13.アリアナ派VSロレンス派①
〜【史学】コテン・ハッペンの場合〜
「魔法の時代は五百年前、始祖の魔導師として今も広く知られるレイア・ワーグナー様と四人の弟子たちによってもたらされました」
おおよそ三百は収容できる講堂で一年生たちの視線を集めたのは、魔導師学園でも史学を受け持つ女性講師コテン・ハッペン。
「グラジオ・エストラダ、リブラ・マクハティ、アーカム・マクニコル、モルバス・アシュモア。後に四賢者と呼ばれる彼らは、レイア様を討った国王ヘインダルに反旗を翻します。おおよそ十年続いたこの戦争の名前は分かりますか?」
体のラインをくっきりだすため、キツく絞めたコルセットの後ろで手を組んだコテン。回答者を選ぼうとしていた彼女の目に、アリアナの姿が映った。
評価点を少しでももらおうと挙手する生徒は多いが、アリアナは違う。ただ静かにコテンの講義を聞いているだけ。
「丁度、この講堂にはアーカム様の血を継いでいる方がおられます。アリアナ・ヴィラ・マクニコル、五百年前に起こった魔法の時代の幕開けとされる四賢者と王国の戦争の名を何という?」
「魔導戦争、魔法にて世界を導く戦いとして四賢者様が後世にそう語り継ぎました」
「さすがです」
コテンが拍手しはじめたのを皮切りに、講堂の生徒たちも一斉に手を鳴らしはじめた。なかには、「さすがです、アナ様」とアリアナを称賛する声を発する者もいたが、男子生徒のロレンスだけは顔を歪めている。
「あんな簡単な問題答えたくらいで、アーカムの子孫様は恥ずかしくないのか?」
彼の周りに集まる生徒たちもまた、アリアナへの称賛が面白くないのだろう。不機嫌そうに顔を歪め、アリアナも彼女を称賛する生徒たちのことも鼻で笑う。
「本日はレイア様の成した偉業について、このレイア様人形がお話しします!」
今までの丁寧な口調を投げ捨て、コテンが教卓に赤毛の女性を模した可愛らしいぬいぐるみを置く。
「我が名はレイア・ワーグナー、今日は我が魔法を生みだすまでを説明するぞ」
突如喋りだした二頭身のぬいぐるみは、おそらくレイアを模したものだろう。しかし聞こえてくる声はコテンのもので、彼女の思い描くレイア像を魔力操作と腹話術でぬいぐるみに反映させているらしい。
「おいおい、私はあんな風に思われてるのか」
魔法ができるまでのあることないこと、ベラベラと偉そうに語りはじめたレイア人形を見て隅にひとり鎮座するリルクレイがため息をついた。
当然、五百年前を生きた人間の性格なんてものを現代人が知るはずない。レイアという人物像の正解を知っているのは、世界でリルクレイただひとりである。
「神秘の村から技術を持ち帰り、我がこの手で魔法へと昇華させたのだ!」
正しい歴史も誤った歴史も含みながら延々と語られた史学の講義は、自信満々に胸を張るレイア人形のひと言で終了を告げた。
あり得ない人物像を描かれ、頬杖をついて呆れていたリルクレイと対照的に、生徒たちからは「おぉー」と感心する声が幾つもあがる。
「次回は一週間後、魔導戦争についての講義になります。史学の講義をとっている方々は時間に遅れないよう気をつけてください」
最後にそう言い残し、コテンがレイア人形を小脇に抱えて講堂を去っていく。
「素晴らしいお話でしたわね、アナ様」
アリアナがレイアに憧れていることを知っていたキャロルが、講義の終わりとともにすぐさま歩み寄る。
「ええ、そうですね」
対するアリアナの反応は、えらくそっけない。
レイアの逸話はいつ聞いたって彼女の胸を熱くする。しかし今回ばかりは心ここにあらずといった様子で聞き流し、すっくと立ちあがって講堂を出ていった。
「アナ様?」
キャロルは不思議そうな表情でアリアナの背を追いかけ、ドロシーはさらに後ろを追いかける。
刹那、アリアナの顔がリルクレイの方へ向いたのを、ドロシーは見逃さなかった。
〜【基礎魔法学】ヘド・ブラッドの場合〜
