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29.暴走する憎悪


 *



 十一歳のころ、荒れ地と化した村で母の死体を見た。

 呼びかけても呼びかけても答えてくれない。

 いつものように優しく微笑みかけてくれない。

 冷たくなった母の胸のなかで、わんわん泣いた。昼間から日が暮れるまで泣き続けた。

 そんな少女を見かねた男が、彼女に手をさしのべる。その表情はただ憐れんでいるだけじゃない。悲しんでいるわけでもない。

 色んな感情が滅茶苦茶に混ざりあった複雑な顔をしていた。


 それが、レイチェルとブラッドの出会いだった。


 身寄りを失って途方に暮れるレイチェルをマギサエンドに連れ帰ったブラッド。

 大きな屋敷の部屋をひとつ与え、似合いそうな服を身繕い、好き嫌いを聞いて飯を食わせ、ブラッドはまるで我が子のようにレイチェルを育てた。

 母を失ったショックで塞ぎ込んでいたレイチェルも、次第に心を開いてゆく。彼女もまた、ブラッドのことを本当の父のように想っていた。


 十六歳になった頃、レイチェルは自身に秘められた稀有な才能を開花させる。

 魔導師のなかでも珍しい鉄属性の魔法を見たブラッドは罪悪感に苛まれ、ひどく気を病んでしまう。

 ブラッドのなかにずっとあった葛藤、それはレイチェルに本当のことを打ち明けるか否かということだった。

 まだ不安定ながらも鉄の属性変換を使うレイチェルにかつて愛した人の姿を重ね、ブラッドはついに彼女へ打ち明けた。

 ガブリエラと友人関係にあったこと。

 自分の父が長閑な村で転生実験をおこなったこと。

 そして、この手が最愛の母の命を奪ったこと。


 レイチェルの心に、深い闇が生まれた。

 殺してしまいたいと何度考えたかも覚えていないほどに憎み、もうふたりは元の親子のような関係へ戻ることはできなくなった。


 何度、暴言を吐き捨てたか。

 何度、暴力を振るったか。

 何度も何度もブラッドの心身を傷つけた。

 何度も何度もブラッドはそれを受け入れた。


 どんなことをされようが、ブラッドはレイチェルに持ちうる全てを与え続けた。



 *



 自分の人生を賭けて理想の世界を築こうとするブラッドのことを、いつしかレイチェルは深く信頼するようになっていた。


「君を散々振りまわした私に、こんなことを言う資格がないのは分かっています」


 もう父と子のような関係に戻れないと分かっても、信じ続けた男が目の前で死にかけている。そんな現実を受け入れることができなかった。


「どうか君には……君の人生を生きてほしい……」


 レイチェルの頬を熱い涙が伝う。


「ここであった全てのことを忘れて……どこか遠くで……」


 恐る恐る杖から手を離すと、ブラッドは胸に鉄の刃を突き刺したまま床に倒れる。


「君のお母さんを手にかけた日から、ずっと後悔の連続でした。

 あのまま君を引き取らなければ、君は別の幸せな人生を歩めたのかもしれない。

 あのまま君に真実を告げなければ、ずっと幸せでいられたのかもしれない」


 最後の力をふり絞り、胸を穿つ杖を引き抜いたブラッドが強烈に噎せ返る。


「ですが……こうなることを望んでいたのかもしれません……」

「そんな、私はもうブラッド様を憎んでなんていません!」


 大粒の涙を流しながら駆け寄ったレイチェルが、今度はブラッドの手を強く握った。


「いつか母を殺したこの世界に復讐を果たして、それから……」


 けれど、ブラッドが握り返してくることはない。言葉を口にすることもない。


「それから、あなたとともに」


 握った砂が手から零れ落ちるように、ブラッドの手がレイチェルの手から零れ落ちた。


「どうして、この世界は……」


 頬を伝う涙を拭おうともしないレイチェルがむくりと立ちあがって、床に転がった杖を拾いあげる。怒りか、動揺か、杖を握る手は震えてしまっていた。


「どうしてこの世界は、私から全てを奪っていく」


 槍型の杖を振るうとともに、火の海からバラバラになったパーツたちが跳ねあがって集まる。ひとつ、またひとつ。何の形を築くわけでもなく、集まった鉄片は滅茶苦茶に合体をはじめた。


