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26.鋼鉄の巨人①


 灰色の翼を広げて空を飛んでいたリルクレイのもとに、一羽の赤い鳥が飛んできた。


「リルちゃん!」


 小柄な体に見合わぬ大きな嘴をあけて鳥が放ったのは、聞き覚えあるドロシーの声。


「ドロシーか、これも魔法かい?」

「うん、ゴーレムっていって魔力で操作する人形の一種」


 ロレンスとともにいた男子生徒も「鳥のゴーレム」なんて口にしていたのをリルクレイが思い出していると、


「そんなことはどうでもよろしくてよ! アナ様に何かありましたの!?」


 鳥の大きな嘴からもうひとつ、キャロルの怒鳴り声が聞こえてきた。


「なんだ、キャロルもいるのか」

「なんだ、ではありませんわ! アナ様のことを聞くなり飛びだして、あなたもアナ様も帰ってこない。とっくに門限は過ぎてますわよ!」


 女子寮の門限は七時。しかし遠くからでも見える街の時計塔の針は、すでに七時過ぎを示している。


「その件はこちらも厄介なことになっていてね」


 アリアナが街の騒ぎに巻きこまれているのを伝えるべきか否か。頭を悩ませているうち、リルクレイの口が「そうだ!」と理性を振りほどいて声を発した。


「ドロシー、キャロル、今私は学園から南下した時計塔あたりにいるんだが、ここから西の方角にヘド・ブラッドの邸宅か研究所か、彼に関係する施設はあるかい?」

「ブラッド先生の?」


 唐突な問いかけに、赤い鳥を介した向こう側で首を傾げたドロシー。彼女の隣でキャロルがぽんっと両手をあわせた。


「マギサエンドの西南部には統括局の活動支部がございます。統括局関係者の邸宅も多く並ぶと聞きますので、元局員であるブラッド先生の邸宅がある可能性は十分にございましてよ」


