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30.憎しみと悲しみの果てに


「キャロル、リルちゃん……」

「話は聞いていたな、ドロシー。約束は必ず守るから、お前たちもアリアナに約束を破らせないでやってくれ」


 苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めるドロシーだが、意識不明のアリアナを傍におきながら戦うのは危険すぎると理解はしていた。

 アリアナをこの場から遠ざけてリルクレイを信じるのが最善だということも、勿論分かっていた。


「キャロル、アナ様を乗せて!」

「分かりましたわ!」


 友人をひとり置いていく罪悪感に苛まれながら、ドロシーは強く言い放ってゴーレムの残った左腕をキャロルの前に差しだす。


「もう通報されてるみたいだから、統括局の人たちがすぐに来ると思う」

「ああ、分かってる」

「リルちゃん……信じてるから」

「その信頼を裏切ることはない」


 ゴーレムの左腕でキャロルとアリアナを抱き、ドロシーは血がでるほど唇を嚙みながら地下書庫を去っていった。

 炎上する地下書庫に遺されたのは、リルクレイとレイチェルだけ。


「若いヤツらというのはいいものだろう? 彼女たちになら未来を託せると確信してるよ」

「その根拠もない自信で世界は歪んだのに、まだそんなくだらないことを言って!」


 鬼の形相を浮かべたレイチェルが杖をかざす。


「鉄ノ陣・ファイナルパーツ」


 新たに生成された大量のパーツが、ジャンクゴーレムの装甲を分厚く補修。腕は殺傷能力を高めるために四本へ戻った。

 魔法を駆使して築きあげたそれは背丈でクマを遥か凌駕し、名だたる剣匠を唸らせるほど鋭い爪で本棚を両断する。


「最終仕様・アイアンゴーレムギガマックス」


 背中から生えている二本の腕の先端に無数のボルトとナットを用いて取りつけられたのは、砲口から紅蓮を噴く火炎放射器。

 放たれた火炎は天井にぶつかって散り、辺りに火の粉が降り注ぐ。


「私は過去の人間だが、あの子たちやお前は違う。今という時間を生きるお前たちには可能性があるのだから、怒りに身を任せて身を滅ぼしてしまうのは見過ごせない」

「偉そうにペラペラと!」


 砲口から噴く火炎が地下書庫を燃やす。暴れる火炎は凄まじい勢いで全てを焼きつくしているが、リルクレイを狙っているわけじゃない。

「頭に血がのぼっているな、このままじゃ近いうちにオーバーヒートを起こす」


 火の海と貸した書庫をリルクレイが駆けた。

 視界を横切るその小さな姿をレイチェルは見逃さない。


「逃げるな、レイア!」


 すぐさま新装したアイアンゴーレムを走らせ、リルクレイを潰しにかかる。


「逃げるなんて冗談じゃない、お前をひとりなんかにさせないさ」


 突如駆けだしたのは、背を向けて逃げるためじゃない。燃える絨毯に転がっているアリアナの杖を手にするためだ。

 全速力でアイアンゴーレムをかわし、リルクレイの小さな手が金属製の杖をつかむ。


「過去の人間である私に今を生きるお前たちを導く資格はないが、見守ることはできる。それが魔法の時代におけるレイア・ワーグナーの存在意義なのかもしれないな」


 壁にぶつかって豪快に石片を散らしながらも、すぐさま体勢を整えたアイアンゴーレムの砲口がリルクレイを捉えた。


「燃やせ、アイアンゴレーム!」

「もうそのゴーレムの仕組みは理解したよ」


 砲口が火を噴く寸前、リルクレイの振るった杖から地下書庫を包み込むほどの白煙が放たれる。

 ただの目くらまし程度にレイチェルが考えていたのも束の間、肌に触れる湿った感触に気付くなり血相を変えて杖を構えた。


「この煙、水蒸気か」


 すぐさまアイアンゴーレムから動力を奪い、執拗に辺りを見渡すレイチェル。

 しかし地下書庫の炎を消しながら充満する水蒸気は非常に濃く、手の届く距離すらまともに見えない。


「ゴーレムは魔力で動かすと聞いたが、あのサイズと出力だ。単純に魔力を操作して動かしているだけでは、人間のほうがすぐに限界を迎えてしまう。

 だからお前は、脳からの微弱な電気信号で動く人体と同じ仕組みでゴーレムを動かしていたんだ。雷に変換した魔力なら維持だってしやすい」

「だから水蒸気で漏電を誘ったのか」

「もうやめろ、レイチェル」

「鉄ノ陣・スパイラルカッター」


 当然、レイチェルにはリルクレイの姿が見えていない。当てずっぽうで回転する鉄刃を放つが、リルクレイを捉えた様子はなかった。


「それはお前だって同じだ。姿を見せろ、レイア!」


 自分が見えなければ、リルクレイにだって見えないはず。その勝手な決めつけが彼女の敗因だったのだろう。

 威嚇するように言い放ったレイチェルの腹を、魔力弾が直撃した。

 突拍子もない出来事に、身構えてもいなかったレイチェルは大きく後方に吹き飛ぶ。


「この濃霧には私の魔力が含まれている。それを辿ればどこにいるかくらい分かるさ」


 崩壊した瓦礫に叩きつけられて地面に伏せるレイチェルだが、まだ杖を手放してはいない。痛みに悶えながら、生まれたての小鹿みたくおぼつかない足取りで立ちあがると、魔力弾が飛んできた方角へ再び杖を構えた。


