1.むかしむかし
むかしむかし、レイアという美しい娘がおりました。
甘い果実を求めて世界の片隅に迷いこんだレイアは、深い森でケガをしてしまいます。
「お嬢さん、怪我をしているではありませんか」
通りかかった木こりが傷だらけのレイアを見つけると、心配そうに語りかけました。
「少し痛いけど、傷口をふさぐからガマンなさい」
なんと木こりは火を吹き、レイアの傷口を焼いてしまったのです。
神秘の力に感銘を受けたレイアは、木こりの村へ案内してもらうこととなりました。
村には木こりと同じように、神秘の力を使える人がたくさん。ある者はひとりで大岩を動かして、ある者は瞬く間に松明へ火をともし、たいへん便利な生活をおくっておりました。
――――この力はもっと人々に広めるべきだ。
そう考えたレイアは、村で得た知識を持ちかえります。火は炎となり、大岩は生き物のように動き、村で見た神秘の力を超える技術に、レイアは【魔法】と名前をつけました。
こうして生まれた魔法を世にひろめようと、西へ東へ何万里というおそろしく長い旅にでます。
「魔法があれば、みんな喜ぶにちがいない」
レイアの考えたとおり、人々が魔法をおぼえると暮らしは見違えるように豊かなものとなりました。
そんなウワサを聞きつけた悪い王様は、たいそう腹をたてます。
「あやつは悪魔だ、王国を陥れんとする悪魔にちがいない」
王様は、従者たちにレイアを連れてくるよう命令します。
「魔法という技術を受けいれるべきだ。じきに魔法の時代がくる」
「そうやってお前は私や国民をだましたんだ。この悪魔め」
レイアがなにを言っても、王様は聞く耳をもってくれません。それどころか、人々に魔法をおしえることをやめないレイアを見て王様はさらに腹をたてました。
「処刑しろ、その女を焼いてしまえ」
レイアが国民をだまして国をのっとろうとした悪魔だというウワサは、すぐに広まります。
「よくもだましたな」
「ころしてしまえ」
王様の話を信じた国民たちからあびせられるひどい言葉に、レイアは心を痛めてしまいました。
「魔法は人々を導くためにあるべきだ。これ以上の混乱を私はのぞまない」
こうして人々はレイアを裏切ってしまいます。善を尽くしたはずのレイアは首を斬られて、体は焼かれてしまいました。
*
すらっと細長い手が本を閉じた。「はじまりの魔法」と掻かれた表紙を眺めるアリアナの唇の隙間から、固い息がもれる。
「アナ様、まだ起きていらっしゃいましたか。入学試験は四日後、万全の状態で挑むためには――」
「誰に口をきいているのでしょう、シンシア。この私が魔導師学園の入学試験ごときで躓くとでも?」
「大変失礼いたしました。このシンシア、誓ってそのようなことは考えておりません」
足もとが見えないほど丈の長いメイド服に身を包んだシンシアが、蒼白した顔を伏せるように頭を垂れた。
「マクニコル家の長女たるもの、いかなる場においても最高のパフォーマンスを魅せなくてはなりません。その忠告は聞き入れましょう」
恐れいります、とだけ言い残してシンシアが部屋をあとにする。
十七歳のアリアナがひとりで居座るには、あまりにも広すぎる豪華な部屋。銀の装飾で彩られた窓に叩きつける雨粒へ目を向けると、アリアナは強く拳を握った。
「入学はあくまで夢への一歩。レイア様のように誰よりも美しく誰よりも気高く、そして誰よりも強い魔導師になるための第一歩」
魔法都市マギサエンドの夜空を覆った分厚いネズミ色の雲から、絶え間なく雨粒が落ちてくる。