわつく。

 しかし全員が全員というわけでもなかった。リルクレイをはじめ、魔導師学園の入学試験が木材を燃やすだけなんて単純なはずがないと考えていた者たちにとっては、当然の光景。


「こんな試験、イカサマじゃないのか」

「入学させる気がないんじゃ……」


 徐々にざわめきが大きくなる会場。


「黙りなさい」


 そんな人々の声を切り裂き試験官の男の前へと力強い足取りで躍り出たのは、首もとまでのびた金髪をなびかせる、端正な顔立ちの少女だった。

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