「鉄ノ陣・クラッシュローラー」


 リルクレイがいるであろう方角へ自らの身長ほどある鉄球を放った瞬間、レイチェルの体を内側から焼かれるような激痛が襲う。

 瓦礫にぶつかった打撲の痛みではない。胸の奥から指先まで、内側からとんでもない火力で炙られたような、強烈な痛み。


「ぐっ、なんだこの痛み」


 燃えるように熱い息とともに呟いたレイチェルの横腹に、再び魔力弾がぶつかる。

 既に鉄球を放った方角にリルクレイはおらず、移動先から放たれた魔力弾をまともに受けてしまったのだ。


「レイアぁ」


 いくら吹き飛ばされても地面に伏せても、レイチェルはまた立ちあがる。

 リルクレイへの殺意だけを支えにして、再び杖を握る。


「鉄ノ陣――」


 濃霧のなかに薄っすらとリルクレイの小さな姿を捉えたレイチェルが、魔法を放とうと気張る。

 しかし、限界は訪れた。先ほどよりも酷い激痛が全身に襲われ、レイチェルは血を吐いて崩れ落ちてしまった。


「感情が先走って、肉体は限界を超えてしまったんだ」

「これが……オーバーヒート」


 カランっと空虚な音をたててレイチェルの杖が転がる。

 痛みは内側から沸々とこみあげ、力むことすらできなくなった手は震え、目尻や鼻の穴から血液が流れた。

 魔導師が決して到達してはいけない限界に、レイチェルは到達してしまったらしい。


「ブラッド様とお母さんも、こんな痛みを感じてたなんて」


 レイチェルの呼吸が早くなる。


「なんで、そんな顔をする」


 見上げるとそこには、悲しむような、憐れむような、複雑に歪むリルクレイの顔。


「お前は魔法に全てを奪われた、魔法の時代における最大の被害者なのかもしれない。そんな人間の最期に、この私がどんな顔をすればいいのか……分からないんだ」


 レイチェルの症状は、ブラッドのような内臓の一部を損傷した程度ではない。

 魔法を覚えて舞いあがった王国の兵士が、同じように苦しみながら死んでいったのをリルクレイはよく知っている。


「皮肉か」

「純粋な想いを言葉にしただけだ。憎しみに固執し、孤独に囚われたお前に私はどうしてやることもできず、こんな結末を迎えてしまった」


 レイア・ワーグナーの生涯は、好奇心と後悔の連続だ。

 魔法によって命を奪われた兵士を目の当たりにして何度も後悔した。

 魔法という技術を生みだしてしまったことを嬉しく思う反面でずっと後悔もしていた。


「正直、悔しくてたまらない」


 魔法を知り尽くした自分だからこそ、何かできることがあったのではないか。今だってリルクレイは、そんな後悔を感じずにはいられない。


「バカにするな!」


 薄れゆく意識のなかで、レイチェルが怒号をあげる。


「お前なんかに、どうにかしてもらおうなんて……思うわけない……」

「それでも私はお前に手を伸ばさなければならなかった。それが私の【正しさ】によって苦しめられたお前への、最大の理解だったはずだから」

「少しでも悪いと思うなら、地獄で詫びにこい。その時は引きずりまわしてやる」


 体のどこにも力が入らなくなったレイチェルの体が、地面に横たわった。


「あまり……待たせるなよ……」


 言い終えてまもなく、レイチェルは息を引き取った。

 その場で片膝をついたリルクレイの手が、レイチェルの頬を撫でる。まるで焼け石のように熱くなった顔で皮膚が剥けたって、彼女は柔らかな頬を撫で続けた。


「私の望みは、未来を生きるお前たちに沢山の可能性を与えることだった。もしも魔法がお前たちの可能性を奪っているんだとしたら、もうそんなことはさせない」


 遠巻きに男たちの声が聞こえる。ブラッドやドロシーが言っていたように、統括局の魔導師たちが騒ぎを聞きつけてやってきたに違いない。


「もう少しだけ、お前たちの可能性を私に守らせてくれ。地獄は、そのあとだ」


 優しい顔でそう告げて立ちあがると、リルクレイは地下書庫を去った。


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