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短編小説(異世界恋愛・ホラー以外)

星が落ちたその先に

作者: 三羽高明

 山よりも雲よりもずっと高いところにあるお空の工場。そこでは、今日も妖精たちが忙しそうに働いています。


「ほら、ソフトクリームだぞ!」

「こっちはお花よ!」


 クジラみたいな形をした大きな機械の口からモクモクと出てくる白いほわほわ。それを思い思いの形に切り取っているのは、雲の妖精たちです。雲の妖精は、こうして作った作品を空に並べていくのがお仕事なのです。


「今日は赤い色をたくさん混ぜてみようよ」

「もう冬だから、夜の時間が長いわ。黒いペンキがもっといるね」


 あっちでペンキを用意しているのは、空に色を塗る係の妖精です。


 夕方の妖精は空を赤くするためのペンキ。お昼の妖精は水色のペンキ。夜の妖精は黒のペンキ。みんな、自分が引き受けている時間の空を少しでも美しく見せようと頑張っていました。


 その向こうにいるのは、星の妖精です。夜の妖精が黒く塗った空に飾る星を磨いているところでした。


 お空の工場では色々な妖精が働いていますが、その目的は一つ。きれいな空を作って、人間を楽しませることでした。妖精たちは自分が色を塗った夕焼けや丸い形に切り取った月を見て人間たちが喜んでくれるのが、何よりも嬉しかったのです。


「星を分けてくださいな」


 星をピカピカにしていた妖精に、別の妖精が話しかけてきました。


「おや、リュウじゃないか」


「ああ、そうか。今日は流れ星を降らす予定だったね」


「流れ星はすごいよね。見た人が、皆笑顔になるんだから。さあ、たくさん持って行っておくれ」


 リュウは流れ星の妖精です。こうして受け取った星をソリに乗せ、空を飛ぶのがお仕事でした。


 リュウは箱一杯に星をもらって、仲間の流れ星の妖精たちのところへ帰ります。


「よし、今日はたくさん星を流すぞ!」

「どっちが早く飛べるか、競争しない?」


 箱の中から星を取り出す仲間たちは嬉しそうにはしゃいでいます。けれど、リュウは暗い顔をしていました。


 実はリュウは流れ星の妖精なのに、星を流すのが苦手なのです。


 うっかり星を乗せずに出発してしまったり、たくさん星を乗せすぎて早く飛ぶことができなかったりと、いつも失敗ばかりでした。ちゃんと星を流す練習はしているのですが、本番になると緊張して上手くできないのです。


 仲間の流れ星の妖精たちが星をソリまで運びます。リュウものろのろと準備を始めました。


 そして、夜がやって来ます。


 夜の妖精たちが空っぽになったペンキの缶を片手に工場に戻ってきてから少しして、リュウは屋上にあるソリの乗り場へと向かいます。


 仲間の妖精の中にはもう出発している子もいて、「じゃあ、行ってきます!」という元気な声があちこちから聞こえていました。リュウも深呼吸してから用意しておいた星をソリに積もうとします。


 けれど、早速失敗してしまいました。うっかりと手を滑らせて、星を落としてしまったのです。しかも、その星は屋上の外に転がっていきました。


「ああ! 大変だ!」


 リュウが雲の間から覗くと、星がすごい速さで下へと向かっていくのが見えました。リュウは慌てて屋上から飛び降り、星の後を追います。


「お願い! 待って!」


 リュウは手を伸ばしましたが、星はその腕の中をすり抜けていきます。そして、人間たちが住む町へと吸い込まれるように落ちていきました。


 やっと星の動きが止まった場所にあったのは、ある家の庭でした。リュウはハアハアと荒い息を吐きながら、地面の上に降ります。


「パパ、ママ、見て! お空から何かが降ってきたよ!」


 そのとき家の中から声がして、びっくりしたリュウはとっさに庭に生えていた木の陰に隠れました。


 やって来たのは小さな女の子です。


「すごい! 光ってる! 星かな? お空から落ちてきたお星様だから、きっと流れ星だね!」


 女の子は地面に刺さっていた星を引っこ抜いて、楽しそうな声を出します。それを見たリュウは慌てました。


 あれは今日リュウが流すことになっている星です。でも、この子が星を持って行ってしまったら、お仕事ができなくなってしまいます。


 だけど、出て行って「返して」と言うわけにはいきません。妖精は人間に姿を見られてはいけないという決まりがあるからです。


 今日の自分はいつも以上にダメダメだと、リュウはしゅんとなってしまいました。お仕事が上手くいかなかっただけではなく、星までなくしてしまったのですから。


「とってもきれいだね」

「本当ね」


 女の子のお父さんとお母さんも庭にやって来ました。もう星を取り返すのは無理だと思って、リュウはがっくりしながら帰ろうとします。


 そんなとき、女の子が意外なことを言うのが聞こえてきました。


「きっとお空がプレゼントしてくれたんだよ。お空さん、このお星様、宝物にするね!」


 女の子が夜空に向かって叫びます。響いてきた笑い声に、リュウはポカンとしてしまいました。

 

 この星はリュウが間違って落としてしまったものです。当然、この女の子にプレゼントしようなんて考えてもいませんでした。


 それなのに、この子はとても嬉しそうなのです。リュウは失敗してしまったのに、女の子は笑顔になったのです。


 リュウは思い出しました。お空の工場で働く妖精たちの役目は、人間たちを楽しませることだった、と。


 確かに自分のお仕事をしっかりとできれば、人間たちも喜んでくれるかもしれません。でも、それ以外の方法でも誰かをワクワクさせられるということを、リュウは初めて知ったのです。


 リュウは星を囲んで楽しそうに話す家族のもとから、そっと立ち去りました。


 夜空では、リュウの仲間たちが飛ばす流れ星がたくさん光っています。


 その星たちもきっと、どこかで誰かを楽しませているのでしょう。だって、流れ星の落ちた先には笑顔があるのですから。


 まだまだ流れ星の妖精としては一人前になれそうもありませんが、そんな自分でも誰かを喜ばせることができると分かり、リュウもいつの間にか微笑んでいたのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ほのぼのしつつもはっとさせられる、そんな印象を受けました。  等身大での頑張りがあれば、足りぬと思う自分にもできることがあるのだと。そんな励ましにも思えます。 [一言]  無邪気な様子…
[良い点] こんにちは! とても可愛らしいお話でした。 お空の工場で働いている妖精さん達に感謝です。 リュウくんが、他の妖精さんのように、ちゃんと役に立っていることに気付けて良かったです。 心温ま…
[良い点] ∀・)素敵な童話作品でした。仕事が完全にできなくても、ときに人を喜ばせることができる。そんな温かいメッセージが込められているように感じましたね。介護士としてときにミスなんかもある僕ですが本…
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