「答えろ、レイア」

「それは私には分からない」

「分からない? お前は世界を変えた偉人だろ」

「私にもブラッドにもお前にも、世界を変える力なんてない」


 壊れた鉄のパーツで組みあげられたのは、頭を失った鉄の巨人。その造形はあまりにも不格好で、先ほどまでのアイアンゴーレムとは全く異なるものだった。


「そんな答えが通じるか、このクソみたいな時代をつくった張本人がお前だろうがっ!」


 不格好に組みあがったジャンクゴーレムの全身に青白い稲妻が走り、軋む音をたてて動きだす。

 レイチェル本人はおぼつかない足どりでふらふらと後退し、対照的にジャンクゴーレムはイノシシみたく猛突進。当然、向かう先はリルクレイのもとだった。


「お前を殺して、私も死んでやる。あの世で時代の犠牲者に頭を下げ続けろ!」


 背中から走る痛みに顔を歪めながら飛び退き、間一髪のところでジャンクゴーレムの攻撃をかわすリルクレイ。

 ジャンクゴーレムはそのまま本棚に激突し、木片と石片とページの切れ端を派手に散らすも、まだ二本の足で立っている。


「まずいな、このままじゃアリアナが……」


 既に背後のアリアナの傍まで火の手が迫っているが、背を向けて逃げようものならジャンクゴーレムに襲われてしまう。

 とはいえ、ジャンクゴーレムを破壊できるだけの魔法が使えるかといわれれば、杖を持たないリルクレイにできるかどうか。

 そうこう考えているうちに、ジャンクゴーレムは再び体を丸めて床を蹴った。

 巨大な鉄の塊である。リルクレイの華奢な体では一撃もらっただけで、重傷は免れないだろう。


「素手の魔法は得意じゃないんだがな」


 ジャンクゴーレムがリルクレイにぶつかる寸前でピタリと止まる。いや、止められた。

 突如現れた魔力の障壁が、ジャンクゴーレムの不格好な体を受け止めたのだ。


「そのまま押し潰せ!」


 レイチェルの怒号に呼応するようにジャンクゴーレムの全身を伝う電流が、さらに激しくなる。その姿を見てリルクレイが思い出したのは、自らも使う肉体強化の魔法とそのノウハウだった。


「鉄も動力も魔法による創造物なら魔力の壁で食い止められるが、素手で保ち続けるのは流石ににキツい」


 歯を食いしばって魔法を展開する左の掌に意識を集中するが、さらに出力をあげたジャンクゴーレムの進撃に魔力の障壁は崩壊寸前。

「私ひとりなら回避して致命傷を免れるかもしれないが、アリアナを抱えて逃げるのは不可能だ」

 一瞬でも気を抜けば障壁は崩壊してリルクレイもアリアナもまとめて致命傷である。どうする、と呟いてみるものの答えが返ってこない。


 ――――答えがない。


「レイアぁぁぁぁ」


 リルクレイへの殺意が、そのままジャンクゴーレムのデタラメな出力へ変わっていく。ついに障壁が限界を迎えた瞬間、


「アナ様っ!」


 壁と本棚が豪快に砕ける。

 リルクレイでもレイチェルでもない声とともに壁を破壊して現れたのは、全身を強固な岩で構築した人型のゴーレムだった。

 身を低くして猛進する岩ゴーレムが、アイアンゴーレムの脇から襲いかかる。

 耳を塞ぎたくなるような轟音とともに、アイアンゴーレムはパーツを散らしながら後方へ弾き飛ぶ。


「リルちゃん、アナ様、生きてる?」


 岩のくぼみに片手両足をかけてゴーレムを背中から操っていたドロシーが、リルクレイとアリアナを見つけるなり大声を放った。


「勿論だとも、アリアナは少し張り切りすぎて疲れただけだよ」


 同じく岩ゴーレムの背にしがみついていたキャロルは、床に倒れるアリアナを見つけて矢のように飛びだした。


「アナ様!」


 顔面を蒼白させたキャロルが、床に膝をおろしてアリアナの体を持ちあげる。力を失った軽い体はキャロルの不安を煽ったが、アリアナはまだ脈は動いているし、呼吸だってしていた。


「どうしてここへ?」

「あなたが不安を煽るような言い方をしたのでしょう! アナ様にもしものことがあれば私は……」


 まだ生きているがアリアナの体は血だらけで、人間のそれと思えないほどの熱を持っている。

 不安と心配でキャロルが瞳を潤ませていると、彼女の後方で幾つかのパーツを失ったジャンクゴーレムが鉄の擦れる音をたてて起きあがった。


「話はあとみたいね」


 ドロシーが即座にゴーレムを動かし、全く同じタイミングで振るわれた岩の拳と鉄の拳が鈍い音とおもにぶつかる。

 材質の違いか、それとも出力の違いか。ふたつの拳が衝突した途端に岩の拳は砕け散ってしまった。


「私のゴーレムじゃ勝てない」


 背にしがみついていたドロシーは破砕された右腕の石片を全身に受けながら、悔しそうに舌打ちする。

 魔導師としても、ゴーレム使いとしても、レイチェルはドロシーを遥かに上回っていたらしい。


「ドロシー、キャロル、お前たちはアリアナを連れて屋敷を出るんだ」


 追撃を浴びせようと逆の拳を振りあげたジャンクゴーレムだったが、リルクレイの放つ巨大な氷塊がそれを許さない。

 直径にして、おおよそ成人男性ふたり分ほどの氷塊の威力は凄まじく、ジャンクゴーレムの巨躯を再び弾き飛ばす。


「でも、それじゃリルちゃんは」

「あの女の目的は私だ、ここに残るさ」

「ダメよ! リルちゃんが凄いのは知ってるけど、あの人は強すぎる!」


 同じゴーレム使いのドロシーには、レイチェルが只者じゃないとすぐに分かった。

 統括局の魔導師たちをたったひとりで苦しめたガブリエラの血縁者で、彼女の力の全てを継いだ女だ。半端な現役魔導師より強いのは当然である。


「ネズミ、私はあなたのことが大嫌いですわ。あなたがどうなったって知りません」


 アリアナの脇に肩を入れてゆっくり立ちあがるキャロルが、リルクレイの背中を睨む。


「知っているよ」

「ですが、アナ様はとても責任感が強い御方。このままあなたに死なれては、お気を悪くされてしまいます。

 なので必ず帰ってくることを約束なさい。私とではなく、アナ様と」

「そんな約束をしてしまっては、私もアリアナも死ぬわけにはいかないな」


 そう言ってリルクレイはケラケラと楽しそうに笑ってみせた。


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