学園の広大な敷地に三つほど点在するドーム型の講堂は、学園で最も重要とされる基礎魔法学の講義のためにある。
「魔法は大きく三種類、【直射魔法】と【属性魔法】と【魔力操作】に分類されます。魔力をそのまま撃ちだす【直射魔法】は形成が素早いですが、使用する魔力が大きいためにオーバーヒートを起こしやすくなります。
対照的に【属性魔法】は魔法として形成するまでに魔力を各属性へと変換する複雑な手順を必要とする代わりに、【直射魔法】に比べれば魔力を節約することができます」
基礎魔法学の講師ヘド・ブラッドが饒舌に生徒たちへ説明しているものの、彼の手には杖が握られていない。
魔導師を育成する学園なのだから、当然講師は全員魔導師。講義だって魔法を駆使して行われているというのに、ブラッドの講義はひどく古典的な方法で行われる。
「魔力の質によって【属性魔法】の得意不得意は生まれます。皆さんご存じの通り魔力の質は十人十色で、血縁者ですら指紋のように異なります。
ですが昨今の統括局の研究室が血縁者同士で得意属性がおおよそ一致するということを証明した論文を発表しました」
魔法を実際に見せるわけでもなく、生徒たちへ実践を振るわけでもない。つらつらと小難しい話を並べるだけの退屈な講義に、ブラッドを囲むように座った生徒たちのなかには睡魔と戦いはじめる者までいた。
「リルちゃん、アナ様と何かあった?」
ひそひそと私語をはじめた生徒たちに混ざり、こっそりリルクレイの隣まで移動してきたドロシーが声を潜める。
「アリアナと? 昨夜は私が寝ている間に帰ってきてるし、今朝も特に言葉はかわしていないはずだが」
「うーん、さっきアナ様がリルちゃんのこと気にしてたみたいなんだよね」
「どうせ入学試験のことをまだ引きずってるんだろう。せっかく同室になったんだ、私としてはそんなこと水に流して仲良くやりたいんだが」
そうだ、と両手を叩きあわせたドロシー。声も音も彼女が思っていた以上に響き、ドロシーは一瞬にして周囲の視線を集めてしまう。
「君はたしか、ドロシー・パーカー君か。講義中は大声をあげないように」
「ごめんなさい」
穏やかな口調でブラッドに注意され、顔を真っ赤にしたドロシーはその場で座ったまま顔を伏せてしまった。
「彼が話しているのは魔法の基礎として重要なことだ。それなのに誰も聞いていない」
「ブラッド先生の講義は楽に単位がとれるって寮の先輩たちが言っていた。あの先生、現役時代はすごい魔導師だったみたいなんだけどね」
「現役?」
「講師になる前は統括局所属のエリートだったんだけど、オーバーヒートで体を壊して以来、魔法は使えなくなっちゃったみたい」
「それは気の毒に」
オーバーヒートは魔法に携わる全ての者が起こす可能性のある症状。頬杖をついて退屈そうにあくびをしたリルクレイも、その危険性は重々理解している。
苦しそうに咳こみながら講義を続けているのは、オーバーヒートの後遺症だろう。けれど彼がどれだけ顔色を悪くしたって、生徒たちは講義に耳を向けようともしない。
「【直射魔法】の代表格とされる魔力弾は――」
刹那、今まで以上の勢いで咳こんだブラッドの口から滝のように血が噴きだす。
「先生!?」
今までは目を向けず耳も傾けなかった生徒たちも、これには動揺せざるをえない。ブラッドの近くに座っていた数人の女子生徒が血相を変えて駆け寄るも、ブラッドの手がそれを制止した。
「大丈夫です、いつものことなので」
なんて言う口からは未だに血が流れ、とてもじゃないが大丈夫な人間の見た目ではない。
「魔力弾は物理法則を無視することが可能で――」
「先生、普通に講義を続けないでください!」
「私たちがムリです!」
見たことない血液の量に目を泳がせる女性生徒たちが、何事もなかったように講義を続けようとしたブラッドの背を押して学園内の治癒院へ彼を連れていく。
ブラッドの講義が中断されがちというのは、リルクレイたちが後々分かった話である。