 問いに答えたのは、意外にもリルクレイを嫌悪しているキャロル。


「統括局支部の建物はどんなのだ。特徴は?」

「ちょっと待ってリルちゃん、何がどうなってるの? 全然状況が掴めないんだけど」

「おそらくアリアナはブラッドのもとへ向かったはずだ。しかしこのままじゃ殺される」

「殺されるって、なんで!?」

「ちょっとネズミ! 詳しく教えてくださいまし!」


 大きく翼をはためかせ、リルクレイと赤い鳥はマギサエンドの西南部の闇へ溶けていった。



 *



「レイ、チェル?」


 痛みと戸惑いに襲われながら、ニックは血反吐を赤い絨毯のうえに散らす。

 ブラッド邸でメイドとして働く彼女は、同じ思いを持つ協力者。ずっとそう思っていただけに、ニックは裏切られたことの憤怒よりも困惑のほうが強かったのだろう。


「風ノ陣・ゼピュロスランス」


 即座に背中の杖を抜いたアリアナが、魔力を風の刃に変換して攻撃。


「鉄ノ陣・ギガスハンド」


 しかしレイチェルも鋼鉄の杖を持った魔導師。ニックの胸に切っ先を突き刺したままの杖で生成したのは、人の丈ほどある巨大な鋼鉄の左手だった。

 風の刃は鋼鉄の左手に阻まれ、辺りに散らばったページを引き裂きながら吹き飛ばす。


「鉄の属性変換!?」

「風属性はマクニコル家が得意とする属性変換魔法。間違いなく、アリアナ・ヴィラ・マクニコルのようですね」


 生まれて初めて見る鉄属性の魔法に動揺するアリアナとは対照的に、表情筋をひとつも動かさないままレイチェルはニックの左胸から勢いよく杖を抜き取った。


「どうして……お前も、ブルックスさんを……」


 心臓を貫かれ、床に膝から崩れ落ちても尚、レイチェルのほうへ手を伸ばすニック。

 無情にもレイチェルは、彼の首を杖先についた鋭い刃で斬り落としてしまった。


「主からの命令です。本件について少しでも情報を持つ人間は全て排除します」


 シワがひとつもない綺麗なメイド服と白い素肌に返り血を浴びても表情を変えないレイチェル。彼女の無慈悲な翡翠色の瞳が、今度は杖を構えるアリアナに照準をあわせた。


「どうして、仲間だったのでしょう!」

「私が信じるのは、主のみです」


 そう言うとレイチェルはアリアナが放った魔力弾をかわし、ずらりと並んだ本棚の陰に身を隠す。


「鉄ノ陣・スパイラルカッター」


 数百という本を並べた棚を切り裂き、回転する刃がアリアナの体を両断しようと襲い掛かった。


「メイドにしては、戦闘に慣れていますね」

「主をお守りするのもメイドの仕事ですから」


 外套の端が切断されるほど寸前で刃をかわしたアリアナ。飛び退いたその場で素早く腰をかがめ、杖の底を床へ叩きつける。


「直射展開・アースクエイク」


 無数の本棚が並ぶ地下書庫には死角が多く、地の利は全体図を把握しているレイチェルにある。だからアリアナは魔力を流した大地を隆起させて本棚ごとレイチェルを押しつぶそうと考えたのだ。

 隆起と沈降を繰り返す大地を操作するのは、非常に高い集中力を要求される魔力操作。元々魔力操作が得意でなかったアリアナは人一倍身の守りが手薄になる。

 その瞬間をレイチェルは待っていた。


「鋼鉄合体アイアンゴーレム」


 生成したきり一切動かなかった鋼鉄の左手がバラバラに分解され、ボルトとナットでパーツを接続。生まれたのは、人の丈の倍はあろうかという鋼鉄の巨人【アイアンゴーレム】。

 腰をかがめて集中するアリアナを大きな影が包む。アイアンゴーレムの剛腕が、華奢な体にハンマーみたく打ちこまれた。


「排除完了まで、残り十秒といったところでしょうか」


 無防備な状態でアイアンゴーレムの一撃を受けたアリアナは右腕や右わき腹の骨を幾つも折り、壁際まで弾き飛ばされてしまう。


「……ゴーレム使い」


 床に寝たきり、ジタバタともがくことしかできないアリアナの姿を再び無慈悲な翡翠色の瞳が捉えた。


「好奇心は猫を殺す、今のあなたにピッタリです。アリアナ・ヴィラ・マクニコル」

「私がこの世で一番嫌いなのは」


 翡翠色の瞳で見下ろし、ゆっくりと近づいてくるレイチェル。その視線の先で、アリアナが損傷を逃れた左手で杖を強く握る。


「マクニコルの名を継ぐこの私を、見下す人間です!」


 即座に放った魔力弾は狙いを外し、レイチェルの顔の真横を通過。奥のほうで積まれた本たちが一瞬にして弾けた。


「無駄な抵抗を」

「非道な実験で数えきれない人の命を奪いながら、よく平然としていられるものですね」


 とはいえ、魔力弾が当たるか当たらないかは大きな問題ではない。肝心なのは、ほんの僅かでもレイチェルの視線がアリアナから外れることだ。

 体内の魔力に干渉し、筋肉を一時的に増強させたアリアナは痛みに顔を歪めながらも、矢のように飛びだした。


「本来、あなたには関係なかったことです」


 アリアナの杖も金属でコーティングされたもの。即座に身構えたレイチェルの鉄の杖とぶつかった途端、二本の杖の間で激しく火花が散った。


「関係ないなんて言わせません。本来、魔導師とは本来魔法にて人々を導く存在。なのにあなたたちときたら、自分勝手に人々の命を弄んでいるだけでしょう!」

「人々を導く存在?」


 杖と杖の競り合いは、筋力を増強したアリアナが優勢。

 押し切られる前に手を打とうと、レイチェルもまた筋力を増強させようとした瞬間、彼女の左腕をアリアナの右手がガッチリと掴んだ。


「ぐっ」


 骨を折られて痛いはずの右腕。それでもアリアナはレイチェルの一瞬の隙を見逃さず、自らの背中を潜らせる。


「マクニコルの魔導師たるもの、肉弾戦においても他に劣るべからず!」


 家の屈強な男性家庭教師に習った技、背負い投げ。レイチェルの腕を内側に引いて背負った彼女の体を後方へ投げ飛ばせば、当然アリアナの右腕や脇腹にも負荷がかかる。

 低く悶える声を漏らしながらも、アリアナはぐっと歯を食いしばってレイチェルを床に叩きつけた。その瞬間、握力を失った右手が腕でなく袖を掴み、大量の血を浴びたメイド服を肩から引き千切ってしまう。


