前編
やっぱり男主人公というのは書きやすいですね!
女性の心理を描写するのは難しいと感じた作品。そしてTS作品の複雑さと比べたら、実に楽しく書けますw
それでも設定とか色々詰めが甘いのが力量不足を痛感します…。
前編でも述べた通り、メインが煮詰まった際の気分転換なので、長い目で読んで頂けたら嬉しいです!
重い扉を開くとまず目に入ったのは正面の玉座に座する国王陛下。武人のような気配こそ感じないが、独特の凄みがある雰囲気を纏ったお方だ。そのままダーウィンでは見る事が出来ない煌びやかな装飾を横目に、赤色で染められながらも金糸で施されたデザインが目を引く絨毯を進み、膝をつけて挨拶をする。
「国王陛下、アインハルト・ダーウィンが拝謁致します。お待たせしてはならないと学園の制服のままで謁見するご無礼をお許し下さい」
「うむ。急に呼び出したのこちらだ、気にせずともよい。面を上げよ」
「はっ!寛大な御心に感謝致します!」
陛下の許しを得て顔を上げると、それはもう貴族ならもう少し表情を取り繕えよと言いたくなるほど不機嫌な様子のベルンシュタイン公爵の姿と、その後ろに控える恐らくは公爵令嬢であろう女性の姿があった。
「さて此度其方を急遽呼んだのは、ダーウィン領のこれまでの成果に褒美を取らせる為だ。最初は当主である其方の父に来るよう命じたのだが……」
『現在、私は領主として政務を担っているだけであり、王命を遂行する役目は七年前から息子が担っておりました。その息子がダーウィン領を離れている今、その御命令を果たす為に私が領地を離れるわけにはまいりません。幸い御命令を遂行していた本人は学園に通う為に王都にいます。よって陛下がお許し下さるのであれば息子アインハルトにその名誉を譲ること叶えば、これ以上の喜びをありませぬ』
「とのことだ。たしかに其方が担っていたのならば、その穴を埋める為に領地を離れるわけにはいかぬだろうし、七年という月日は其方の父が務めていた期間よりは当然短いものではあるが、立派な功績と言えるほどのもの。…それにしても七年前というと其方は九歳であろう?そんな年端もいかぬ時から過酷な事をやっておったのだな……」
「私は領主の、ひいては陛下の命に従う事に疑問を持った事はありません。それが例えまだ幼かった頃だとしても、王命に従い任務を果たしていれば、領民の為、国の為になると必死に役目を務めていただけにございます」
俺の返事を聞いた陛下は「こんな立派な臣下にあのような扱いをしていたというのか、我が国の未来を担うはずの者達は…」と呟いた。それが聞こえなかったのか、聞こえないフリをしたのか、ずっと不機嫌な態度を崩していない公爵が侮蔑した顔で発言した。
「ふん!なにを偉そうにほざいているのだ!もう長いこと確認もされていない敵を作り上げ、虚言で褒美を貰おうとする卑しい田舎者の分際でっ!!」
(………バカかこいつ?)
