28.鋼鉄の巨人③
意識を失って倒れるアリアナを受けとめ、リルクレイが優しい笑みを浮かべる。
「しばらく休んでくれ、次にお前が目を覚ます時は全てが終わった時だ」
アリアナを壁際で寝かせたリルクレイが上機嫌にくるりと振り返り、手にしていたボロ杖をくるくるまわした。
「レイア様、どうしてここに」
「友人に危険が迫っているんだ、駆けつけるのは当然だろう?」
淡々と問いかけるブラッドだったが、彼とは対照的にレイチェルは驚きのあまり目を大きく見開いた。
「レイア? あの少女が、ですか」
転生魔法が成功していたことは知らされていないし、目の前に歴史上の偉人がいるときた。レイチェルでなくとも、誰だって言葉を詰まらせるくらい驚く。
「話は聞かせてもらったが、やはりお前は私を勘違いしているんだ。私に特別な力はないし、今の時代を生きる魔導師と何も変わらない」
「あなたのお弟子様たちが起こした魔導戦争のち五百年と魔法の時代は続きますが、全てのはじまりであるレイア・ワーグナーの叡智に我々人類が到達したのは近年のこと。これが特別でなくて、何と説明できましょうか」
「好奇心しか取り柄がない女というだけさ。事実として、魔法によって変わる時代の果てを想像していながら何の手を打つこともできず、お前たちに託した」
どうしようもない自分への嘲笑いを鼻先でくすぶらせ、リルクレイはさらに続けた。
「魔法の力は絶大だ。そこに人間の追求する力があわされば、必ず魔法は人間に格差を生む。だけど私は人間の可能性を信じた」
それが、と口にしたリルクレイに巨大な鉄拳が襲いかかる。
鉄拳は魔力で構築された障壁に衝突し、耳をつんざくような音ともに破片を散らした。
「レイチェルっ!」
アイアンゴーレムを動かしたのは、もちろん術者であるレイチェル。突如動きはじめたアイアンゴーレムを目の当たりにしたブラッドが大声をあげるも、
「やらせてください!」
主の言葉ですらレイチェルを止めることはできない。
「ブラッド様、コイツはあなたの考えるような高尚な人間じゃない。魔法を生みだして時代を狂わせた、ただの極悪人です!」
アイアンゴーレムの左腕に新しく装備された発射口がリルクレイを捉える。
「極悪人なんて、どの口が言ってくれるのやら。無関係の人間を大勢殺す実験に加担したお前は極悪人ではないのかい?」
鬼のような形相の彼女を支配したのは、純粋な憤怒。
ただただ怒りに身を任せ、薄ら笑いを浮かべるリルクレイ目掛けて発射口から無数の鉄弾を撃ちだす。
「とはいえ、それが真理だな」
しかし鉄弾を放つ寸前、足もとの床が突起してアイアンゴーレムの左腕を強く突きあげた。発射口は空を仰いで鉄弾を乱発し、残った天井へ幾つもの風穴をあけてしまう。
「確かに私の言動はあまりに無責任なのかもしれない。最初にこのマギサエンドを訪れて魔法反対運動をする人々を目の当たりにした時、自分のしでかしたことに気付いたよ」
一度ならず二度も阻止されたって、レイチェルの憤怒と殺意は止まらない。アイアンゴーレムを操り、その背後から憎きリルクレイを鋭い目で睨みつけている。
「だが私は魔法という力に感謝する人間と出会った」
――今の俺たちの生活があるのは始祖の魔導師様あってのことだ。だからマギサエンドに入る時はこうして感謝をこめて祈るのさ。
最初に出会った運び屋の兄弟を思い出し、リルクレイはボロ杖を強く握る。
「学園には将来有望な魔導師たちがいたな」
ドロシーは、母のようなジャズシンガーになりたいと言っていた。
キャロルは、父やアリアナのような魔導師になりたいと言っていた。
「誰もが魔法に夢を託している」
アリアナは、最も強く最も気高いレイアのような魔導師になりたいと言っていた。
「ひとつひとつの眼差しに、昔の私を重ねたよ。魔法という技術に未来を魅せられ、突き進む強い眼差しだ」
風で自身の華奢な体を吹き飛ばし、リルクレイはアイアンゴーレムの頭部を目指す。
「だから私は無責任と言われようとも、この時代を生きる人間の築く未来を信じるよ」
足場のない空中では、鉄の拳を避けられない。
振るわれたアイアンゴーレムの拳がリルクレイを捉えようとした瞬間、再び吹き荒れた突風がリルクレイの体を空中でさらに上へと突きあげた。
「私なんかより、よっぽど可能性がある」
リルクレイの放った魔力弾とレイチェルの放った魔力弾がぶつかり、目を焼くほどの光が夜の闇を切り裂く。
突如起きた発光にレイチェルとブラッドが目を伏せていると、ブーツの底と鉄がぶつかる軽い音が聞こえた。