「アイアンゴーレム!」


 床に後頭部を強く打ちつけながら、レイチェルが叫ぶ。

 即座に駆け寄ったアイアンゴーレムの拳がアリアナを見事に捉え、もう一度彼女の華奢な体を弾き飛ばした。


「今の、左肩」


 痛む体に鞭を打って立ちあがるアリアナが小さく呟く。

 ほつれた糸が数本のびて、まだ完全に千切れてはいないレイチェルの左袖。破けた箇所から少しだけ見えた彼女の素肌がアリアナは忘れられない。


「見間違いじゃない、数字のタトゥー」


 白い素肌には、リルクレイやガブリエラたちと同じよう【36】のタトゥーが刻まれていたのだ。


「アイアンゴーレム、潰してしまいなさい」


 すっくと起きあがるレイチェルの指示に従い、アイアンゴーレムが金色の稲妻を全身に走らせて動きだす。


「冷却」


 両腕の自律術式を発動させて火照った体を冷却すると、アリアナはゆっくりと目を瞑った。


「未熟なあなたでは、私に勝てない」

「陣形展開、魔力弾・滅鯨(めつげい)


 駆けこんできたアイアンゴーレムに対し、アリアナが放ったのは入学試験でも見せた彼女の持つ最大級の魔法。

 魔力で構築した原寸大の鯨が床から現れ、本棚も壁も天井も、全てを粉々に砕いていく。


「屋敷ごと消し飛ばすつもりですか」

「残った僅かな証拠だっていい。私はここであなたに打ち勝って、真実を公に晒す」


 クジラが地下書庫めがけて巨躯を倒せば豪華な邸宅の一階や二階は崩壊。ぶつかった際に生じた凄まじい爆風は、術者であるアリアナをも壁際へ吹き飛ばす。

 リルクレイは見事に魔法そのものを崩壊させて直撃を免れたが、本来その威力は現役の統括局員さえ防ぎきるのが困難なほどである。アリアナ同様に、レイチェルだって無事に立っていられるはずがない。


「アイアンゴーレムは無事でいられませんでしたが、威力が想定を超えることはありませんでした」


 そのはずなのだが、レイチェルは立っている。

 上半身が砕け、ボロボロの下半身だけ残ったアイアンゴーレムは最後の最後までレイチェルを守り抜いたのだ。


「そんな、私の最大魔法が」

「鉄ノ陣・リペアパーツ」


 絶望するアリアナの視線の先でレイチェルが生成しはじめたのは、破壊されたアイアンゴーレムを修復するための鋼鉄のパーツ。

 まるで模型を組み立てるようにアイアンゴーレムを修復すれば、もう滅鯨による損傷は皆無となった。


「鉄ノ陣・ギガパーツ」


 単に修復させるだけではない。追加でパーツを生成するや否や、アイアンゴーレムはひとまわりもふたまわりも巨大な姿へ変貌してしまった。


「鋼鉄合体アイアンゴーレムギガス。屋敷を破壊されてしまった以上、私は主に叱られてしまいますので、少しばかりあなたで鬱憤を晴らさせていただきます」


 もうアリアナの体は動かない。立ちあがることすらできるか分からない。

 仮に動いたところで、さらに強化したアイアンゴーレムへの対抗手段をアリアナは持ち合わせていない。

 そんなこと自分自身が一番分かっているのに、アリアナは生まれたての小鹿みたいにぎこちない動きで立ちあがった。


 ――もうひとり、ブラッドの側近に協力者がいる。

 ――レイチェル、そっちはもう大丈夫なのか?

 ――どうして……お前も、ブルックスさんを……。


 死を目前にしたアリアナの脳裏を、ニックたちの過去の話や彼が放った言葉の数々が過る。なかでも強烈に脳を揺らしたのは、話のなかにでてきた少女の存在だった。


 ――ニックも、おそろい。


 【186】のタトゥーが左の二の腕に刻まれている少女は、ガブリエラの一人娘。少女のことをニックは「レイ」と呼んでいた。


「まさか」


 見たものや聞いたことが繋がり、ひとつの疑惑が生まれる。

 だが、その疑惑を本人に問いただすことはできない。既にアイアンゴーレムはアリアナを大きな影で呑みこみ、拳を振りあげていたのだから。


「私は、まだ――――」


 そうは言いつつも、アリアナは目を閉じて顔を伏せた。

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