ダーウィン領を突破しないと王都には辿り着けない。もしここにその存在が確認出来たなら、それはダーウィン領で抑えられなかった敵だという事。そんな存在がここに来たら、王都を守る惰弱な軍では半日も耐えられはしないだろう。
―――つまりその時は国の滅亡の危機だという事だ。
「ベルンシュタイン公爵。私含めダーウィン領の報告に虚偽などございません。決して褒美欲しさにこのような発言をしているのではありません」
「…口ではなんとでも言える!」
「もうよいルベール。それ以上この件に口出しをするなら退室しろ」
「…はっ。出過ぎた真似を致しました。申し訳ありません」
陛下に止められたのも不服といった表情だな。
「アインハルトよ、すまぬな。それで今回の褒美の件に関してなのだが、その前に其方の学園での話を聞いたベルンシュタイン公爵から娘の婚約者にとの打診があった。褒美は其方の希望を聞いてから決めるつもりであるから、その話は後にするとして、婚約の件の事を先に決めるとしよう」
そう説明された陛下は公爵がいる手前平然そうに振る舞っているが、心中は穏やかではないだろう。国のトップが臣下の顔色を窺うなんて屈辱以外のなにものでもない。
(…王家としては、筆頭貴族で他の貴族への影響力の大きい公爵家の存在はかなり厄介だ。その意向を汲んでおかないと貴族からの支持を失う事になりかねないからな…)
「私は陛下とベルンシュタイン公爵が賛同されているなら否はありません」
「そうかそうか!我が娘と婚約者になれるなど誉れであるぞ。公爵家に感謝するがいい!」
「はっ!ありがたき幸せにございます!」
「こちらの話は終わりましたので陛下、私と娘は戻らせていただきます。アインハルトよ!娘と話せる日はおって知らせる!」
どこまでも不遜な態度で謁見の間を出ていく二人。公爵の傲慢さが鼻についたが、それと同じぐらい後ろに控えて一言も喋らなかった令嬢の顔も腹が立つものだったな。
(隠そうともしない値踏みする視線、そこに含まれる侮蔑。話せる日なんてこなくていいよマジで…)
邪魔者が消えたのを確認した陛下がふぅ…と溜息をつく。婚約者の話を先にと促したのは恐らくコレが狙いだろう。自分の用件が済んだら、すぐに公爵は引っ込んでいく事を予想しての発言だったのだと思う。
「アインハルト、本当にすまない。学園での其方の処遇、公爵令嬢との婚約の話…どちらも余の招いた事だ。今の若者はダーウィン領の意義が分かっていない。本来なら王都に住む全ての者達がダーウィン領に感謝するべきはずなのに…」
「陛下、それは仕方のない事でございます。祖父の代からの働きによって王都でその姿を確認しなくなり数十年、自らの眼で見た事の無いものを信じられぬのは当然と言えば当然のこと。婚約に関しても私は喜んでおります」
「喜ぶ?あのような令嬢は其方には相応しくないであろう。それは何故喜ぶのだ?」
陛下は随分とダーウィン領を買ってくれてるな〜。
「陛下。私は今回の事を好機と捉えております。ダーウィン家の処遇などはどうでもいいのです。いずれ領地に戻れば関係のない事であります故。しかしベルンシュタイン公爵の陛下に対する無礼な態度、コレを見逃すわけにはまいりません。私はこのチャンスに公爵家の力を削ぎ、陛下の御恩に報いたいと考えております」
「アインハルト……其方のような忠臣が余の周りにもっといたならどれほど幸せであることか…。どうするつもりかは聞かぬ。だが余の力が必要な時は遠慮せず申すのだぞ」
「はっ!」
「うむ。ではアインハルト、下がってよいぞ。それと褒美の件も考えておくのだぞ」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
謁見の終了を陛下に申し渡され、俺は扉を開ける。控えていたセバスチャンに一礼だけして王城を後にするのだった。
……―――アインハルトが王城を出た頃、謁見の間には国王と執事で腹心のセバスチャンが話していた。
「そうか、それだけの話でベルンシュタインだと見抜いたか。素晴らしい知謀だ。………それでセバス、お前から見てアインハルトの実力はどの程度だと予測した?」
国王がセバスチャンを迎えに寄越した理由。それは王命を果たしているのは息子だというダーウィン家当主の言葉の真偽を確かめるためだった。あの歳でそんな事が可能だとは思えなかったのだ国王は。敵の恐ろしさを知っているが故に余計に……。
「陛下。馬車でアインハルト様に申し上げた際に本人は謙遜しておられましたが、その言葉通りの事が可能なお力を持つと私は確信しております」
「それは王国を焦土に変える事がアインハルトだけで出来るというのか?」
「左様です。私はこの王都では五本の指には入る実力だと自負しております。ですがもしアインハルト様と私が戦うとなったら、私は三分ともたずに首を刎ねられるでしょう。ただ対峙しただけでそれほどの実力の差を感じました」