「それはお前たちにだって言えることだよ。無関係な人間の命を奪った事実はこの先ずっと背負うべきだが、お前たちの【正しさ】を否定する気はない」
「しかし我々はもう、後には戻れないのです」
ようやく痛むまぶたを開いたブラッドがまず目にしたのは、アイアンゴーレムの頭の肩に立ったリルクレイの姿。
「これだけの騒ぎだ、じきに統括局が来るでしょう。そうなってしまえば、あなたの存在だって知れ渡ることになる」
屋敷は半壊し、書類は風にのって舞いあがる。夜の閑静な住宅街でこれだけの騒ぎが起これば、統括局が確認しにくるのは必定だった。
「それは困るな。お互いのためにも、ここは円満に解決してみてはどうだろうか」
「私にとっては、あなたが現代に存在するだけで――」
刹那、アイアンゴーレムが全身に青白い稲妻を走らせて動きだす。
「勝手なことを言うな!」
肩に乗ったレイアを振り落そうと暴れるアイアンゴーレム。耳をつんざくような金属音はブラッドのかすれた声をかき消し、顔の形が変わるほどのレイチェルの怒号がそれすらも蹴散らした。
「ブラッド様も私も、全てを賭けたんだ」
あまりに激しく暴れるものだから、リルクレイの靴底が分厚い鉄板から離れてしまう。
「こんなもののためにっ!」
アイアンゴーレムに取り付けられた銃口が、空中に放りだされたリルクレイを捉えた。
「やめろ、レイチェル!」
「死ね、レイアぁぁぁぁぁぁ」
主であるブラッドの制止すらレイチェルには届かず、熱を持つ銃口が鉄弾を吐きだそうとした瞬間、リルクレイが嬉々として微笑んだ。
「いいや、私は死なないよ」
「杖も持たないお前に、一体何ができる」
杖も握らずに空中へ放られたリルクレイに抵抗の手段はない。だから自分の勝利は揺るがない、なんて考えたのも束の間、
「どうして杖を持ってないんだ、お前」
一瞬にしてレイチェルの顔が青ざめた。
たしかにアイアンゴーレムの肩に乗っていた時はボロ杖を握っていたのに、今は何故か持っていない。
「頑丈なそいつを破壊するのは骨が折れそうだったからね、私なりの最適解というやつを試させてもらったよ」
リルクレイが短い指を向けた先で、アイアンゴーレムの肩に突き刺さったボロ杖。当然ながら彼女の華奢な腕で鉄板を貫けるはずがなく、杖底をパーツの隙間に挟んでいた。
杖から飛びだした火花はやがて炎となり、ついには火炎の竜巻へ化ける。夜の闇を焼く竜巻はアイアンゴーレムの巨躯を肩から足まで駆け抜け、強靭な体を内側から溶かした。
「バカな」
接続部が溶けて失われたパーツたちは竜巻の勢いに呑まれて弾け飛び、激しい音をたててアイアンゴーレムが崩壊していく。
「しまったな、派手にやり過ぎてしまった」
四方八方へ弾け飛ぶ真っ赤な鉄は、最早制御不能。アイアンゴーレムを制するレイチェルだって、破壊したリルクレイだって、それは同じこと。
想像していたよりも派手な崩壊をはじめた巨躯にリルクレイが危機感を覚えた途端、飛んできた拳ほどの小さなパーツがリルクレイの額に直撃してしまう。
意識を失っていたアリアナに当たらなかったのは、不幸中の幸いといえるだろう。けれどリルクレイの小さい体は容易く吹き飛び、本棚に背中を強く打ちつけてしまった。
「とにかく、これで武力は削いだ」
額から流れる血を腕でぬぐい、痛む体を起こすリルクレイ。
顔をあげた彼女が見たのは、炎上する書庫と突進してくるレイチェルの姿だった。
ボロ杖は魔法に耐えられずへし折れ、痛む体は上手くいうことをきかない。痛みと驚愕に支配されたリルクレイはその場から一歩も動けず、対照的にレイチェルは手にした杖の赤く輝く切っ先を突きだした。
「今度こそ、絶対に殺す!」
――――が、鋭利な刃が捉えたのはリルクレイの心臓ではなかった。
「何故だ、ブラッド」
リルクレイは、その背中を見て目を剥いた。
「ブラッド……様?」
レイチェルは、自ら刺し穿ったそれを見て絶望した。
槍型の杖が持つ鋭利な切っ先が捉えていたのは、リルクレイではない。ふたりの間に割り込んできたブラッドの左胸だった。
「退いてくれ、レイチェル」
苦しそうに血反吐を散らしたブラッドが弱々しい声で告げると、血管の浮きだしたシワだらけの手でレイチェルの手を優しく包む。
杖を持つ手の震えは、恐れ。現実を受け入れられないレイチェルの恐怖心。
「この人は、私たちの希望なんだ」
「違う、違います……こいつは希望なんかじゃ……」
震える手を覆ったブラッドの手の温もりが、恐ろしかった。