「それ程だと申すか…あの年齢でそこまでの実力を身につけたのだと……」
「ダーウィン領からの報告でアインハルト様につけられていた異名。当初は大袈裟だと信じておりませんでしたが、本人を見て確信致しました」
「あのお方は正しく『闘神』の異名に相応しい武人です―――」
高い評価を下した二人とは対照的に、アインハルトより先に王城を出たベルンシュタイン公爵達は自分の屋敷に戻り、これでもか!と言うほどアインハルトを見下した評価に疑問を持つことさえなかった―――
だがまだ父の思惑を聞いていない娘は………
「ちょっとお父様!あの場では黙ってたけど、この私が何であんな田舎者と婚約しないといけないの!?私は嫌よっ!!」
屋敷に戻って娘が癇癪を起こす事は想定していた父。だから焦ることもなく返す。
「ローザよ、私があんな田舎貴族に可愛いお前を嫁がせるわけがない。今から説明するから落ち着け」
「…分かったわ」
父の言葉と落ち着きように、なにより自分を溺愛する父がこんなことをしたのには理由があると踏んだ娘も落ち着きを取り戻す。
「まず言っておく。今からする話は絶対に他言はするな。そして上手くいくかはお前に掛かっている。その事を頭に入れて聞け」
「……はい」
今まで我儘放題だった娘は父の物言いに少し腹を立てたが、大人しく聞く姿勢を取ることにした。
「ローザも知っているだろうが、ダーウィン家は自分達で作った架空の敵から国を護っているなどという名分で、国から支援金を貰う卑しい一族だ。だが愚かな王はそんな事にも気付かずにダーウィン家を優遇している」
自分もそう思うローザはその言葉に頷く。
「そしてそれを分かっている貴族達からの評判が悪いから、学園での立場も低い。分かるかローザ?これは愚かな王のみが卑しい一族を庇っているということ。それを明らかにして王の責任を追求すれば、我がベルンシュタイン家の威光が更に高まるのだ!」
「それは分かるけれど、それが何故私が下賤な者と婚約することに繋がるのですか?」
察しが悪い娘だ…と父は少し呆れた。だが娘の望みを知っていて、それがますます都合が良いからこうしていることを分からせないといけないようだ。
「ローザ、お前が王子と結ばれたいと思っている事は知っている。だが上手く取り入る方法が思い付かずに手をこまねいていることもな。そこでダーウィン家の褒美の話を利用するのだ。そう、あの卑しい男が王に自分との婚約を褒美に求めたという事にするのだ」
まだイマイチ理解できないのか首を傾げる娘。
「そうなればお前は望まぬ結婚を王に強いられた被害者。更に婚約した事に気を良くした田舎者が言い寄ってくるのだと、王子に相談するのだ。あの王子ならそれでお前を守ろうと思うはず。そうなったらお前のことを王子は放っておかなくなり、上手くやれば王子をモノに出来る」
「…な、なるほどですわ!さすがお父様です!!」
「そこまでいければ強引に婚約を結んだ上に、卑しいダーウィン家を優遇した王の責任を追求出来て王の権威は失墜。そして王子と結ばれるお前は将来の王妃だ。これでベルンシュタイン家は公爵でありながら、王家をも凌ぐ権力を手に入れ、国の支配者となれる!」
王子も父の王に似て愚かな人間だ。王妃となった娘を使い、裏で国を牛耳ることなど容易い。
「ローザよ。学園での事は任せるが、しくじるなよ!これはベルンシュタイン家の栄華がかかっているのだからな!!」
「わ、分かりましたわ!この私が王妃となる為ですもの。必ずやり遂げてみせますわ!!」
ベルンシュタイン家の未来は、そして自分の未来はこれで上手くいく!と二人は欲に塗れた顔を浮かべ、将来に思いを馳せるのだった―――
(とか考えてるんだろどうせ…。だが、そう上手くいかせると思うなよ…!)
寮に帰って自室の寝具に寝転がっていたアインハルトは公爵家の狙いを的確に見抜いていた。
「平穏?に過ごすつもりだった俺を、厄介なことに巻き込みやがって…!……上等だっ!醜い欲望に巻き込み、ダーウィン家を見下しといて、さすがに腹が立ったぞ…俺を当事者にしたのはお前らだ。俺はやると決めたからには容赦しない。お前らのくだらない企みも、陛下の苦しみも取り除いて、絶望の淵に叩き落としてやるっ!!」
思い知らせてやろう。俺を舐めた事を…。
ダーウィン家をみくびり、そしてアインハルトが自分達には想像もつかない地獄を生き抜いた真実を嘘だと断じたこと、分不相応な欲望を抱いたこと………
その全てが自分達を追い詰めていくのだと、今はまだ知るよしもないベルンシュタイン公爵だった―――
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